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□世界一初恋〜それぞれの初恋のカタチ〜
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「おの〜はぼーず!」

「か〜みやはちゃっぱっつ!」

「「よな〜が〜はカッパス…」」

「…?」

灰崎のマンションの前の駐車場を通りながら、ご機嫌で某ラジオの学園の校歌を斉唱していた二人の声がふつりと途切れた。何事かと思い顔を上げると…――。

「タ、イガとシンタロー…!?」

マンションの三階の突き当たりにある、灰崎の部屋のドアの前で見慣れたカラフルで高身長な二人がこちらに背を向けて立っているのが目に入った。

灰崎が慌てて階段を駆け上がろうとしたが…。

「!?」

服を後ろから強く引っ張られる感覚に振り向けば、黒子と高尾が灰崎の背中に隠れるようにして、ぎゅうっと服の裾を握りしめていた。
二人とも自分の背中にキツく顔を押し当て、服にすがる指は血の気がなく、震えている。

「…テツヤ、カズナリ」

呼び掛ければ、無言のまま、ふるふると首を左右に振られて、より強くすがられた。

「……ッ」

灰崎が虹村に告白出来たのは、自分や友人への義理やプライドが一番の理由だが、先に虹村から告白されていたのも少なくなかった。

自分からフッてしまったとしても、一度は好きだと言われ、抱かれたことで、相手が同性愛を受け入れられ、自分をその対象に見ていると分かったから、例え告白を断られたとしても、嫌悪されたりすることはないと思えた。

でも、黒子と高尾は違う。

火神も緑間も、平均を上回る背と顔や、プロバスケ選手に医者という職業の為女性からすごくモテていて、しょっちゅう本気の告白をされる事も少なくはなかった。

そして中にはかなり強引な女性もいて、結局押しきられて何度か彼女がいた時期も二人にはあった。

まぁ、バスケ命とかおは朝厨とかバカとかコミュ障とか恋人より相棒優先するとかで、長くても3ヵ月以内に告白してきた女性の方から振られてはいたが…。

でも黒子と高尾は、火神と緑間に恋人が出来る度に泣きそうになる衝動を必死に堪えて、二人から傷付いていることを決して悟られないように笑顔で祝福して、そしてその足で灰崎の家に逃げ込んでは可哀想な程に泣いていた。

今は火神達が振られているから彼女が出来ても諦める必要がないかも知れない。
でも、いつか彼らが自分から女性を本気で好きになって告白する時が来たら、そして付き合う事になったらどうしようと怯える二人を、灰崎は抱き締めてやる事しか出来なかった。


嫌わないで。
軽蔑しないで。
気持ち悪いと思わないで。
拒絶しないで。
受け入れられなくてもいいから…、どうか相棒のままでいさせて…――。


今も、灰崎の背中にすがりつく指先から、悲鳴のような懇願がしっかりと伝わってくる。

けれど、彼らが恋心を告白したきっかけである灰崎は何もしてやれない。

「…アイツらオレらに気づいてねーぞ。テツヤかカズナリの家に行くか…?」

「「……っ」」

それでも、怯える二人に逃げるかと暗に聞けば、また小さく首を振って立ち向かうと言うから…。
せめて火神と緑間が二人に何か酷いことを言ったらぶん殴ってやろうと決めて、服にすがる二人の手をぎゅっと握り締めて、階段を登っていく。

いつもより時間をかけて三階に辿り着き、目の前の後ろ姿に声を掛ける。

「…お前らウチの家の前で何してんだ」

「「!」」

灰崎の声を聞いて、火神と緑間が弾かれたように顔をこちらに向けた。

そしてバタバタと自分達に向かって駆け寄ってくる足音に、ひぅ!と黒子と高尾が泣き声混じりの悲鳴を上げたので灰崎は慌てて二人に向かって叫んだ。

「二人ともそこで止まれ!!」

「え!?」

「な!?」

五歩ほど離れた所で火神と緑間を止まらせた。

黒子と高尾に聞かれないように火神達から返事を聞いて、NOだったら穏便に追い返せないかと思案を巡らせていたが、やはり本人達が火神と緑間の返事を聞かなければ駄目だろうと思った。自分が返事を聞いても何も意味はない。

「……」

背後で震える二人を気にしつつ、改めて火神と緑間に目線を向けると、火神達が黒いスーツで正装してるのに気付いた。

しかも火神は一抱えもあるデカい真っ赤な薔薇の花束を片手に下げていて、緑間はあまりファッションに興味のない灰崎でも知っている有名宝飾ブランドの小さな紙袋を持っている。


…………あれ?これもしかしなくてもイケるんじゃね?


