弱虫ペダル(1)
□純粋無垢な白ウサギの落とし方 *
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「ん、ぅ…!あ、ぁぁっ…」
「今泉クン…、力、抜いて…?」
「あっ…!?や、ぁ…!い、やですっ…!ぁ、ぁん…」
静寂な部屋にくちゅくちゅと響く厭らしい水音に、唇に掛かる熱い吐息。喋るのも困難で、途切れ途切れに紡ぐ己の声…。
今泉は恥ずかしくて、聞きたくもない自分の舌っ足らずで幼い声音が嫌で、耳を塞ぎながら逃げたくなった。だけど今泉に覆い被さり、長くねっちこい愛撫ですっかり蕩けた蕾に自身を埋める新開隼人は逃がしてはくれないのだろう。
「嫌?なんで?今泉クンの此処は、気持ち良さそうにオレのことを締め付けているのに…!」
「ひ、ぁぁ…!しん、か、いさっ…、お、く…!や、ですっ…!く、るしッ…」
「大丈夫…。おめさん、感度良いし…、すぐに気持ち良くなるよ…」
「っや!?あ、ぁぁっ…、ん、んぁぁ…!」
くわえるだけでも精一杯の性器は、更に奥深く今泉の中へと侵入し、過ぎた快楽で痙攣する身体に容赦なく快感を与えつける。
「し、んかい、さんっ…!あ、ぁぁっ、ふ、ぅ…!」
「ナカ、熱いね…、気持ち良いか?今泉クンっ…」
「き、もち、い…!あ、ぁぁ…!しんかい、さんっ…、し、んかい、さんっ…!」
もう抵抗する力も残っていない今泉は、好きなように喰われろと言わんばかりに新開の激しい行為に享受し、彼の言葉を、意味も知らない幼子のようにただ拙く繰り返すしかなく、どうしてこんなことになってしまったんだろうかと、虚ろになる思考の中、ぼんやりと考えていた。
――今泉と新開は恋人同士ではない。
だからと言ってセックスフレンドという訳でもないし、少なくとも今泉にとって彼は尊敬すべき先輩であり、初めて出来た他校の"友達"であった。
きっかけは今から丁度三ヶ月程前、三年生は引退し、大学受験真っ盛り中、息抜きという瞑目で東堂が新開と荒北を巻き込み、巻島に会う為だけにわざわざ千葉までやって来たのだ。
「巻ちゃん会いたかったぞー!!」
「何でここにいるっショ東堂!?」
いきなりの抱擁に避けることが出来なかった巻島は、東堂に抱き着かれるまま派手に地面に倒れ、余程淋しかったのか巻ちゃん!巻ちゃぁん!と泣きつく彼にため息をついて頭に手を乗せた。
すると箱学のオカンポジションである荒北が早々にやらかした迷惑行為に舌打ちをし、東堂の耳を強く引っ張り怒鳴った。
「オイ東堂ォ!いきなり他校に迷惑掛けてんじゃねェヨォ!」
「むっ!な、何をする荒北!オレと巻ちゃんの邪魔をするのではない!」
「ナァニがオレと巻チャンの邪魔だよ、ッたく!オレと新開まで巻き込みやがってヨォ!」
「まぁまぁ靖友。良いじゃないか、尽八は裕介くんに会いたかったみたいだし。なぁ?今泉クン」
「!」
荒北の怒りをやんわりと宥めていた新開が何故か急に今泉に話を振ってきた。ロード以外ではコミュニケーション力が乏しく、どう答えたら良いのか分からない今泉は目を逸らし、『はぁ…、そうですね』と曖昧に返事をし、あわあわと巻島の心配する小野田の後ろに下がった。
「あれ?」
「!?」
でも新開はそこで引かず、更に今泉に近づいてきて、顔を覗き込んできた。互いの距離が近い。息をするのも忘れるくらい見とれてしまう美形が、形の良い眉を少し下げて、苦笑する。
「もしかしてオレ、今泉クンに嫌われちゃってる?」
「ち、違います…!別に嫌ってなんかは…」
即座に否定をするが、新開は疑り深い眼差しを向け、え〜?と更に距離を詰めてくる。
「ホントかぁ?でも今、露骨にオレから逃げたよね?」
「す、すみません…。急に声を掛けられたら、どう対応すれば良いのか、分からなくて…」
「あー、それはごめん。驚かせてしまったんだな。んじゃ、詫びにコレ、あげるよ」
「え…?」
ぽすん、手のひらに落とされたのは小さなウサギのマスコット人形だった。首には青いリボンが結ばれており、赤いつぶらな瞳がなんとも可愛らしい。密かにウサギが大好きな今泉の胸はきゅんと高鳴り、でもどうして?と新開に疑問の眼差しを向ける。
「おめさん、ウサギが好きなんだろ?」
「え…」
「前、コンビニで会った時可愛いウサギのTシャツを着ていたじゃないか」
「あ…」
