毛探偵(1)

□偶然の接近
1ページ/3ページ

「さて…、庵さんに頼まれた買い物はこれだけかな?」

今日の夕飯の買い出しを庵さんから頼まれ、俺は近所のスーパーへと行っていた。今はその帰り途中だ。

「早く家に帰って、ルナにもエサをあげないと〜!」

我が愛猫のルナを思い浮かべると、だらしなくも口元がゆるゆるに緩んでしまう。これも全てルナが愛らしくて可愛いからいけないんだよね。ルナは本当に俺の天使だ。


「ん…?」


軽快の足取りで家に帰る途中、何かこちらに向かってくるのが見えた。

「……っ!!」

「あ…!」

あの青髪メガネは…、野羅にいる弥太郎なんじゃ!?どうして全力疾走しているんだ!?

「弥太郎!どうかしたのか?」

「!!」

声を掛けた途端、俺に気付いた弥太郎はあわあわとしながら辺りをキョロキョロと見渡していた。

「何、本当にどうかしたの…!?」

何をそんなに慌てているんだろう?と不思議に思っている時だった。


「やったろー!!一体何処に隠れたのかなぁー??このゆずキングから逃げられないぞー!!」


……。


この残念すぎるイケメンボイスを聞いた瞬間、俺は全てを悟り頭を抱えた。

どうして弥太郎が必死に逃げていたのかすぐに分かった。なるほど…、確かにあの人から追い掛けられたら逃げたくもなる。

「……弥太郎。こっちに来い」

「?」

「多分、ここだったら死角になって見えないよ」

「…っ!」

固まったままの弥太郎の手首を掴んで、際奥にある薄暗い道の方へ隠れる。少し横幅が狭いから自然と密着する体勢になってしまう。

「……」

「……」

緒方さんに見つからないように出来るだけ息を潜める。

「あっれぇ?本当に弥太郎何処に行ったんだ?せっかく頭を撫で回して可愛がり倒そうって思っていたのにー」

「…っ!」

すぐ間近に緒方さんの声が聞こえ、俺はなるべく弥太郎を隠すように自分より大きな体を抱き締める。

「っ!」

その時、弥太郎の体がビクッと強張ったのが分かった。

「……」

あ…、そういえば俺…。何で弥太郎を匿ってあげているんだろう?敵なんだから助ける理由が一つもない…筈……。

でも体が自然と動いていた。そうする事が当たり前のように。

何で…、と思いながら、弥太郎の方へ視線を向けると…。

「!!」

互いの目線が合った。弥太郎は顔を真っ赤にしながら気まずそうに俺から視線を逸らし、震えた手で俺の衣服だけをやんわりと掴んでいた。

「……っ」

な、何だよ…。そんなに顔を真っ赤にされると、こっちまで変に意識してくる…!
それにさっき全力疾走したせいか弥太郎の額から汗が流れている。しかも息も若干上がっているし…。

何だか、男同士の筈なのに今の弥太郎は艶かしく見えて目に毒だ。心臓もドキドキと高鳴ってるし!


緒方さん、早くどっかに行ってよ…!


「くそ…!この柚樹eyeから逃げるとは…。流石は野羅だなぁ」


緒方さんは小さく舌打ちして他の場所へと移動していった。


「はぁぁ〜〜〜」


どっと力が抜けて、腰を抜かしてしまう。まだ弥太郎を抱き締めたままだったから弥太郎までしゃがみ込む体勢になる。

「……」

心配そうな目線がじっと僕を捉える。そして申し訳ありませんと言いたげな表情でペコッと頭を下げた。

「いや、いいよ。なんか咄嗟に体が動いちゃっただけだし」

「……!」

そっと腕から解放して、荷物を掴んで立ち上がる。
呆然としたまま上目遣いで俺を見つめる弥太郎に、ん!と手を伸ばす。

「大丈夫か?立てる?」

「……」

コクコクと頷いて弥太郎は僕の手をしっかりと掴んだ。

「…っ!」

掴まれた瞬間、心臓がまたドキドキと高鳴り出す。


さっきから何なの…!このドキドキは…!


「あーと…、じゃあ俺はもう行くから…」

これ以上弥太郎と一緒にいたら恥ずかしくてどうにかなってしまいそうだ…。
赤くなってる顔を見られないように背を向けると。

「……っ!」

弥太郎が俺の手を掴む。まるで待って下さい…!なんて言いたげな顔をして。

「な、何?」

「……」

メモ帳を取り出して、シャーペンで何かを書き出した。そして紙をちぎってそっと手渡された。

「え…」

「……」

そして弥太郎はペコリと頭を下げて緒方さんとは真逆の方向に素早く移動して行ってしまった。

「……何だよ、コレ」

カサカサと紙に書かれている内容に目線を走らせる。


『匿ってくれてありがとうございました。圭さん。

助けてくれたお礼に今度何か恩返ししたいです。

ご迷惑でなければ何か考えておいて下さい。』


「……律儀な奴…」


そう呟いて口元が自然と緩んでしまっていた。敵からの恩返しなんて怪しすぎて普通は警戒心を持つんだけど…。


どうしてか弥太郎は警戒心が薄れてしまって困る。本当はそんなに悪い奴じゃないんじゃないかと思ってしまう。


「……てか、次に会う時までこの鼓動の高鳴りは…治まっているかな…?」


次に会ってもドキドキしていたら完全にヤバいじゃん。俺…!


そんな事を思いながら俺もさっさと帰る事にした。


また緒方さんに見つからなかったら良いんだけどな。あいつ…。


-end-

あとがき→
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