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※虹村が三年、灰崎が二年へと進級してます。
※慌てて書いたので酷いくらい文章が雑。
これは梅雨明けしたばかりの7月のことだった。
「うーん…、うーん…」
夏花は一人リビングの周りをくるくると歩き回ってはうーんうーんと唸っていた。なにやら悩みがあるようだ。そんな姿を見かねた灰崎は洗濯を中断させて夏花の元へと歩み寄る。
「夏花?さっきからどうしたんだ?」
「あ、しょーごくん…」
「ん?」
とてとてとこちらに向かって歩く夏花の姿は大変可愛らしく、灰崎の頬は緩みそうになったが、しかし幼子の浮かばない表情を目をしてしまっては微笑む訳にもいかず、きゅっと灰崎の服を掴む幼子の頭を優しく撫でて再度『どうした?』と尋ねた。
「あのね…、もうすぐしゅうにいちゃんのおたんじょうびなの…」
「誕生日?虹村サンの?」
「うん…」
そういえば昨年の7月、赤司や黒子達が部室に虹村を呼んで誕生会をしていたっけとぼんやりと思い出す。あの頃はまだ虹村に対する苦手意識が強かったせいで灰崎は逃げるように早々に帰ってしまったが。
――そうか…。もうすぐあの人の誕生日なのか…。
「で、夏花はそれで何を悩んでいたんだ?」
「――…んじょうび会…」
「ん?」
「おたんじょうび会…、しゅうにいちゃんにはないしょでじゅんびしたくて…」
「なるほどな」
サプライズで誕生会を開きたいと考えていた訳か。しかし何をどう準備をすれば良いのか全く分からず行き詰まっていた…、と捉えれば正解だろう。
「そうか。兄ちゃんの誕生会を開きたいなんて、夏花は相変わらずいい子だなぁ」
「えへへ…、そうかな?」
「いい子だよ。オレなら多分スルーしていたわ」
というか虹村の誕生日すら普通に忘れていた。しかし虹村家にお世話になってからもう一年が過ぎる。流石に今年は何かしらお祝いしなければ薄情だろう。ここは一つ可愛い妹の為に一肌脱いでやるか。
「おーい浩二!ちょっとこっちに来い」
灰崎は隣の部屋の隅っこで戦隊モノのオモチャで遊んでいる浩二を呼びつけて。
「ん?しょーごどうしたー??」
すぐこちらに駆け付けた浩二と、きょとんと目を丸くする夏花の肩を抱いてひそひそと小声で話す。
「もうすぐ兄ちゃんの誕生日だって浩二覚えてるか?」
「おう!覚えてるぜ!きょねんはお父さんとなつかとオレの三人でしゅうにいちゃんをいわったんだぜ!なー?なつか!」
「うん!」
「そうなのか。でも今年はお父さんの具合が悪いから多分兄ちゃんの誕生日、一緒に祝えねぇと思うんだ」
「えー、つまんねー!」
「こうくん、わがまま言っちゃめっ!だよぉ!」
「ぶー!」
「だからよ、今年はオレ達三人で兄ちゃんには内緒で誕生会の準備しねぇ?」
「へっ?にいちゃんにはないしょで?」
「そう。兄ちゃん最近部活やお見舞いで色々と忙しいだろ?だから誕生日当日にあっと驚かせて、兄ちゃんを喜ばせてやろうぜ!」
「おおお!すげーおもしろそう!」
「これで夏花も一人で悩む必要がないだろ?」
「うん!ありがとうしょーごくん!!」
「じゃあ今から兄ちゃんには内緒で誕生会の計画を練るぞー!」
「「おー!!」」
最後は全く小声ではなかったが幸い今は虹村は外出中だ。だから細かいことは気にしなくて良いかと思い、灰崎はまずはケーキをどうするべきかとスマホを片手にレシピを調べた。
extra edition2.サプライズバースデー
「……」
虹村修造は異様に落ち込んでいた。ここ最近、可愛い弟と妹の様子がおかしいのだ。話し掛けても何処かよそよそしい。虹村と目も合わせてくれないし、避けられているような気もする。何故だか知らないかと想い人である灰崎に聞いてもさぁ?とはぐらかされ、逃げられる。
――やっぱあれか…?最近部活や親父の見舞いばっかで全然遊んでやれてないから二人に嫌われた…とか…?
