××
□1
3ページ/4ページ
「本当、信じられないっスよ!ショーゴ君と黒子クンが女だなんて!!」
「あ?」
「ボク達は正真正銘女ですが?」
体育の時間。男女共に準備運動をしていた途中、黄瀬がストレッチをしながらまだ怪しげな目で灰崎と黒子の性別を疑っていた。名前で呼ばれた灰崎はチッと舌打ちをして、黄瀬の背中に容赦のない蹴りを入れてやった。
「いった!?何するんスかショーゴ君!!」
「気安く名前で呼ぶんじゃねぇよ気色悪ぃ!!いいか?オレを下の名前で呼んで良いのはテツナとカズナリと可愛い女の子だけだ!!」
「うっわ!人種差別っスよそれ!!」
「まぁ、正確に言えばショーゴではなく祥子なんですけどね」
「祥ちゃんったらwwwwwwオレ以外の男にはマジ容赦ないんだからwwwwww」
涙目で叫ぶ黄瀬と、冷静にツッコミを入れる黒子。笑い上戸の高尾はまた爆笑し、灰崎は不機嫌のままだ。
何だこれは。ここだけ無駄にイケメンオーラ全開じゃねぇかと眩しげに目を細める男子達と、『やっぱりショーゴくん格好いい〜!』『え〜、ショーゴくんも格好いいけど私はテツヤくん派〜』ときゃぴきゃぴと花を咲かせて女子会を始める女子達。黒子テツヤ親衛隊隊長の桃井はひたすら黒子の麗しい体操着姿をスマホでRECし、…なんというかとてもカオスな空間に包まれていて、毎度のことながら体育教師はため息を零す。
「よーし、今から男女別にチームを作ってバスケの試合を始め」
「ハーイ!先生ぇ」
「な、何だ?灰崎」
普段授業に不真面目な灰崎が積極的に体育に参加するだけではなく何かを提案をしようと手を上げている。体育教師はもう悪い予感しかせず、若干顔を引きつらせた。そしてその予感は悲しいことに当たってしまうのだ。
「オレとテツナの二人チームで男子と試合させてくれね?」
「げぇ!?」
「はぁ!?アンタ男嘗めるのも大概にしろよ!!」
挑戦的で自信に満ち溢れる眼差しで男子に勝負を仕掛ける灰崎にクラスの男子は顔を青ざめてぎょっとし、流石の高尾も苦笑を漏らし、完全に男を嘗めきっている態度に黄瀬はカチンと苛立ち、巻き込まれてしまった黒子は、ふぅっとため息を吐いた。
「祥子さん、またですか?」
「だって女の子相手に本気なんか出せねぇだろ?それにこっちの方がギャラリーも盛り上がるし?」
「まぁ、そうですけど…。でも流石に男子達が可哀想です。どうせボク達がボロ勝ちしてしまうのに」
「はぁ!?ちょっと黒子クン!?」
「うお!テツナも結構容赦ねぇな!つか他の男なんかどうでも良いんだよ。オレはただ、黄瀬の野郎をぶっ倒したいだけなんだからよ」
「しかもオレっスか!?何で!?」
性別を疑っていることに怒っている?それとも名前呼びか?まぁ、どっちにしろ何故転校早々ケンカを売られなきゃならないのかと黄瀬は思った。むしろ怒りたいのはこっちの方だ。朝から二人のせいで気分を害してばかりなのに。
「いいから勝負しろよ。テメェの実力が知りてぇんだ。あ、負けるのが怖いなら断ってくれても全然構わねぇけどよ」
「…ッ!!」
人を見下しながら鼻で笑い、馬鹿にした態度。それで堪忍袋の緒が完全に切れてしまった黄瀬は『上等っスよ!!』と声を荒げた。
「もしこれで負けたら、男子に対する態度!改めて貰うっスからね!!」
「おーおー、いくらでも改めてやるわ。だからさっさと掛かって来いよ」
「もう、祥子さんのせいでボクまで巻き添えですよ」
指先で招く灰崎に本日二度目のため息をついた黒子は渋々と赤のゼッケンを体操着の上から着る。
「キャ〜!!ショーゴくん頑張ってぇ!!」
「テツヤくん!今日も男子をボコボコにしちゃえー!!」
勿論女子は灰崎と黒子の応援しかしない。それに余計苛立った黄瀬は、力強く女子に向かって手を振る二人を睨み付けた。
そしてピーッと試合開始の笛が鳴り黄瀬と灰崎はジャンプボールをして味方に送ろうと力の限り手を伸ばした。
「ハァ…、ハァ…、嘘だろ…?」
手加減なしに全力でやった筈。なのにたった二人の女子相手に黄瀬も高尾も他の男子も手が出せない程、ストレート負けしてしまうなんて。
