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「んっ…!んぅっ…!」


「っ…、はぁ…!」


「んむ…!ぅ…!――…ッ」


虹村はひたすら灰崎の唇を貪るように口付ける。昨日に交わされたキスとは全く違う。荒々しくて、息をつく暇さえも与えない乱暴なキス。

「んっ…、にじっ…、んん…!」

灰崎は恥ずかしくて思わずキツく瞼を閉じると、目を逸らす事さえも許さないと言うように舌や唇を噛まれる。

「つっ…!」

「オレだけを見ろって言っただろ?」

「は…ぁ…、にじむら…さっ…」

虹村の手が顔を逸らさないように顎を掴んで顔を固定させる。餓えた獣のような瞳が再び自分を貫いていて…。灰崎の瞳から自然と涙が浮かぶ。

「オレから目を逸らすな」

「…っ」

「お前がオレ以外の誰かを見るなんて…、本当…我慢出来ねぇ」

「んっ…!」

彼の熱い舌が目尻に溜まっている涙を舐めとる。反射で身体はビクリと強張り、顔をかぁぁぁっと真っ赤に染めると虹村の手が灰色の髪を優しく鋤いた。

「しょっぱいな…」

「そりゃ…、そ…だろ…」

もう恥ずかしいのと息が少し苦しいのと気持ち良いのとで頭がぼうっとなって、大した反抗も出来ない。
涙で潤んでしまった瞳で自分に口付ける虹村を、睫毛の触れあう程の近い距離で見つめる。

大好きな灰色の瞳には、自分の姿しか映っていなくて…。瞳が宿す光も先程よりはずっと穏やかで、優しくて…。
やはりどんなに抵抗しても好きな人が自分の事だけを見ていてくれる。灰崎はそれが嬉しくなって自然と顔が綻んだ。

「……ッ」

しかしそれを見た虹村は、急に苛立った表情になって灰崎から離れていく。

「あっ…、にじむらさっ…」

溶け合ったと錯覚するくらい近かった虹村が急に離れたのが寂しくて、無意識に自分の手が彼にすがりつくように伸ばされる。

「……!」

今にも泣き出してしまいそうな灰崎の表情を見て、虹村が一つ溜息をついて灰崎をキツく抱き締める。

再び近付いた温度が嬉しくて、灰崎は無意識の内に虹村の肩に顔を埋めて、甘える幼子のように頬をすりよせた。すると彼は一瞬歯を食い縛り、ますますキツく灰崎を抱き締める。

「…ふざけんなよ、マジで…!」

ぼそりと、苛立ったような虹村の声が、耳元にしっかりと届く。

「んなオレが好きで仕方ねぇって顔で無防備に甘えてくるくせに…!何でガールフレンドいて、他の男を押し倒して、オレ以外の男の名前を呼んでっ!…なんなんだよ、お前オレを弄んでんのかよ…!」

