HQ(1)
□身長を越したら
1ページ/2ページ
君までの距離、およそ16p――。
今日、烏野高校バレー部一同は各々の練習メニューを一度見直す為に、保健室で身体測定をしていた。
縁下がそれぞれの身長を測り、それを清水が記録に書き込むという係りだ。
縁下に身長を計って貰っていた日向が、俯いたままふるふると体を震わせたかと思うと、自分の身長を見た瞬間勢いよく両腕を上げて叫んだ。
「……っやったぁああ!!」
「ぅわ!?」
突然の叫び声に間近にいた菅原と縁下はビクリと肩を震わせた。
「うるせーぞ日向ぁ!!」
影山は両耳を手のひらで押さえ付けて日向に怒鳴る。
「日向どうしたー?」
「お前ら保健室で騒ぐな!」
そして二年の田中は興味津々に日向に近付いて問い掛け、主将である澤村は騒がしくする部員を叱った。
勢いよく顔を上げ、勝利のガッツポーズで雄叫びを上げた日向は田中に嬉しそうに報告する。
「背が2p伸びてたんですよ!!」
自分の歓喜の叫びに納得した菅原は日向の頭をワシワシと撫でてニカッと微笑んだ。
「そっか。日向164pまで伸びたのか〜」
「ハイ!!」
東峰も、まるで子供のようにはしゃぐ日向に微笑ましく思い、優しく声を掛けた。
「良かったな日向。これからもっと伸びるかもな?」
「ハイ!!もっと伸ばしてみせます!!」
そう元気よく返事する自分に西谷はジリジリと近付いていき、勢いよく首を締め上げてきた。
「うわっ!?」
「このッ…!!翔陽の裏切り者ォォォオオ!!!」
「ぐぉっ…!!西谷さんっ…!!く、苦しっ…!!」
血涙を流す勢いで嘆きを叫び、締め上げてくる西谷にギブギブと訴えるがよほど悔しいのか全く離してくれない。
「ブッハハハハ!!ノヤっさん!俺も一緒に日向を締めてやるよ!!」
「えぇっ…!?た、田中さんまで…!!」
爆笑しながら楽しそうに便乗しようとする田中と本気で自分締める気満々の西谷の攻撃を必死にかわして、日向は慌てて保健室内で逃げ回る。
そして月島は呆れたようにため息をつき、日向の様子を眺めていた。
「てか、たった2pデショ?何がそんなに嬉しいのか…」
2cmくらいではそんなに普段と変わらないじゃないかと月島は素で思った。すると山口は口元をニヤニヤとさせてさらりと嫌味を言う。
「しょーがないよ!日向はツッキーと違って小さいから!」
本人に聞こえるように言ったのだが、そんな月島と山口の嫌味を全く聞こえてないのか、調度測り終わり機器から降りた影山に駆け寄り尋ねた。
「影山!!何cmだった!?」
「……180.7p」
数ヵ月前に測ってから0.1pしか伸びていないのが不服だったのだろう、不機嫌な表情で影山は答えた。
すると日向は、ぱぁぁっと明るくなり再びガッツポーズを取る。
「よし!おれのが伸びてる!」
「お前の方が背ぇ低いだろ!!」
なに自分の方が勝っているような言い方をしているのかと、負けず嫌いの影山はぐわっと食い付く。
「成長期だもん!お前の成長止まってるうちにぐんぐん伸びて追い越すんだからな!」
「……ッ、俺だってもっと伸びる!」
「いーや!おれの方が絶対お前より伸びる!!」
「んだと!?」
いつものようにぎゃいぎゃいと喧嘩し出すに日向と影山に苦笑しつつ菅原が二人の間に入り、喧嘩を仲裁に入る。
「まぁまぁ、二人とも落ち着けって。てかさ、日向もやっぱり背が高くなりたいんだ?」
「はい!そしたらもっと高く翔べるし!ブロックにも捕まんないし!」
それに!と日向はグッと拳を握りしめ思い切り叫ぶ。
「好きな子より背ぇ低いの嫌だし!」
…………え?
