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□影山さんの初めての友達
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清水潔子はある一人のマネージャーを無言で観察していた。

日向や山口達と話している一年の影山。彼女は何故か自分と谷地に対してあまり喋ってくれない。男子とは普通に喋る。特に仲が良い日向とはちょっとした小突きあいをしつつ楽しげに笑う。勿論、よく影山を可愛がる三年の菅原や二年の西谷のことも懐いている。

けど、女子が近付いた時だけは表情を硬くして、怯えるように瞼を伏せ、目線さえも合わさない。会話も必要最低限のことだけ。それが終われば、すぐに去って武田の側でマネージャー業を懸命にこなす。

そんな彼女のことが清水はずっと気になっていたのだ。どうして自分達のことをこんなにも怖がるのかと。特に何かをした覚えはない。むしろ数少ないマネージャー同士仲良くしたいと思い、嫌がられると分かりつつも歩み寄っているつもりだ。でも、それが彼女にとって苦になっているのかも知れない。下手したら嫌われている可能性だってある。

だから清水は影山本人に直接聞く為に。

「影山」

「…っ!……なん、すか?」

「今日、練習が終わったらウチに来てほしいんだけど無理かな?ちょっと聞きたいことがあって…」

「えっ…」

自分の家に誘ってみることにした。

唐突の誘いに影山の表情はサッと青ざめる。肩も震えていて、それを見た清水はああ、彼女に困惑させてしまった。やはり家はいきなりすぎたかも知れないと悲しげに眉を下げた。

「あ…、ゴメン…。無理だったらその全然」

「あの…清水先輩…」

「え…?」

「それはここじゃ出来ない話…っすか…?だったらその…行き…ますっ…」

「………」

清水のジャージの裾を幼子のようにきゅっと掴み、上目で見上げた瞳が不安で揺れている。それを拭い取る為に清水はこくりと頷き、艶のある長い黒髪を優しく撫でた。

「大丈夫。別に怒る訳じゃないから」

「へ…?」

「じゃあ、また後でね」

口を開けてポカンとする影山の表情に少しだけ笑って清水も仕事に戻る。そして足腰をヨロヨロとさせながら大量の練習着をカゴに入れている谷地に、影山が来ることを告げれば、彼女は『ほ、ほほ、本当ですか!?良かったぁ!』と嬉しげに笑った。


◇◆◇◆


「はい、影山と仁花ちゃん。オレンジジュースだけどどうぞ」

「あ、ああ、ありがとうゴザイマス!!清水先輩!!」

「………アザっす」

練習が終わった後、先に制服に着替えていた影山は更衣室の前で大人しく清水と谷地のことを待っていてくれていた。そして清水の家に着くまでの間、少しでも彼女の警戒心を取る為に、清水と谷地は影山を挟むように並んで歩き、色んな話を振った。趣味のことや、最近聴いている音楽のこと。ファッションの話や漫画の話も聞いてみたが、どれも影山は興味がなかったらしく目を丸くさせてから小さく首を横に振っていた。

結局大した話を出来ぬまま家に着き、今は清水の部屋で丸いテーブルの前に座り三人で向かい合っている状態だ。

三人ともコミュニケーション力が高いという訳ではない。どう話を切り出せば良いのか分からず、谷地はひたすらオロオロし、影山は強張った表情で少しずつジュースを飲み、そして清水は戸惑う二人を静観していた。

「………」

「………」

「………」

非常に気まずい…。自分から呼び出したのだから早く聞かなければと清水が口を開いた時、影山の震えた声が静寂に響いた。

「……………わないでっ…」

「え…?」

「影山さん…?」

「――…きらわないで…ください…!ごめん…なさい…!きらいに…ならないでっ…」

「――…っ」

「かか、影山さん!?きゅ、急にど、どどど、どうしたの!?」

いつも表情を滅多に崩さない影山の顔がぐしゃりと歪み、大きな瞳から涙がぽろぽろと溢れていた。どうしてこの子は涙混じりに、必死に謝っているのだろうか?清水も谷地も彼女のことが嫌いじゃない。むしろ、むしろ嫌いなのは…――。

「…影山が私達のことを…嫌っているんじゃないの…?」

「え……?」

「違うならごめん…。でも影山…、私と仁花ちゃんが話しかけたら…、いつも怯えた顔して避けている気がしたから」

「……っ」

今までずっと問い掛けたくて堪らなかったことを漸く聞き出せた。影山の目は一瞬見開いてから気まずげに逸らしたので、自分達を避けていた自覚はあるのかと思うと胸が鈍く痛む。
でも、泣いて"嫌わないで"と懇願する彼女の姿を見た清水と谷地は何か訳があってそういう態度を取っていたのではないかと思った。

だから、焦らずに影山の返事を辛抱強く待つ。谷地は止まることを知らない彼女の涙を花柄のハンカチでぎこちなく拭い、清水はひたすら頭をいい子いい子と撫でて。

「……ひっく…、ぅっ…」

少しずつ落ち着きを取り戻してきたのか、ず、ず、と鼻をすすり、乱れていた息を深呼吸で正常に取り戻す。

そして今まで俯いていた顔をノロノロと上げる。

「ち、がう……っす…」

「え…?」

「おれ…、二人を…嫌ってなんかいない…っす…!ち、がうっ…、絶対に…ちがう…!」

「……」

何度も首を左右に振り、信じてと潤んだ瞳で訴える影山の姿が、何だか頼りのない小さな妹みたいに見え、自然と庇護欲を刺激される。

良かった。嫌われている訳ではなかったのか。その事実に安堵すると同時にじゃあ、どうして避けたり、怖がられたりしていたのだろうか?清水と谷地は疑問に思った。影山は嘘を吐ける程器用ではないし、むしろ裏表のない性格だ。清水達を嫌いではないのなら確実に何か原因がある筈だ。それを聞きたい二人は微かに震える背中を撫でながら問い掛ける。

