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□にゃんこになった月島くん
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チチ…、と鳥の囀りに赤葦の意識は浮上する。
今日は烏野、音駒、梟谷の合同合宿 四日目の朝だ。朝から晩まで続く厳しい練習メニューとその後の自主練。いくら若いとはいえど痛みが全身に響き、多少腕を回しただけで骨が軋む。今日風呂に入る時、念入りにストレッチをしなければと思った時、ふと布団から柔らかな温もりを感じる。

「――?」

隣からは気持ちよさげに眠る小さな寝息が聞こえ、赤葦の背中にピタリとくっつく。恐る恐る振り返ると真っ先に見えたのは紅葉のような小さな手。手荒く掴んでしまったら折れるんじゃないかと思われる白く細い腕に、月のように綺麗な髪。幼子には明らかにサイズが合わない眼鏡に、そして頭の上には柔らかそうな黄色い猫耳に、ゆらゆらと動く尻尾。

「…………」

何故か自分の後ろでぷうぷうと眠る、見知らぬ猫耳少年を目に、赤葦の意識は一瞬フリーズしたが、考えても分からないことは早々に諦める癖があるのか、すぐ我に返りガーガーと盛大なイビキをかき眠る木兎の背中を揺さぶる。

「木兎さん、木兎さん」

「うぅぅーん」

「木兎さん。起きて下さい」

「ヘイヘーイ…赤葦ったら…朝からダイタン…」

「起きて下さいってば」

「ぐふぅッ!!」

何訳の分からない如何わしい夢を見ているのかと思った赤葦は真顔で木兎の腹にストレートパンチを決め、物理的に目覚めさす。
腹に鈍い痛みを感じた木兎は一気に飛び上がり『イッテェェェ!!』と両足をジタバタとさせ悶絶した。

「何すんだよ赤葦〜ッ!」

「木兎さんがなかなか起きないから悪いんですよ。あ、それより見て下さい。俺の後ろに何故か猫耳を付けた子供が寝ています」

「へ…?……!!?」

赤葦の指を差す方に木兎は半信半疑に覗き込む。そして彼の言う通り見知らぬ子供が眠っていると知って木兎は思わず悲鳴を上げようとしたが今はまだ早朝の5時だ。起床時間までまだ一時間もある。騒音で皆を起こさせる訳にはいかないと彼の口を片手で塞ぎ、悲鳴を遮る。

「ンン――ッ、ン、ン――ッ!!」

「静かにして下さい。皆が起きてしまいます。取り敢えずこの子供を別室に連れて起こしますので木兎さんも手伝って下さい」

「わ、分かった…!」

赤葦にぺったりとしがみついたまま離れない子供をゆっくり抱き起こし、そのまま持ち上げる。むずむず、とむずがるように眉をひそめてはまたすぅっと眠りに就く少年を見ては、赤葦はこの子供…何処かで見たことがあるような?と首を傾げる。

襖をそっと開けて、部屋から抜け出し、さて何処に移動して起こすべきかと赤葦が冷静に模索していたその時。

「お前ら朝から何やってんの?」

「!」

早朝からロードワークに行っていたらしい音駒高校の黒尾鉄朗が首にタオルをかけ、額から流れる汗を拭いながら赤葦と木兎に声を掛けた。

「黒尾さん」

「ヘイヘーイ黒尾!おはよう」

「おう、おはよう。つか赤葦、なんだその子供………、ッ!」

黒尾の目先がすぐに猫耳少年に向かったと思いきや、彼の動きがビシリと硬直した。この子供と知り合いなのかと思った赤葦は問い掛けようとしたが、フリーズがすぐに解けた黒尾は口をパクパクとさせては『え…?ちょ、なんで…?なんでそんな可愛い姿になってんの…?』と呟いていた。何だこの不気味すぎる彼は。

「あの、この子黒尾さんの知り合いですか?」

「なんだよ赤葦!お前、この愛らしい天使が誰か分からねぇの!?」

「は?」

そんな、信じられねぇ!!みたいな表情をされても赤葦は知らない。全く見当が付かない…という訳ではないのだがしかし頭が自然とその考えを拒んでいる。いや、あり得ない。これだけは絶対にあり得ないし、信じたくもない。