黄瀬はへたりと腰を降ろし、涼しげな顔で汗を拭う灰崎と黒子を見上げた。
二人のプレイ自体は酷く対照的だった。灰崎はフェイクや、リバウンド等の華麗なテクニックを織り混ぜつつ、ガンガン攻める攻撃型。黒子は周りを冷静的に見渡し、味方に的確なパスを送るサポート型。二人の息は本当にピッタリで互いの苦手を補いあって、プレイしているように見えた。
「駄目だぁ!やっぱ祥ちゃんとテッちゃん強いよー!」
「当然だ。オレとテツナに勝てる奴なんて早々現れねぇよ」
「うっへぇ、すごい自信。ね?黄瀬クン?」
「えっ、あ…」
あんな自信満々に売られたケンカを勝ったのにボロ負けしたなんて恥ずかしい。羞恥と悔しさが込み上げてきて唇を強く噛み締めた時、黒子が腰を降ろし未使用のタオルで黄瀬の汗をポンポンと拭いた。
「お疲れ様です。黄瀬君もなかなか強かったですよ?」
「えっ…?」
「確かに他の人はとても弱かったですが、でも黄瀬君と高尾君だけは勝負していてボクはすごく楽しかったです。だから、そんなに落ち込まないで下さい」
「く、黒子クン…!」
他の男子には容赦ない辛辣な言葉を投げ掛けていたが、彼女の柔らかい笑顔と優しい気遣いに癒された黄瀬は涙ぐみ、思わず黒子に抱き着いた。
「う、うわぁぁぁん!!黒子っちぃ!!」
「え?黒子っち?それはまさかボクのことですか?」
「テメェ!オレのテツナに抱き着いてんじゃねぇよ!!離れろ!!」
「いったい!?」
抱き着かれたことより名前呼びが変わったことに黒子は疑問を持ち、大切な親友を大嫌いな男が抱き着いたことに大層機嫌が悪くなった灰崎は黄瀬の頭を足蹴りした。
「つッ〜!!アンタもうちょっと黒子っちみたいに優しくしてみたらどうなの!?」
「そ、そうだそうだ!さっきの言葉は軽く泣けたが、黄瀬の言う通りだ!もっと黒子みたいにオレ達に優しくしろぉ!!」
「はぁ?そもそもオレより弱い野郎に人権とかねーからwwwwww」
黄瀬の訴えに便乗した男子達に向かって灰崎は爆笑しながら無理無理と手を左右に振った。
「くぅ〜!!大体女のくせに女からモテて楽しいのかよ!?」
「ムサくてゴツいクソ野郎共より、可愛くてふわっふわな女の子達にモテた方が楽しいに決まってんだろ。いいか?大体そういう台詞はな、顔、身長、力、運動能力、女からの人気のどれか一つでもオレに勝ってから言え童貞ども」
「う、うわぁぁああああん!!」
「灰崎がっ、灰崎がいじめる――!!」
「返す言葉がないとはこの事だよチクショウ!!」
「祥子さん、そんな本当のことばかり言っては気の毒ですよ。負け惜しみぐらい好きに言わせてあげましょう?」
「優しかった筈の黒子がサラッと止め刺しに来たー!」
「ヒドイ!ヒドすぎる!ちょっと校内中の女子の人気二分してるからって!」
「校内?オレもテツナも他校のファンクラブまでありますからー。同級生にすらマトモに相手にされないテメェらと一緒にすんな」
「キィィイイイ!!」
「リア充爆発しろ!!」
まさか他校まで二人のファンクラブが存在しているとは。聞きたくなかった衝撃的な真実にもう我慢が効かなくなった男子達はうわぁぁぁんと泣きながらある男子生徒に助けを求める為に、二年の教室に向かっていった。そしてそんな哀れな男子生徒達の背中を見送った高尾は思わず苦笑を溢した。
「ごめんね黄瀬クン。口は悪いけど祥ちゃん心さえ開けば誰にでも優しい子だからあんま嫌わないであげて」
「高尾クン…。でもあんな言い方はないと思うっスけど…」
「あはは!祥ちゃんは昔から自分より弱い男が大嫌いなんだよ。だからあんな男勝りな性格になっちゃって」
「……」
女の子達を肩に抱き寄せて優しく笑う灰崎の姿を見つめる高尾の顔は笑ったままだが、でも横顔は少しだけ淋しそうに見えた。
「祥ちゃんもテッちゃんも、本当はちゃんとした女の子なんだから、もっと普通に恋とかして欲しいんだよね。でも周りは弱い男ばっかりでしょ?だから二人よりも背が高くて顔も整っていて、力も強くて、二人をちゃんと女の子として見てくれる王子様が現れてくれたらなって、高尾ちゃんは思う訳よ」