「へ……」

その発言に驚いてぱちぱちと目を瞬かせる。虹村が何故そんな怒っているのか分からなくて、とりあえず思い浮かんだことを口にした。

「…ガールフレンドなんかいねぇよ…?」

「仲の良い女友達は十分ガールフレンドだろうが!」

「え…?だってアイツ男…」

「……………あ"?」

男?あの可憐な美少女が?と言いたげに、虹村は眉間に皺を寄せていたのでやはり気付いていなかったのかと思い、灰崎は彼に真実を告げる。

「あれテツヤ」

「は…?」

「黒子テツヤ。キセキの世代の六人目」

「……黒子ってそういう趣味があったっけ?」

「BL小説を書く時だけ女のフリしてる。サイン会とかも女装してやってるし」

「…………」

あの影の薄かった後輩が大人になってから何処まで変わり果ててしまったのだろうかと、虹村は思わず頭を抱えたくなった。すると灰崎から更なる言葉が続けられる。

「後、オレが押し倒してたのがテツヤの編集者のカズナリ。シンタローの相棒で同棲相手で本人曰く下僕って言ってるけど、周りから見たらただのリア充」

ああ…、あれが緑間の同棲相手なのかと理解した虹村は再び溜め息をついて、灰崎を真っ直ぐに見つめる。

「……お前ホントにソイツらと仲良しだな」

「友達だもん」

何処か嬉しげな表情で言葉を紡ぐ灰崎に多少の苛立ちを覚えた。

「友達っていう割りには随分と距離が近すぎないか?」

普通ただの友達ならば合鍵を渡したり、例え作画資料の為といえど押し倒すなんて真似出来る筈がない。虹村なら絶対にお断りだ。

だが灰崎はそれを否定するように首をゆっくり左右に振る。

「あの二人はただの友達じゃない。友達よりももっと大事で、大好きで…」

「……」

その言葉を聞いて虹村の表情が段々と険しくなる。だけど灰崎は彼の表情に不安になりつつも言葉を続けた。

「…家族みたいなんだ」

「……あ?」

「テツヤとカズナリ。母さんと父さんみたいにオレのこと大事にしてくれる。姉さんや兄さんみたいに守ってくれるし、妹や弟みたいに甘えてくれる…」

灰崎は小さい頃から肉親に恵まれなかった。顔も知らない実の父親。男に夢中になってロクに育児もしない母親。兄は灰崎より先に不良になり家に寄り付かずに外で派手に遊んでばかりで…。だから灰崎はいつも独りぼっちだった。

家族に甘えたくても、素直に甘えられない。辛くなっても、寂しくなっても、泣きたくなっても自分の心の奥底に全て溜め込んで、いつも泣くのを堪えて過ごしてきた。

だから黒子が初めてだった。優しく頭を撫でられる感触も、すがれば抱き締められる苦しさも、涙を拭われる気恥ずかしさや、寒さでかじかむ指を包まれる温もりも。

優しさを、愛を、情を、無償で与えられて、お互いに甘えながら支え合った。

暫くしてからそこに高尾も加わり、彼らが真っ直ぐに自分に向ける視線が、優しさが嬉しくて大好きになった"家族"。

その事を言葉にすればますます嬉しくなって、灰崎は柔らかく微笑んだ。
黒子と高尾が一番悪戯を仕掛けるのは灰崎と火神と緑間ではあるが、しかしそれは彼らなりの愛情表現であり、意外に甘えるのが下手な彼らの精一杯の甘えだ。

幸せそうな灰崎に、虹村は戸惑って問い掛ける。

「…本当に家族なのか?…恋人にしたいとかヤりたいとか思わねぇ?…オレを『好き』っていうのも、黒子達と同じ意味なのか…?」

灰崎はきょとんとして、すぐに千切れそうなほど強く首を振る。

「テツヤが恋人にしたいのはタイガで、カズナリはシンタロー。オレは二人の恋を応援してる」

それに…、と紡ぎ、深く顔を俯かせて表情を曇らせる。

「虹村さんを好きなのと、テツヤ達を好きなのは……、全然違うっ…」

黒子と高尾はただ自分に優しくて、いつも瞳には灰崎への穏やかな親愛を浮かべている。だから灰崎も嬉しくて同じものを返すのだ。


しかし虹村は…。


「全然違うんだ。…虹村さんは怖い。虹村さんと一緒にいるのは怖くて仕方がない…」

「…何で?」

そっと、灰崎の顔を覗き込むように虹村が下から見上げる。どこか不安げな彼の表情に心臓が大きく跳ねて――…、何故かまた泣きたくなる。

「虹村さんの目が怖い。ギラギラしてて、テツヤ達がオレのこと『好き』って言うのと全然違うっ…。オレの知らない目してる…」

「そんなの…、当たり前だろ?オレはお前の家族になりたいんじゃない」

「虹村さんと一緒にいると、苦しかったり、悲しかったりする。…嫌われたらどうしようって不安になる。テツヤ達なら絶対にオレの事いつも好きでいてくれるから、苦しかったことは一度もない」