「なんだよ〜、やっぱ黒尾の知り合いなのか?」

一人会話にさっぱり着いていけてない木兎は唇を尖らせ、『俺にも教えろー!』と両手を上げる。

「ツッキーだよ…」

「………」

「…………え??」

「この顔をよく見ろ!どっからどう見ても俺の可愛い可愛いツッキーだろうが!何ですぐに分からねぇの!?」

「………」

「へ?ツッキー??この子供が?え!?マジでぇ!?」

出来ればそうでなかってほしいフラグが立ち、赤葦は無言を貫き通し、単純で馬鹿な木兎は暢気に『子供に変身出来るなんてツッキーすげぇぇ!ヘイヘーイ!!』とはしゃいでいた。
いや、待て。昨日まで高校生だった月島が急に子供(しかも猫耳と尻尾付き)になるなんて…、そんなコナン展開が現実にあって良いのか?いや良くない。確かに赤葦も、もしかしてこの子は月島か?と疑問には思った。しかし、普通に考えればそれはあり得ないと否定したくなるだろう。でも月島大好き黒尾がそう断言しているから、多分この子は月島で合っているのだと思う。いや、本人に確認してみないと分からないが。

「……第3体育館に行きますよ二人とも」

「「え??」」

「この子が本当に月島なら、まず本人に確認しなくてはいけないでしょう?だから誰かに見つかる前に早くいつもの体育館に移動しますよ」

「お、おう」

「そうだな!なんでツッキーが子供になっちまったのか、本人に聞かないと駄目だしな」

赤葦の冷静的な(しかし内心では相当混乱している)判断に意義を唱える者などこの場にはなく、黒尾と木兎は頷き彼の背中を追い、早々に体育館へと向かった。


◇◆◇◆


「月島。月島起きてくれ」

「ぅぅ…」

「ヘイヘイヘーイ!!ツッキー朝だぜー!!」

「ん、ぅ…?」

「ツッキー。さっさと起きねぇと、おはようのチュー攻撃しちまうぞ〜?」

「ぅぅ…、なんれすか…?うるさい………!?」

三人の声に、猫耳をぴくぴくと反応させながら渋々と目を覚ました月島(?)は、本当に唇にキスを仕掛けようとした黒尾との至近距離に驚愕し。

「くろおさんっ!!ちかい!ちかいですっ…!!」

と、小さな手で黒尾の顎を押して、にゃぁぁぁっと叫びながら彼の腕の中から必死に逃亡しようとじたばたと暴れる。

「黒尾さん、今すぐ月島から離れて下さい。警察呼びますよ?」

「分かってないなぁ赤葦〜。これはツッキーの照れ隠しだってばぁ」

「いや、尻尾が逆立っているので月島は全力で嫌がっていますよ」

ほら、月島を離して下さいと赤葦は黒尾から月島を奪い取り、耳と尻尾を共にぐったりとする彼の背中をひたすら擦ってやる。

「ありがとうございます…。あかあし…さんっ…」

「…どういたしまして。っていうか本当に月島なんだね。俺はてっきり他人の空似か夢だと思っていたのに」

「は…?たにんのそらに…?ゆめ…??一体なんのはなしですか…??」

今、自分の身に何が起こっているのか全く気付いていない月島は首をこてりと傾げる。ああ…、気付いていないのか。じゃあなんて説明すれば良いのかと悩んだ赤葦が困ったように眉を歪ませると、木兎が『ツッキーツッキー!これ見てみ?』と何処から見つけてきたのか手鏡を月島の前へと差し出した。

「………ッ!?」

漸く…、自分の身に何が起きたのか気付いた所だろう。鏡の中に映る己の姿を月島は呆然と眺め、ひとつひとつ触れて確認していく。小さくなった手に、細い腕。顔付きは非常に幼く、瞳も零れ落ちそうな程に大きい。背も現在の半分以上縮んでおり、推定5、6才くらいの体。そして一番不可解なのは頭に生えている生々しい猫耳と、ゆらゆらと揺れる尻尾。

「―――……」

「ツ、ツッキー…?」

「ヘイヘイ、ツッキー…!大丈夫か…?」

鏡を持ったまま何の反応示さない月島に、黒尾と木兎は気まずげに声を掛けるが、やはり返事は返ってこない。まぁ、言葉を失うのも無理はない。誰だって自分の体が縮み、その上猫耳と尻尾が生えたら現実逃避の一つもしたくなる。