突然すぎるカミングアウトに全員がフリーズした。そして一瞬の沈黙の後…。
「ぇぇえええ!!?」
保健室からバレー部全員の大絶叫が響き渡った。
「日向お前好きな子いんの!?」
「誰だ!?何年何組の誰さんだ!?」
「164p以上って結構高いぞ!」
「好きな子より低いんだ〜、ダッサ!」
と…、それぞれから凄まじい反応が返ってきたので、日向は驚きながらビクリと体を震わせた。
そしてあまりの質問攻めにどう答えれば良いのか分からず、慌てて平静を保っていた澤村の後ろに逃げ込んだ。
「そっか〜、日向もやっぱり好きな子よりは高い方が良いよな?」
にこにこしながら頷いてくれる菅原に日向は澤村の後ろに隠れたまま、「はい!」と元気よく返事した。
そしてちらっと影山の様子を横目で伺うと、彼はふてくされた表情でそっぽ向く。
「……どーせ俺は少数派だよ!」
拗ねたようにそう言うと月島は嫌な笑顔を浮かべて、影山をからかうように口を開く。
「わ〜、流石王様はマニアックだね」
「うるせぇ!その呼び方止めろっつてんだろ!」
「あ〜、そういえば影山は自分より背が高い子がいいって前言ってたね〜」
「そういやアレは何でなんだ?」
菅原と大地が不思議そうに尋ねると、影山は少し俯き躊躇うように言った。
「………及川さんが」
「「及川が?」」
「……『飛雄ちゃんは無神経だから彼女の歩くペースに合わせるとか絶っ対無理だね!自分と同じかもう少し背の高い子と付き合いなよ?あんまりペース違わないから!あ、それとも俺と付き合っちゃう!?』って、言っていたので…」
「「最後の一言は記憶から抹消しておきなさい」」
「? はい」
澤村と菅原は"何ウチの影山を口説こうとしてんだコラ"と思いながら殺気に溢れた笑顔で声を揃えて言い切り、存外先輩に素直な影山は不思議そうにしながらもコクリと頷いた。
「まぁ確かに影山はそういうの無理そうだな!」
「王様だもんね〜」
「180以上の子が見つかるといいね〜」
「……ッ」
笑いながら次々に言われ、何だかすごく馬鹿にされているような気分になり、遂に我慢が限界にきてしまった。
「ッ…、先に体育館に戻ります!」
叫ぶようにそう言って影山は保健室を飛び出してしまった。
「影山!?」
「お前らあんまりからかうな!」
慌てる菅原とからかう月島と山口を叱る澤村を尻目に、日向も慌てて保健室を飛び出す。
前を走る影山は、明らかに自分より背が高くて、歩幅が大きいからあっという間に引き離されてしまう。
「……っ!」
今はまだ16p以上背が違って、大王様とは張り合うことすら出来ないけど…!
16pが15pになって、14pになって13pになって……いつか0pになって…!
お前との距離が0になったら!
お前の目を下からじゃない、まっすぐに同じ目線で見つめられるようになったら!
必ず同じ歩幅で遅れずに、お前と歩けるようになってみせるから!
その時になったら、おれは絶対お前に好きって言うんだ!!
「待ってろよ影山ぁぁああああ!!」
かなり前を走っていた影山は、いきなり叫んだ日向にびくりと肩を揺らした。そして、短い舌打ちを一つして照れくさそうに叫んだ。
「……待っててやるから早く追い付けボケ日向ぁ!!」
言葉通り、歩みを止めて待つ、その姿が嬉しくて…。
「おう!!」
高く飛び上がるように弾む足取りは、僅か3秒で彼に追い付き、ニカッと笑いながら影山の隣に並んで歩いた。
今はまだ明らかに日向の方が低い。
だが並べた肩の凸凹がなくなり、むしろ影山の方が低くなるのは…。
まだもう少し先のお話である。
-end-
あとがき→