「…オレの方がもっと苦しいよ。ずっとお前が好きだったから…」

虹村の瞳が苦しげに曇って、吐き出された言葉に体が震えた。

「に、虹村さんのこと考えたり、虹村さんと一緒にいたりしたら…、おかしくなる。感情がぐちゃぐちゃになって、ワケわかんなくなるし…!すぐ涙出るし、怖いし、苦しいし、何か意味わかんないことで嬉しくなるしっ…。心臓と頭がすごく痛くなる」

そこまで言ってから、再び自分の瞳から涙が溢れてくる。親愛と恋愛は何もかもが違いすぎる。恋愛は苦しくて、怖くて、気が狂いそうになる。

「だからっ…、テツヤ達と同じ『好き』がいい。そしたらいつもっ…、んっ…ぅ…!」

幸せで安心出来ると、最後まで言い終わらぬ内に、虹村が噛みつくようなキスをして言葉を遮る。

「んっ…、ん…!んぅ…、ふっ…ぁ…!」

深く、灰崎の何もかもを奪おうとするような激しい口付けにクラクラと目眩がして…。思考が、意志が、感情が根こそぎ盗られる。耐えきれずに目を閉じれば…。

「んぅっ!?」

虹村が灰崎の下肢に手を伸ばし、ジャージ越しに灰崎の自身に触れていた。

「虹村さっ…!」

灰崎が驚いて、やめろと訴え掛けるように虹村に目線を向けると。

「……目ぇ逸らすな」

灰色の瞳が、ただ灰崎だけを映していた。

「オレはお前しか見ない。だからお前もオレだけを見てろ…!」

そう言って虹村は、そのままジャージのズボンを下着ごと脱がせて、灰崎の自身に躊躇なく唇に含んだ。

「やぁっ…!ちょ…、やめっ!だめ…!きたなっ…」

「うるへー…!」

「んぁ…!…やだっ…!」

口に含んだまま話されて、舌や歯が当たる感触に灰崎は酷く震えた。

「はぁっ…!だ…、め…!虹村…、さ…ん…!あぁッ…」

虹村の舌が先端部を執拗以上に刺激を与え、灰崎が羞恥や快感で目を瞑れば歯を立てたりして開けさせる。

「ふぁっ…!あ、ぁぁッ…!!」

その瞬間に灰崎はすぐさま絶頂を迎えて、虹村が口内に吐き出した自分の白濁を飲み込む姿を、混乱と羞恥と快楽でぐずぐずに溶けた目でぼんやりと見つめる。

「…黒子達と同じ『好き』だなんて…、絶対にゴメンだ…!」

「……っ」

虹村が灰崎を見る瞳には、あのギラギラとした激情が再び宿っていた。

「お前が好きだ…!キスしたいしヤりたいし…、お前が言ってたエロ同人誌みてぇなことだってしたいよ」

「う…わ…!」

再び自分を押し倒して、顎を掴んで虹村の目線と合わせられる。

「オレを見ろ…。オレだけを見てろ…!他の奴なんか見るなっ…。男も女もだ…!」

「虹…村…さん…」

「…ムカつくんだよ!お前がオレ以外の奴を見て、笑ったり、泣いたりすんのは!」

虹村の瞳が怒りや不安で荒れた光に満ちている。

「好きだよ、お前が好きすぎて、愛しくて、可愛くて、泣かせたくて抱きたくて…!もう頭がおかしくなりそうだ!…これが、家族と同じ『好き』な訳ねぇだろ!」

彼の抑えきれない激情を怒鳴られながら告げられて、灰崎はびくりと身体を震えさせた。瞳から止めどなく溢れてくる涙を見て、虹村が口の端をつり上げて笑う。

「泣けよ…。オレのせいで泣いて、怯えてぐちゃぐちゃになれ。オレだけで頭の中をいっぱいにして訳分かんなくなれよ。なぁ」

虹村の手が灰崎の左手の薬指をとって、物語の王子が姫にするような、尊いものであるかのようにそっと唇で触れた。
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