「…じゃあ、どうしてあんな態度を取ってたの…?」

「……っ」

「か、影山さんあのね…!別に疑っている訳じゃないんだよ…!何か事情があってそういう態度を取っちゃっただけなんだよね!…でも、あのね…!やっぱり私も清水先輩も気になるから……その…、迷惑じゃなかったら教えて欲しい………です…」

清水の問いに言葉を詰まらせる影山に必死に弁解をする谷地の言葉は、最後の部分が聞き取りにくかったが、自分を気遣ってくれていることは影山にも伝わった。伝わったから、中学の時に味わった辛い過去を二人に打ち明けても良いかも知れないと思った。

「――……嫌われるのが…怖かったから…」

「……どういうこと…?」

「…中学の時、学校中の女子にたくさん嫌われた…。一年のくせに及川さんに色目を使ってんじゃねーよ…とか、男子バレー部に気に入られているからって…調子乗ってんじゃねーよとか…言われた…。そ、んなつもりは…なかった…。おれは…ただ、サーブを教えて貰いたかっただけだった…。少しでも強くなって皆に仲間だって認めて貰いたかっただけだった…のに」

――中学時代、影山はマネージャーではなく女子バレー部に所属していた。生まれながら授かった天性の才能。誰もが羨ましがる恵まれた素質を持っていてた為、一年ですぐレギュラー入りを果たしセッターとして活躍していた。しかし影山はコミュニケーション力が非常に乏しい。それ故に言いたいことが上手く伝えられず、その上独善的なプレーと横暴さが原因でチームメイトからには常に忌み嫌われ怖がれてしまった。だから、誰もサーブを教えてくれなかったのだ。向上心が強い彼女にとってそれは酷く辛く耐えられない現状でもあった。

だから男子バレー部に歩み寄った。男子バレー部には秀才と噂される及川徹がいる。彼は影山と同じくポジションがセッターだ。だから彼から己に足りない技術を教わろうと思った。少しでも技術を磨き、試合に勝つ為に、女子バレー部の皆に仲間だって認めて貰おうと彼女なりに努力した。

でもその考えがいけなかった。

女子から人気がある及川に近付いた結果、影山は女子バレー部だけではなく学校中の女子の反感を買ってしまい更に嫌われてしまった。酷い時はリンチを受け、バレーに必要不可欠な腕を潰されそうになったこともあるのだ。

すごく怖かった。命よりも大切な腕を潰されるかと思ったら、怖くてバレーさえも出来なくなった。

自分が今までやってきたことは全部無意味だったのだ。むしろ余計に事態を悪化させただけ。

そう思い知らされた影山はその日以来、女子バレー部に近付かなった。勿論男子バレー部にも顔を出さなかった。IH前に姿を完全に消したのだ。もう同じ過ちを繰り返さない為に…――。

でも…。

「バレーだけは捨てられなかった…。選手じゃなくても良いから、せめてボールを触る機会が欲しかったんす…!だから烏野ではマネージャーとしてバレー部に入った」

マネージャーなら選手以上に目立つ行動は出来ない。試合に出られないのは死にたくなる程辛くて、苦しいけどボールに触れないよりは遥かにマシだと思った。

「…先輩達は皆、親切な人ばっかだし、日向や月島は…嫌な奴だけど嫌いじゃない。清水先輩も谷地さんも俺に分け隔てなく優しく接してくれるし、良い人だってきちんと分かってる…。でも…、怖かった…。また自分の行動が原因で中学の時みたいに嫌われたらって思ったら足がすくんで、近付けなかった…」

今まで誰にも打ち明けることが出来ず、胸の奥底で溜め込んでいた辛い過去を、苦しげに吐き出した影山の瞳からはまた一筋の涙が頬を伝い零れた。

「ご、めんなさいっ…、勘違い…させてごめんなさい…!嫌いじゃない…から…、きらわないで…!きらわないでくださ…!」

「「嫌わないよ!!」」

これ以上泣きじゃくる影山の姿を黙って見ることが出来ず、感極まった清水と谷地は、彼女を挟むように力強く抱き締めて首をぶんぶんと振る。

ああ、今罪悪感と後悔で苛めている。知らなかったとは言え、影山の辛い過去を、トラウマを掘り起こしてしまったのだ。その要因である清水は唇を強く噛み何度も謝罪をする。

「ごめんね…!ごめん…!もう分かったから…、これ以上辛い過去を思い出さないで…!」

「清水…、せんぱい…?」

「…ご、めんね…!か、かげ、やま…さんっ…!無神経なことを聞いてごめん…!――きらい、じゃないよ!わたしも、せんぱいも、かげやまさんのこと、だいすきだよ…!」

「……谷地…さんっ…」

苦しいくらいに痛い抱擁。でも自分を案じてくれている二人の優しさが嬉しくて温かくて…。今まで孤独と恐怖心で冷えきっていた心が溶けていく。どうしてこんな優しい人達と一度も向き合わず、嫌われるとばかり思い込んで避けてきたのかと影山は己の落ち度に恥じた。

「……おれも…、すき…。二人が…、すき…です」

「うん…」

「だから…、うれしい…です…、あり、がと…、ございます…」

「うんっ…!うんっ…!」

暫くの間、三人はぎゅうぎゅうに抱き合って互いの溢れる涙を拭いあった。一番泣き止むのが遅かったのは谷地だったが、でも影山がぎこちなく谷地の柔らかい髪を撫でると彼女は嬉しそうに笑って『ありがとうっ…』と告げてくれた。

初めて誤解が解けた気がして、すごく、すごく嬉しかった…――。
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