少なくとも告白を断るのに薔薇の花束持ってくる奴なんて居ないだろうし、あのブランドは豪華な宝石の指輪で有名だった。


ていうかさ…、何アイツらあんな今時の少女マンガでも見ないくらいベタなプロポーズしに行きます感全開の格好で街歩いてんの?え?馬鹿なの死ぬの?
帰国子女とおは朝厨には羞恥心はないのか……、ってないよな。だってタイガは普通にテツヤの口元に付いてるごはん粒をとって食べるし、シンタローはこの前、ラッキーアイテムである猫耳カチューシャ着けて街中を普通に歩いてたし!
つーかアイツらあの格好でウチの前に立ってたのかよ!やめろよなマジで!!オレがご近所さんから変な目で見られるだろうがぁ!!


と…、内心すごくパニクりつつ、平静を装い火神達に話しかける。

「で…、二人は何しに来たんだ?」

「…黒子に話があって」

「…お前の後ろに隠れている奴と話がしたいのだよ」

「あー…、うん。そうだよなぁ。えっと一応聞いとくけどさ、返事はYFSでいーのか?」

「お前には関係ないのだよ…」

「返事はちゃんと黒子に言うから…」

返ってきた声の低さと歯切れの悪さに最悪の結果を予想したのだろう、黒子と高尾の震えが大きくなり、呼吸が乱れ始める。

今にも泣き出しそうな気配を感じ、一つ息を吐き出す。

そして灰崎は心を鬼にして、背中のくっつき虫をべりっと引き離して、火神と緑間の前に突き出してやる。

「っ!?やっ…!!」

「っしょうごくんやです!!」

「!」

すると二人は泣きそうな顔をして、今度は前から抱き着いて自分の胸に顔を埋めてきた。

「テツヤ、カズナリ…」

カタカタと小さく震えている二人の背中を少しでも落ち着かせるように優しく撫でていたその時…――。

「!?」

目の前の高身長二人から、殺気としか言いようがない視線が灰崎に突き刺さってきた。

まだ付き合ってないのに独占欲が半端ないとか何なんだよ。もう式場がここに来いよ。オレが二人の為に立会人をしてやるから。と内心ぼやきつつ、そっと二人に促す。

「…テツヤ、カズナリ。返事…聞かねぇのか?」

「「……っ」」

体は灰崎にしがみついたまま、二人はのろのろと顔を上げて、自分の相棒達を怯えた瞳で見た。

普段なら観察眼に特化した彼らはすぐに花束や紙袋に気付けただろうが、生憎今は恐れが勝っていて顔から目を逸らさないようにするのが精一杯らしい。

火神と緑間は、見上げてくる二人の不安で揺れる大きな瞳に何かを刺激されたのか、耳まで赤く染めていきなり叫んだ。

「そ、そんな目でこっち見んなよ!!」

「は、破廉恥なのだよ高尾!!」

「あ…っ!」

「ごめっ…、しんっ…ちゃ…!」

黒子達はそれを拒絶と捉えてしまったらしく、じわりと涙を滲ませて再び灰崎の胸に顔を埋めてしまった。
このままだと黒子たちが誤解を拗らせかねない。灰崎は二人の背中にしっかり手を回したまま、火神と緑間に少し黙ってろと伝えるように鋭い目付きを向けた。