「いや、それは無理ゲーでしょ?黒子っちはともかくショーゴ君は絶対に無理。あれを女として見る男なんか現れる筈がないっス」
なんて理想的かつ、夢見がちなことを言っているんだろうと呆れていると高尾は真顔で『そうかな?』と言った。
「絶対になんか言い切れない。世界は広いんだから、遠くにいるかも知れないし、案外近くにいるかも知れない…。だからオレは祥ちゃんとテッちゃんを幸せにしてくれる人が現れるのを信じる……いや、絶対に現れるよ!」
絶対にそうなるという証拠が何もないのに、高尾のその根拠のない自信は何処から来るんだろうか?黄瀬はある一つの疑問が生まれ、直球に質問する。
「…随分二人に肩入れするんスね。まさか高尾クン、どっちかのこと好きなの?」
「え?オレは二人とも大好きだよ?だって王子様と騎士様の友達ですから」
「違うっス!オレが言ってるのは恋愛的な意味で…!」
「オーイカズナリー。今日の昼飯、テツナと食堂で食うんだけどお前も来るー?」
「高尾君も一緒に食べましょう?」
「わーい!行く行くー!」
「ちょっ!?高尾クン!!」
肝心な時に灰崎と黒子の呼び掛けのせいで自分の問いは掻き消されてしまった。そして黄瀬の質問に全く聞こえてなかったらしい高尾は二人の誘いに明るく返事をし、向こうに駆け寄って行く。
そんなフリーダムすぎる三人の姿に黄瀬は疲れたように項垂れ、『もうなんなんスかこの学校は〜』とぼやいたのだった。
◇◆◇◆
一方男子達は本当に二年の教室まで乗り込んで『うわーん!助けてにじえもーん』と勢いよく一人の男子生徒に泣きついた。
「………あ?」
"にじえもん"と呼ばれた青年、二年の虹村修造はスマホを片手に音楽を聴いていた為、少々反応が遅れてしまった。
艶のある黒髪に、鋭い灰色の目付き。唇は少し尖っていて、顔は灰崎や黒子に負けず劣らずのイケメンだ。
「虹村センパイー!なんとかしてよー!」
「灰崎と黒子がヒドイんですよ!」
「あいつらのことやっつけて〜!」
「うるせぇな、の○太君みたいな声出してんじゃねぇよ。オレはどらちゃんかよ」
ぐすぐすと泣き出す一年男子に情けなく思った虹村は自販機で買ったジュースをすすりながら、机に肩肘を付いて一応『何があったんだよ?』と聞いてやる。面倒なのであまり聞きたくないのだが。
「うっうっ、体育の授業でバスケの試合することになって、灰崎と黒子にボッコボコにされた」
「またアイツらの人気が上がった」
「お前らもっと頑張れよ。その噂の王子様と騎士様って女なんだろ?」
顔は見たことがないが、"銀の王子"と"黒の騎士"の噂は女子に興味がない虹村の耳にもよく届いていた。
「無理。アイツらハイスペック過ぎる。特に灰崎」
「灰崎……確か王子の方か?」
「そう!虹村センパイならアイツに勝てるよ!だから灰崎をやっつけてよ!去年まで女子の人気ぶっちぎりだったじゃん!」
「つか、オレあんま興味なかったからロクにそいつらのこと知らねぇんだけど…」
やけに黄色い悲鳴が外から聞こえてきたので、何気なしに教室の窓から覗いてみると、噂の灰色の少女が女子の肩を抱いて、額に軽く口付けを落としたり、何かを囁いたりしていた。
「……へぇ、あれが噂の王子様か」
身長は多分自分と同じくらいだろうか。日光に当てられたせいか、きらびやかに輝く銀色の髪。女の子達に向ける、瞼を少し伏せて甘く微笑む笑顔。自分と同じ瞳の色とは思えない、綺麗に澄んだ銀色の瞳。
「……普通に可愛いじゃん」
灰崎を食い入るように凝視していた虹村の表情は静かに変化していく。それはまるで獲物を狙う百獣の王 ライオンの如く。
目を細め、何も知らずに笑う少女の横顔を瞼の奥に閉じ込める。自然と上がる口角を、隠すように片手で覆い、呟いた。
「………欲しい」
「?虹村、何か言ったかー?」
「…なんでもねぇよ」
――アイツ、オレの女にするわ…。
-to be continued.-
あとがき→