毛探偵(1)
□もっと甘えて
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視界には真っ赤な血が広がる…。
目の前には僕の父が聡明さん…、いや、秋吉さんの身体を重傷に負わせていた…。
やめて…!お父さん…!
これ以上聡明さんと秋吉さんに酷い事をしないで…!!
「…はぁッ…!はぁッ…!」
身体中に大量の汗を掻き、飛び跳ねるように起き上がった。
まただ…。また…、嫌な夢を見ちゃった…。
自分が今よりもっと幼かった頃…、僕の父が野羅を裏切り、聡明さんの器である秋吉さんに酷い怪我を負わせた。
何度も、何度も。彼の身体を痛め付けて、獣のように荒れ狂っていた事を今でも鮮明に覚えている。
当然両親は、裏切り者として他の野羅達に処分されてしまった。本来なら僕も裏切り者の子として、処分されるべき存在。
でもこの命を生かしてくれたのは紛れもなく聡明さんだ。あの人が僕を"器"として選んでくれたから僕は処分されずに済んだ。
そして秋吉さんも、僕の両親のせいで酷い怪我を負ったのに…、何一つ恨みもせずに優しく接してくれていた。
その事に涙が出るくらいに嬉しく思ったし、お二人にはすごく感謝している。感謝してもしきれない程に…。
だけど、たまに考え込んでしまう。僕は…、こんなに優しくされて良いのだろうかと…。
秋吉さんの眼帯と松葉杖を見ると、今でも胸の奥がズキズキと痛む。
どうしても罪悪感を感じてしまう。
じわりと目尻から熱い物が込み上げてくる。ツンと鼻が痛み、僕は泣くな泣くなと自分に言い聞かせてごしごしと目を擦った。
その時、部屋のドアがそっと開かれた…――。
「弥太郎くん、どうしたの?」
「あ、秋吉さん…!」
「眠れないの?」
「あっ…、えっ…と…」
いきなり張本人に会ってしまい、動揺を露にして目線を泳がす。
どうしよう、何て言って誤魔化そう…?えっと…、えっと…!
グルグルと頭を働かせ、必死に言葉を探すと、秋吉さんがクスリと優しく微笑み、僕の頭をあやすように撫でた。
「弥太郎くん、ホットミルクでも飲む?」
「え……?」
「ホットミルクを飲むと少しは落ち着くと思うよ?」
「……っ」
秋吉さんの優しさにこれ以上甘えてしまっても良いのだろうかと思いながら、返事が詰まってしまう。
すると顔を覗き込まれ、じっと見つめられる。
「一緒に飲もう?弥太郎くん」
「……」
せっかくのご好意を無下にするのも逆に失礼だ。小さくこくん、と頷いて結局お言葉に甘える事にした。
───
気分を落ち着かせる為なのか、ベランダでホットミルクを飲む事になった。
「弥太郎くん、寒くない?ほら、これを着て」
「あ…」
秋吉さんは着ていたカーディガンを脱いで、そっと僕の肩に掛けてくれた。
秋吉さんの体温がほんのりと感じて、暖かくなる。
「あ、ありがとうございます。秋吉さん…」
「うん、どういたしまして。あ、はい。これは弥太郎くんの分」
ホットミルク入りのマグカップを手渡される。僕はふぅふぅと息を吹き掛けながら少し冷まさす。
「あれ?弥太郎くんって…、もしかして猫舌?」
「あ、はい…」
この猫舌のせいで熱すぎる飲み物や食べ物は苦手になってしまった。必ず舌を火傷してしまうから。
すると秋吉さんは、あー…と申し訳なさそうな表情をして、苦笑する。
「ごめんね、弥太郎くん。じゃあホットミルクは駄目だったかな…?」
「あ、いえ…!」
フルフルと首を左右に振って否定する。秋吉さんのホットミルクは熱すぎる訳じゃないから、少し冷ましたら飲める筈だ。
それに秋吉さんの優しさも詰まっている。それを駄目だと言う筈がない。
そっとホットミルクを口に含めて、コクコクと少しずつ飲んでいく。
丁度良い温かさと甘みが口いっぱいに広がり、先程以上は落ち着きを取り戻せた。
「すごくおいしいです。秋吉さん」
「そう?それなら良かったぁ」
秋吉さんはホッとしたように、ぱっと明るく笑った。
それにつられて僕も小さく口元を緩めた。だけど、すぐに地面の方に視線を移す。
秋吉さんもホットミルクを飲みながら、ゆっくりとリーンリーンと鳴く虫の音に耳を傾けていた。
秋吉さん…。さっきの事を聞かないのかな?僕が泣きそうになっていたのをきっと気付いている筈。
そして泣いていた理由も…――。
「聡明さんね、今日はこの辺りを散歩していると思うよ」
「え…?」
不意に投げ掛けられた言葉に顔を上げると、秋吉さんは困ったように小さく笑っていた。
「相変わらず勝手なボスだよね。優しいけど…」
「……っ」
その言葉になんて返事をすれば良いのか分からず、言葉が詰まってしまう。
すると秋吉さんの大きな手がそっと僕の髪に触れて、ぽんぽんと優しく撫でられる。
「聡明さんってね、昔からすごく勝手で強引な人だったんだよ。誰にも頼らずに一人で解決するような人だったし…。だけど…、仲間を思う気持ちは人一倍ある人だった」
「……」
そこまで言うと、秋吉さんはぼんやりと夜空を見上げる。その表情はすごく優しくて、でも何処か寂しそうで…。
「だからこそ時々…、危うく見える時がある。僕達のあの人に頼りすぎたせいで…、一人で何でも抱え込むんじゃないかって…」
「秋吉さん…」
「本当に…、勝手なボスだよね…」
「……」
その問い掛けに僕は何も返事を返す事が出来なかった。いや、返事をしてはいけないような気がした。
きっと秋吉さんは返事を求めて、この言葉を投げ掛けたんじゃないと思ったから…。
「弥太郎くん」
「はい…」
「聡明さんの器になった時には、あの人の事を…よろしくね?僕はずっと…、あの人の側にいる事は出来ないから」
「っ…」
大きな手がそっと…、僕の手を包み込んでくれた。その瞬間、何とも言えない感情が再び込み上げてくる。
この人の身体をボロボロにしたのは紛れもなく僕の父だ。僕の父のせいで酷い目にあったのに…!
それなのに、どうして秋吉さんは…、優しく僕に接してくれるのですか…?どうして優しい言葉と笑顔を投げ掛けてくれるのですか…?
「弥太郎…くん…?」
「……っ」
もう涙が堪えきれなくなり、目尻からポロポロと溢れてくる。泣いては駄目だと思っていても、涙が止まってくれない。止めどなく流れてしまう…!