「あー…、月島…。あのな…」

「……っ」

「!?」

どう慰めてやるべきかと、赤葦は月島の顔を覗き込んだ瞬間、大きな瞳がぐじゅりと涙をいっぱい溜め込み、今にも泣きそうな顔をしていた。やはり中身は15才のままだとしても所詮は子供。様々な感情が敏感になってしまい涙腺も年相応に脆くなったんだろう。

「ふ…ぇっ…、ふ、ぅ…!」

「ツツツ、ツッキー!!泣くな!男だろ!?」

「そうだぜツッキー!その猫耳、全然可愛くて似合うって!!」

「あっ、木兎さんの馬鹿!」

「え!?」

一番気にしている所を可愛いと褒められた月島の涙腺は一気に崩壊し、大粒の涙をぼろぼろと溢れさせ。

「こ、んなの…!ぜんぜん…かわいくない…、かわいくない…もん…!うわぁぁぁぁぁぁ!!」

とうとう大声で泣き叫んでしまった。

「うわぁぁぁぁん!!ふっ、うっ、ふぇぇぇぇっ!!」

「あーあ、木兎さんが月島を泣かせた」

「オイ木兎!俺の可愛いツッキーを泣かせんじゃねぇよ!!」

「えぇぇっ!?今のは俺のせいなの!?」

指を差して、いーややこーやや、と唱える二人に木兎が涙目になり、泣きじゃくる月島に『ごめん!ツッキーごめん!!』と謝るけど泣き止む気配は全くなし。

「うぅっ、ふ、くっ…!う゛…!ふぁっ…!」

「ツッキー」

「…っ!」

小さな手で精一杯涙を拭う月島の両脇に手を差し込み、黒尾がひょいっと抱き上げた。急に体が浮上したせいか、涙で濡れる綺麗な瞳がきょとんと自分を見つめている。やはり子供の姿になっても月島は月島だから、胸がきゅんと疼く。ああ…、可愛い、可愛い。このままお持ち帰りしたい。っていうかツッキー今仔猫ちゃんなんだから音駒にお持ち帰りしても全然問題なくね?とトチ狂った考えをしつつも、それを全て隠した綺麗な笑顔でぎゅうっと抱き締めた。

「は、はなして…くらはいっ…」

「だーめ。ツッキーが泣いてる間は離してやんない」

「やだ…!はなせよッ…!」

ぱたぱたと足をぱたつかせても、尻尾で器用に黒尾の腕をぱしぱしと叩いても、全く痛くないし、むしろ愛らしさが増すだけだ。

「もうー、ツッキー可愛いなぁ!」

「だから、かわいくないですって…!てか、はなしてっ…!」

「じゃあもう泣かない?」

「……っ」

「ツッキー?泣かない?」

短い前髪から覗く可愛いおでこを自分の額にこつんと重ねて再度問い掛けると、月島はむすぅと頬を小さく膨らませ、ぷいっと顔を背けた。

「さいしょから…、な、ないてませんっ…!」

「嘘つけ。びーびー泣いてたくせに」

「うるさいっ!あかあしさんたすけてくださいっ!」

「うぉ!?」

急に手足を必死にばたつかせ、暴れる仔猫を驚いて落としそうになる寸前、赤葦が月島をキャッチして膝の上に乗せる。

「月島、大丈夫か?」

「はい…。ありがとうございます」

「ん、無事なら良かった」

いつも無表情の赤葦が安心したように口元を緩ませ、月島の猫耳や髪や顎を優しく撫でる。彼の手の気持ちよさについ本物の猫と同じく喉を鳴らすと、クスクスと笑われた。

「あ――!!ツッキーずるい!!赤葦の笑顔なんて俺も滅多に見ないのに!!」

「つかツッキー!赤葦と俺の態度に差がありすぎ!!俺にももっと懐いて!!」

二人の仲の良さに嫉妬した大人げない主将ズはぎゃいぎゃいと騒ぎ、ずるいずるいとブーイングする。

「………」

喧しい黒尾と木兎に、頭痛が響いた赤葦は、ほぼ虫けら同然に二人を見下し。

「二人とも、煩いです」

と、容赦なく言い放ったのだった。
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