HQ(1)
□王様の厄日
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最近前髪が伸びすぎたせいで髪が目に入る事が増えた気がする。
まぁ、学校の授業はあまり真面目に聞いていないから、然程不便な思いはしていない。
だが部活中の時はハッキリ言って邪魔だ。肝心な時に限って前髪で視界を遮られ、とても不快な思いをしている。
だから床屋で軽く髪を切る為に商店街に出掛けたんだ。それなのに、どうして…。
「飛雄ちゃん。本当に前髪伸びたな〜」
「……」
「あ!俺が前髪切ってあげようか?格好良くしてあげるよ?」
「結構です…!!」
どうして運悪く及川に会ってしまったのだろうか。自分の不運さに頭を抱えたくなる。
しかも何故たった今、彼に髪を切られそうになっているんだ。好き勝手に前髪を触られて居心地が悪くなる。
影山は不快そうに前髪を弄って遊ぶ及川の手を払いのけ、バッサリと断った。
だが断った所で及川が簡単に引く筈もなく、公衆の面前なのも関わらず思いっきり抱き着かれた。
「な…!?及川さん!離して下さい…!!」
「え?嫌。ていうか相変わらずつれないなぁ。飛雄ちゃんは〜!ま、そういう所もクソ生意気で可愛いんだけどね」
「意味が分からないです!」
180cm以上もある男の何処に可愛さがあるというのか。相変わらず及川の言っている事は理解出来ない。理解したくもないが。
グシャグシャと髪を乱雑に掻き乱されるまま、影山は眉間に皺を寄せた。
「まぁ、良いから良いから。先輩に任せておきなさいって。髪を切り揃えるくらい楽勝だからさ」
「俺には不安要素しかないですが…!?」
素人が綺麗に切れる筈がない。鋏を持ちながら迫る及川の手を掴み、全力で抵抗する。
だが、その時及川が黒い笑みを浮かべてドスの効いた声でそっと囁かれる。
「いいから俺に任せとけよこのクソガキ。これ以上抵抗するなら、公衆の面前でキスするよ?」
「……!!」
その言葉を聞いた途端、影山の身体は石のようにビキッ、と固まった。
なんだその脅しは。男同士のキスなんて罰ゲーム以外何物でもないじゃないか。
影山はサァァっと青ざめて必死に首を左右に振った。その全力で拒否する姿を見て、及川は笑顔でキレマークを浮かべる。
「せめて顔を赤らめるとかしろよ。本当に可愛いげがないなぁ」
「何で俺が顔を赤くしなきゃならないんスか?」
「ああもう、本当に鈍感だな!てか、もう嫌だこの後輩!」
「??」
あからさまに落胆されても影山には訳が分からない。とりあえず切るならさっさとして欲しいと思いながら、公園のベンチに座る。
「じゃあ切るから目を瞑っててね」
「……はぁ。お願い…します…」
不安が拭えないまま、影山は言われた通りに瞼を閉じた。チョキチョキと音を立てて自分の前髪が切られていく。
「飛雄ちゃんの髪って、相変わらず癖っ毛が酷いよね〜!猫みたいで本当可愛い!」
「全く嬉しくないっス」
「そ?俺が可愛いって言ったら女の子達はみんな喜ぶけど?」
「俺は男です!!男!!」
女と同じ扱いするのは本気でやめて欲しい。そう思い、大きな声で吠えたその時だった…――。
「あ、やべ…!」
「……っ!」
ザクッと大きな音が聞こえた。そして自分の前髪であろう物がパサッと太腿に落ちてきた。
「……っ」
「あーらら…」
これはもしかして…。もしかしなくても嫌な予感しかしない。目を大きく見開かして及川の方へ視線を向けると。
「あっはは。ごっめーん飛雄ちゃん!切りすぎちゃった!」
てへぺろ!と可愛らしく舌を出して頭をコツンとされてもだ。影山には最早怒りしか湧いてこない。
「あ、でもでも!中1の時の飛雄ちゃんみたいで可愛いかも!これはこれでアリなんじゃない?」
「……ッ!!」
この発言に完全にキレた。無言のままに立ち上がり前髪を隠すようにフード深く被る。
そしてガンと飛ばすような勢いで及川を睨み付け、「俺…、もう帰ります」とだけ言って彼から背を向けた。
殴りたい衝動を必死に抑えながら――。
「あーあ、失敗失敗。やっぱ素人には厳しかったかぁ」
あははと苦笑しながら、帰っていく影山の背中を目で追った。
この後彼は、事情を知った岩泉からこってり絞られる羽目になる。
───
「クソッ…、マジかよ…!!」
家に帰った後、恐る恐る鏡で自分の前髪を確認した。そして不恰好な自分の姿を見て怒りは頂点に達し、机に拳を打ち付けた。
本当に前髪が短くバッサリと切られているのだ。中学時代と同じくらいに。
高校にもなってこの短い髪は恥ずかしすぎる。というか絶対に日向や月島辺りに大笑いしてからかわれるに決まっている。
「どうしたら良いんだよ…!この髪…!」
短くなった自分の髪を指先で弄り、重いため息を吐く。正直部活に行きたくない。だが、そんな下らない理由で休むのも絶対に嫌だ。
どうする、どうすると悩む内にも刻一刻と時間は進んでいく。
「……ッ」
どう考えても行くしかないだろう。今みたいな大事な時期に個人の下らない事情で休む訳にもいかないし、チームの皆に迷惑を掛ける訳にもいかない。
それにバレーに関してだけは絶対に手を抜きたくない。それは影山なりのプライドでもあった。
悩む必要すらない。影山が笑われる覚悟で部活に行くと決めた。
そして自室に置いてある時計に目線を向けた時には、もうすぐ午後練が始まる頃だった。
「チッ…、もうこんな時間か…!」
とにかく今から学校に向かわなければと思い、学校指定のジャージを羽織って自室から出た。