おそ松さん
□わんにゃんうさ騒動記!
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今日は橋本にゃーの地下ライブがある素晴らしい日。1か月前からチケットと握手券を購入し、手の凝った応援グッズを作り、ペンライトやハチマキなども買って、準備はバッチリしてきたのだ。だから後は当日に備えて早く就寝し、早朝に起きて出発する。それだけだった筈なのに…――。
「なに……これ……?」
鏡を手にして己の姿を眺めるチョロ松の肩はわなわなと震えていた。鏡に映る幼い表情に、いつもより小さい手。背も普段より圧倒的に低くて、もふもふと柔らかそうな長いうさ耳が自分の頭の上からだらんと生えていた。
――え…?待って…。俺これ身体縮んでない?というか子供になってない?そしてついでとばかりに長いうさ耳と丸い尻尾が生えてない?
………。
…………………。
頭の中が真っ白になったチョロ松はくらくらと目眩が起き、倒れそうになった。そしてまだ早朝の6時であるに関わらず…――。
「うわぁぁぁぁぁぁ!!!!なにこれぇぇぇぇぇ!!?」
と、寝ている兄弟に遠慮もなく大きな声で叫んだ。
【わんにゃんうさ騒動記!】
「うわっ!?なんだなんだ!?」
「ちょろまつどうした!?」
「………?」
「ふぁぁ〜。なあに〜?」
「もうチョロ松兄さん煩い!静かにしてよ〜!」
チョロ松の絶叫に当然全員が目を覚まし、おそ松とカラ松は慌てて飛び起き、他の弟達は目を擦りながらのそのそと起き上がる。
「み、みんな大変だ…!おれの体が…!おれの体が……、ってあれ…?」
混乱したまま兄弟に助けを請おうとした時、もう二人にも違和感を感じ、パチパチと瞬きをする。
誰かが不法侵入したのかと慌てて辺りを見渡すカラ松とくぁぁぁ〜と呑気に欠伸をする十四松も、背は自分同様低くなっており、カラ松には猫耳と長い尻尾、十四松には犬の垂れ耳とふりふりと揺れ動く尻尾が生えていた。
「からまつとじゅーしまつ!!お、お前たちもか…!!」
「えっ、なに言ってんだちょろまつ?お前たちもか…って!?ちょろまつお前どーしたそのからだぁ!?」
「ちょろまつにーさん子供になっちゃった!?ねぇなっちゃったの!?」
ようやくチョロ松が子供の姿になっていることに気付いたカラ松はあわあわと慌てて、十四松もぱたぱたと腕を振ったが、チョロ松は必死に指を指して『お前らもだよ!!』と伝え、二人に手鏡を見せた。
「!?」
「あれぇ?あれぇー??」
カラ松は自分の猫耳姿を見るなりビシリと硬直し、十四松は首を何度も傾げて頭の上にはてなマークがたくさん浮かんだ。
そして三人の異変に気付いたおそ松と一松は目を大きく見開かせ、トド松は可愛らしい三人の姿に目をキラキラさせ。
「わぁぁぁ!?どうした三人ともその姿ぁぁぁ!!」
「ひゃぁぁっ!カラ松兄さんとチョロ松兄さんと十四松兄さん可愛い〜っっ!!」
「………」
と、騒ぎ立てた。ちなみに一松だけはエスパーニャンコを腕に抱えながら猫耳が生え、涙目になって震えていたカラ松をじとーっとガン見していたが。
◆◇◆◇
「それで、どうしてそんな姿になったんだ?お前達…」
何とか落ち着きを取り戻すことが出来た六子は取り敢えず居間に集まり、長男であるおそ松が代表し、精神的にげっそりとしているチョロ松に事情を聞き出す。
「そんなのおれたちが知りたいよ。ううっ、何でこんなすがたに…!今日はにゃーちゃんのライブがあるのにぃ」
当たり前だが、こんな推定5、6歳児の姿ではライブは行けない。入る前に門前払いされてしまう。せっかくにゃーちゃんのライブ楽しみにしていたのにとちゃぶ台に突っ伏してめそめそと泣くチョロ松を気の毒に思ったカラ松がぽんぽんと頭を撫でてやった。
「だよなぁ〜」
参ったなぁと困惑顔で頭を掻くと、最初からあまり動揺しなかったトド松が小さくなった十四松を膝の上に乗せながら呑気に笑い始めた。
「でもさぁ、これ二次元にはよくある展開だしそんなに気にしなくて良いんじゃない?どうせ明日になったら自動的に戻るでしょ」
「何いってんのとどまつ!もどらないかも知れないでしょ!?」
「大丈夫ここ赤塚ワールドだから。面白ければ『これでいいのだ』って赤塚先生も言ってくれるよチョロ松兄さん」
「ここでメタはつげんやめて!?てかあかつか先生の名前をけいそつに出すなこらぁ!!」
しかもこちらはちっとも面白くない。楽しそうなのはトド松と、遊んで貰っている十四松だけではないか。カラ松なんてこんなに顔を青くして震えているというのに。
「おいからまつ。おまえ大丈夫か?さっきからそんなにふるえて…」
「――…てくる」
「え?」
「いちまつが…!さっきからおれのことじっと見てくるんだ…!すげぇこわい顔してっ」
「ん…?」
部屋の隅っこにいる一松に振り返ると確かに彼はものすごい形相でカラ松のことを睨んでいた。何だ?どうして一松の機嫌が悪いのだ?またカラ松が余計なことをしたのか?