「「…!」」

二人は灰崎の目付きの意味を正確に捉えたのか、おずおずと口を閉ざす。

「ふっ…、ぅ…」

「ひっく…!ふ…ぇ…」

ぐずぐずと泣き出す二人の髪を灰崎は幼子をあやすようにゆっくりと撫で上げて、優しく声を掛ける。

「テツヤ、カズナリ。二人は仕事とか次の試合の練習とかがあるのにも関わらず、わざわざお前らに返事を言いに来てくれたんだぞ?」

「しょ…ご…くん」

「しょう…ちゃんっ…」

「だから…、ちゃんと相手の顔を見て返事を聞いてやらねぇと駄目だ。じゃないとタイガにもシンタローにも失礼だと思う」

怖い気持ちは分かる。逃げ出したい気持ちも痛い程分かる。だけどそこで逃げ出しては駄目なのだ。きちんと相手と向き合わないと何も始まらない。

「頑張れよ二人とも。オレはずっと二人の味方だから」

いつも二人が自分に伝えてくれた大好きな言葉を、今度は灰崎が二人にしっかりと伝える。すると黒子と高尾は不安げに揺れた瞳を自分に向けて、おずおずと口を開く。

「じゃあ…、しょうご…くん。どこにもいかない…ですか…?」

「ここに…いて、くれる…?しょうちゃんが…そばにいてくれるなら…、おれら、がんばる…からっ」

二人が安心出来るようにと灰崎は優しく笑い掛けて震えている二人の手をしっかりと握り締めてやった。

「当たり前だろ。オレは二人の側にずっといるよ。だから、頑張れ!」

すると今まで怯えていた二人の表情に笑顔が零れた。そして覚悟を決めるように二人は再び火神と緑間にきちんと向き合う。

「悪い。タイガとシンタロー。オレ邪魔かも知れねぇけど、二人に返事を聞かせてあげて」

そう促すと、火神と緑間も覚悟を決めたようにそれぞれ口を開く。

「く、黒子!あのなっ」

「…高尾、一度しか言わないからよく聞くのだよ」

火神と緑間は赤く染まった顔でこちらに向き直り…――。


「毎日オレの作った味噌汁飲んでくれ!ださい!!」

「つ、つつつつつつ月が綺麗なのだよ!!」


マンション中に響き渡るような叫びと共にガバッと90度に体を曲げて、火神は真っ赤な薔薇の花束を黒子に、緑間は宝飾店の紙袋を高尾に、それぞれ差し出した。


………。


お前らどこのねるとんだ。


タイガのプロポーズ古いし何かズレてるんだけど…。普通は逆じゃね?
そしてシンタローはまさかの明治の文豪チョイスと来たか…。今は平成だよバカ野郎。


ていうかお前ら…、ウチの前でンなデカい声出すなよ…。近所迷惑にも程があるだろーが…。


もうツッコミを入れたくなるのを必死に押さえつつ、灰崎は黒子と高尾に目線を向ける。

「………っ」

「ぇ……っ」

言われた言葉の意味をようやく理解したのか、親友達の顔がじわじわ赤く染まっていく。

「…返事、YESみたいだぜ?」

「「っっ!!!」」

そっと二人に囁けば、ぼふん!と音を立てたように耳まで真っ赤になって、二人はぼろぼろと泣きだし、ぎゅうっと灰崎に抱き着いてきた。

「ふぇぇっ…!しょ…ご…くんっ…!」

「うっ…ぁぁぁああん!しょうちゃぁぁぁああんっ」

色んな物が堪えきれなくなって二人が大声で泣き出せば…。

「く、黒子!?い、嫌だったのか!?」

「ど、どどどどどうしたのだよ高尾!?」

情けなくも火神達はパニクりながら絶叫をし出した。黒子達はともかく、火神達はもう少ししっかりするべきだと思う。

二人が落ち着きを取り戻すまでもうしばらく時間が掛かりそうだと判断した灰崎は、ふぅと息を吐き出してから四人を促す。

「…立ち話する内容でもないから、とりあえずウチに入ろうぜ?」

自分にしがみついて離れない黒子と高尾の頭を優しく撫でつつ、突き刺さる高身長共の嫉妬の視線は敢えてザックリと無視して、家の鍵を開けた。

「……土曜は皆でウチの家でデートするか?」

「「……!」」

火神達に聞こえないようにこっそりと問い掛ければ、大好きな親友達は泣きながら笑って、幸せそうに頷く。

そして幸せそうな二人の笑顔を見て、灰崎も優しく笑い返してやった。
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