そういえば、インターハイの最中の時、買い出しの為コンビニに来ていた今泉は偶然にも新開と出会した。あの時は特に会話を交わした訳でもない。ただ目が合った瞬間、何かに目を奪われていた新開が不敵に笑いバキュンポーズを今泉に向かって放ったのだ。いや、あれは本当に驚いた。何を仕留めるつもりなのかと内心ヒヤヒヤしていたから。
「まぁ、ハイ。…ウサギ…、可愛いから嫌いじゃないですけど…」
素直に好きとは言わず、ひねくれた言葉で肯定すれば新開はクスクスと笑い、スマホを取り出す。
「ハハッ、実はオレもウサギが大好きなんだ。学校でも飼ってるし」
「え!?」
「良かったら見るかい?ウサ吉って名前の可愛いウサギなんだ」
「あっ…、見たいです…!」
本物のウサギが滅多に見られない今泉の表情はぱっと明るくなり、夢中でスマホを見つめ、ウサ吉の甘えた仕草や、怒った仕草、散歩にはしゃぐ仕草など、可愛らしい写真にほっこりと癒されていた。
「――…っ」
そんな今泉の滅多に見られない柔らかい表情に、新開が釘付けになっていることなど、当然気付く筈もなく、次の写真をスライドさせていた時。
「なぁ、良かったらLINEのID交換しないか?」
「……え?」
「ウサ吉の写真、欲しいなら送ってあげるよ?それにオレ、ウサギ好きな友達ってずっと欲しかったんだよな。おめさんとは仲良くなれそうだし」
「…」
な?どうだ?と爽やかな笑顔でウィンクをする新開に、今泉は一瞬どうするべきか悩んだ。確かに今泉もウサギについて語れる知人が欲しかった。中学まではウサギが好きなんだ?似合わねー!とクラスの連中に馬鹿にされていたから、ずっと自分の趣味を隠し続けてきたのだ。でもそれを馬鹿にせず、むしろ自分も好きだと言ってくれる人は、いつも一緒にある小野田と鳴子以外では新開が初めてだった。
「はい…。良いですよ」
「あ、本当か?」
「その、LINEとかメールとか苦手だから、あんま送らないかもですが」
「そんなこと気にする必要ねぇって。オレから送るし」
「じゃあ…お願いします」
――最初はそんな軽い気持ちで新開と連絡先を交換した。
その日から少しずつウサ吉の写真を送って貰ったり、互いの趣味の話をしたりした。時々は電話で今日起きた学校の出来事や、チームメイトの話を聞かせて貰ったり、今泉の大して面白くのない趣味の話を聞いては楽しそうに笑ってくれたり…、とにかく他愛のない話ばかりだったけど友人の少ない今泉にとっては新開との連絡のやり取りがすごく楽しかった。
そしてそれが続いた一月後には…――。
「…え、動物園にですか…?」
『そう。ちょっと受験勉強に行き詰まっちまってよー…、息抜きで今泉クンと遊びたいなぁって思って…。あ、やっぱ駄目か?部活で忙しい?』
「あ、いえ…。その日は部活はない…ですけど」
電話で遊びに行かないかと誘われた。
休みの日は大抵トレーニングに励み、丸一日潰れるパターンなのだが、まぁ、この間小野田の誘いで夏コミ?というイベントに遊びに行ったし、たまには息抜きして遊ぶのも良いのかも知れない。しかし…――。
「まさか千葉まで来る気ですか?」
『そうだけど?』
「遠いですよ?」
『平気平気』
「オレがそっちに行った方が良いんじゃ…」
仮にも受験生に遠出させて良いのかと思った今泉はおずおずと提案すれば。
『今泉クンは優しいなぁ。オレの気を遣ってくれているんだ?』
「な!?ち、ちがっ…!!」
ニヤついた声でからかわれた。それが無性に照れくさくなり、違いますからね!?と強く否定しても、『はいはい、そうだな』と軽く流され一気に不機嫌になる。むぅ、とぶすくれて意地悪な人だと思えば、新開は『じゃあ…』と言って。
『日曜日、駅前で待ってて。10時には着くと思うから』
「は、はい…」
『じゃあ、そろそろ切るな?明日も朝練だろ?』
「はい」
『じゃ、おやすみ』
「おやすみなさい」
プツン、通話は切れ、電話終了を告げる無機質な音が聞こえてくる。今泉もホーム画面に戻し、ベッドに横たわり息をつく。
まさか遊びに誘われるなんて思ってなかったから正直びっくりした。小野田と鳴子とは頻繁に帰りにお好み焼きを食べたり、ゲーセンに寄ったりするけど、先輩とはそういうのが全くなかったのだ。ましてや他校の先輩と遊びに行くなんて緊張するし、新開は優しいから、きちんと相手の気遣いなど出来るのだろうが今泉には無理だ。緊張してヘマをやらかさないかと不安になり、一気に目が冴えて、布団を被り無理矢理瞼を閉じた。