「いちまつ、どうした?」
「…何が?チョロ松兄さん」
「いや何でそんなこわい顔してからまつをにらんでいるんだ?」
「…………別に」
『カラ松に触ってみたいから!』
「!?」
一松がふいっと顔を逸らし窓を眺めた途端、膝にいたエスパーニャンコが彼の本音を喋り出した。
『別に睨んでいた訳じゃないよ!猫姿のカラ松が可愛くてただ見ていただk…』
「お前はっ…!また余計なことを…!!」
『むがっ!』
「あー、なるほどねー」
ぼふんと顔を真っ赤にさせて猫の口を必死に手で押さえる一松を見る限りそれが"本音"だということがよく分かる。全く相変わらず素直じゃない弟だと苦笑したチョロ松は、先程の会話が聞こえてなかったのかおそ松の後ろに隠れて一松の様子を伺うカラ松を彼の元に連れ出した。
「ほらこいよカラ松!一松、カラ松に触ってみたいってさ」
「へ…?」
「ちょっ…!チョロ松兄さん何変な勘違いして…!」
「え?だってあの猫がそう言ってるってことはそれが一松の本音なんでしょ?」
「〜〜っっ」
『うん!カラ松を抱っこしたい!』
「だからお前は黙ってろって!!」
『むぐむぐっ!』
「………」
二人の会話をポカンと聞いていたカラ松はぽてぽてと一松の側まで行き、小さくなった手できゅっと彼の服を掴み、上目遣いで聞いた。
「そ、そーなのか…?いちまつ」
「だから…違うって…!」
「そっか…、やっぱちがうか…。ならいいおそまつにーさんのとこに行くから」
一松の照れ隠しから出た言葉に真に受けたカラ松は『へんなかんちがいしてごめんな』と苦笑して謝り、猫耳をしょぼんと垂れさせ、あからさまに落ち込んだ顔してとぼとぼと長男の元へ戻ろうとする。その姿にハッとした一松は一瞬戸惑った表情を浮かべ、その後チッと舌打ちをし、カラ松の首根っこを引っ掴んだ。
「ちょっと待てっ」
「い、いちまつ…?」
びくっと肩を震わせ、ちらっと涙目でこちらに振り返るカラ松の姿に、あーっと言葉を詰まらせ。
「べ…つに…、触りたいとか思ってないし…、カラ松なんかどうでも良いけど……」
「…?」
「………その…、ここに居たいなら居れば……?」
「……!」
いつも自分に冷たい一松の思いがけない言葉に、カラ松はおろおろと戸惑う。でもぷいっと顔を逸らす一松の耳がうっすらと赤く染まっている。それに気付いたカラ松はこれは一松なりの優しさであり照れ隠しなんだなと判断し、ちょこんと膝の上に座らせて貰った。
「ありがとな、いちまつ」
「………フン」
『こちらこそありがとう。カラ松兄s…むがむがっ!』
一松の本音を喋ろうとする度に口を無理矢理塞がれるエスパーニャンコの姿に多少不憫に思いながら、さてこれからどうするべきかと頭を悩ませるチョロ松は気付かなかった。背後から長男が近付いていたことに。