ぶっちゃけそれしか心当たりがない。今年の春辺りから父の容態が悪化してしまった為、最近はほぼ毎日病院に通いつめ状態なのだ。弟と妹の世話は灰崎が見てくれているからほぼ任せっぱなしだし。これじゃあ愛想尽かされても文句は言えない。
――でもなぁ…。
やはり大事な弟と妹に嫌われるのは死ぬほど辛い。出来れば来週辺りに時間を作って何とか謝りたい。そして今まで構ってやれなかった分たくさん遊んでやりたいのだが…。
「……はぁ」
ずーんと顔を青くしてますます落ち込む息子の様子を見かねた父、修は不自由な体を何とか動かして、上体を起こした。
「どうした修造。今日は随分と元気がないな?」
「あ…、悪い親父……って!?親父無理して起きるなよ!ほら寝てねぇと!」
今の父は、昨年の父とは全く違うのだ。痩せ細った身体に、こけが目立つ顔、身体も自由に動かすことが出来ず動作は常に鈍く、フラフラで、病が進行し、そのせいで衰弱しきっていることが一目見ただけで分かる。いつ亡くなってもおかしくない状態だと医師にも告げられたのだ。だから無理をして欲しくないのに。
「はは…、お前に心配される程オレはまだ落ちぶれていないよ」
「でも…!」
「それより修造。今日は元気がないみたいだがどうした?またヘマをやらかして祥吾くんに叱られたのか?」
息子に心配掛けさせまいと気丈に振る舞い明るく笑う父の姿に胸が酷く痛み、けど相談に乗ってくれようと気遣う言葉はやはり嬉しく、虹村は小さく苦笑し、ぼそぼそと答える。
「いや…最近浩二と夏花に避けられているような気がしてさ…」
「そ、そうなのか…?はっ!ま、まさか二人とも早すぎる反抗期が来たとか……!?」
「は、反抗期!?いやいやそんな訳はねぇだろ!二人ともちゃんといい子に灰崎の言うことは聞いてるよ!」
「祥吾くんの言うことは聞くんだな…?そうか…、良かった…。それなら父さんすごく安心…」
「いやいや親父!?息子の心配もしてくれよ!オレなんか会話どころか目も合わせてくれなくなったんだけど!?」
幼い息子と娘の急変に流石の父も心配性で顔を青ざめていたが、しかし灰崎に対してはいい子にしていると聞いた途端すっかり安心しきった表情で、カタカタと手を震わせながら何とか茶をすする。相変わらずこの父は長男に対する扱いが雑なような気がする。
涙目になり、割りと本気で落ち込む虹村の姿を父は小さくくすくすと笑い、頭の上に手のひらを置いてくしゃくしゃと撫でた。
「ハハハ、修造。心配しなくても大丈夫さ。子供が兄弟や親を避ける理由なんて大体隠し事をしている時だけだから」
「隠し事…?…いや、でもオレ最近全然あいつらと遊んであげれてねぇし…」
「……すまない…。それは完全にオレのせいだな…。オレがいつもお前に苦労ばかり掛けてしまっているから…」
「ち、違ぇよ!親父は全然悪くない!ただオレがもっと…、時間を上手く作れば良かったなと思って…」
「……」
部活と勉学の両立。その上父親の介護。それがどれだけ大変か虹村の父も良く理解している。でも大の大人でも根を上げてしまう程の大変なことを虹村は何とかやりこなし、その上でまだ弟と妹の面倒も見るべきだと考え、しかしそれ以上は全く手が回らず、それに罪悪感を感じ、こうして落ち込んでいる。まだ15歳になったばかりの年半端もいかない子供がだ。
――いつも祥吾くんに少しは甘えることを覚えろと言っていたが、お前こそもっと親に甘えることを覚えて欲しいよ…、修造…。
いつ死ぬか分からないこの身体では、大した役には立てないが、それでも捌け口くらいにはなってやりたいと思った。
「…修造。また辛いことがあったら遠慮なく吐き出しなさい。それでお前の気持ちが多少落ち着くなら父さんはいつだって聞いてやりたいよ」
「…やだよ…。これ以上の負担…親父には掛けさせたくない…」
「息子の悩みを聞くのに負担に感じる親なんているもんか。むしろ何も話してくれない方が、父さんはすごく寂しい」
「……」
再び短い髪をくしゃりくしゃり撫で続けると、虹村は少々照れくさそうに顔を赤く染め、『……分かった』と何とか聞き取れるくらい小声で返事をし、そして『…ありがとな…』と呟くように礼を言った。
「いいや、こっちこそいつも介護して貰って悪いな…。今日はお前の誕生日なのにろくな祝いもしてやれなくて…」
父の落胆に満ちた声に、虹村の目は僅かに見開き、ああ、そういえば…と何処か他人事のように思い出した。今日は自分の誕生日か。忙しすぎて父に言われるまで気付きもしなかった。でも…――。
「オレのことは別にいいよ。そんなことより浩二と夏花の誕生日をちゃんと祝ってあげて欲しい…。だから親父…、少しでも長く生きろよ…?」
望みが薄いことは分かってる。でもそう願わずにはいられない。漸く亡くなった母親に対する傷が癒えてきたのに父親までもが亡くなってしまえば幼い弟と妹の心は完全に壊れてしまう。
だから…と切に願う息子の言葉に、父は緩く頷き、『勿論だ』と笑って、また虹村の髪をポンポンと優しく撫でてくれた。
――その手の温もりには安堵を感じさせられ、虹村の鼻はツンと痛み、溢れそうになる涙を必死に堪えた。