HQ(1)

□恋人として一歩前に
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「なぁ、影山っ!」

「嫌だ!!」

まだ何も言っていないというのに影山の拒絶ぶりを見て日向は不満げに軽く唇を尖らせる。
日向と影山は恋人同士だ。付き合って三ヶ月くらい過ぎている。だけど二人は恋人として全く進展していない。キスは当然、手を繋ぐことも手で数えることが出来る程度。
原因は分かっている。影山のウブさが問題だ。まぁ、お互いバレー馬鹿だから色恋沙汰など未経験。日向だって当然恋愛初心者。初恋すら影山が相手なのだ。

だけど…――。

――これはちょっと異常じゃないかなぁ…。

影山の恥ずかしがりようは日向以上だ。耳まで顔を真っ赤にさせて肩をカタカタと震わせて。いつもの横暴で偉そうな影山飛雄と同一人物とは思えない。
そりゃ、照れてる影山は可愛いと思う。いつも表情を崩さない影山が自分のことで顔を赤く染め意識するということは、それほど日向のことが好きだという証拠だから。

だけど日向としてはいい加減前に進みたい。手も繋ぎたいし、キスもしたい。性に盛んのお年頃なのだからそれ以上のことだってしたいに決まってる。

だから今日こそはって思って声を掛けたのに…――。

「そんなに、おれとキス…するの嫌か?」

「……俺、そういう経験ねぇんだよボケ」

「おれだってねぇよ!」

「うわ、近寄んなよ!!」

「っ!」

ずいっと前乗りに迫ればぎょっとした顔で後退りされる。そこまで拒絶されると流石の日向もショックだ。むぅ、と頬を膨らませて、自分のカバンを持つ。

「もういいっ!おれは影山が好きだけど、影山はそれほどまでじゃないってことだな!」

「っ、」

「じゃあ、おれ先に帰るから部室の戸締まりは任せたからな」

「ひな、」

もういい。もういい。影山が嫌がるならもう自分からキスなんて仕掛けない。こっちは毎回勇気を出しているのに。普段恋人らしいことなんて全くしてないから、せめて二人きりの時はしようと思っていたのに。
もしかして影山が自分を好いているなんて、都合の良い自己解釈だったのだろうか?そういえば、いつも好きだって言うのは日向ばかりで、影山から言われたことは一度もない。手だって日向からで。影山はいつも受け身体勢で。だから、最初から全部全部日向の一人相撲だったのではないか?影山は別に自分のことを好きではないのに無理して付き合っていたのでは…――。

「待てよボケ日向ぁ!!」

「っ!」

不意に腕をガッと掴まれ、強く引き止められる。驚いて振り返れば影山は必死な表情で首を何度も左右に振っていた。目は少しだけ涙ぐんでいる。

「か、影山っ!?な、なんで泣いて!?」

「別に泣いてねぇよ!!つか、んだよそれっ…!俺が、好きでもない奴と付き合える程、器用だと思ってんのかよ…!!」

「影山……」

「器用なワケ、ねぇーだろ!俺だって、お前が、す、好きだから、付き合って…!心臓もハレツしそうなくらいバクバクして…!全部っ、全部っ…!お前が、相手だから…!」

「……うん」

「だ、からキスも…!こ、んなにっ…!」

「うん」

震える程強く握り締めている拳にそっと掴んで、手を繋ぐ。良かった…。全然勘違いじゃなかった。一人相撲でもなかった。やっぱり影山も日向が好きで、好きだからこそ心臓もバクバクして、キスも受け入れることが出来なくて…――。

そもそも影山は中学の時、仲間から拒絶を受けた経験がある。"コート上の王様"なんて呼ばれて、もうお前についていかないと、一線を引かれて。だから、日向が離れていくのが怖かったのかも知れない。まだトラウマは完全に失わず、こんな泣きそうな顔をして必死に想いを伝えて。

――ああ、おれ、影山の不安に全然気付けていなかったんだな。

大丈夫なのに。自分は絶対に拒絶しないし、離れようなんて思ってないのに。
いつもコートで支えてくれる影山を、今度は自分が支えなきゃって思ったのに、結局は不安を取り除くことが出来てなかった。

「影山」

「っ!」

俯く影山の頬に、精一杯背伸びしながらキスする。びくん、と肩は跳ね、目をぱちくりと開かせたが、でも顔をもう一度近付ければ、今度は慌てて瞼をキツく閉じて…――。

「ンッ……」

ちゅ、と触れ合うだけのキスを交わした。

初めて重なった唇は少しかさついてて、でも男にしては柔らかい弾力さがあって…――。
互いの心臓の音もドキドキと聞こえる。漸く、影山と何かを共有することが出来て、恋人としても一歩前進出来た。

「はっ…」

そっと唇を離せば、気まずげに目を反らされる。
そんな不器用で、恥ずかしがり屋で、案外さみしがり屋な影山が日向は大好きだ。一生側にいて、喧嘩をしながらも互いに支えあっていきたい。

「影山」

「…んだよっ…」

「大好きだからな!」

「……お、俺もだ…。ボケ日向っ…」

不器用で愛しい恋人はまた顔を真っ赤にしてそっぽ向いてしまったので、日向はそんな影山の姿に可愛いと思いつつ、小さく笑った。


-end-

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