おそ松さん

□とある冬の話。
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季節は真冬である12月。もうすぐクリスマスという一大イベントが待ち受ける中、松野家次男の松野カラ松は、クリスマスを共に過ごしてくれそうなカラ松girlを探しに街へ出掛ける…ということはせず、今日は夕飯の買い物へと出け、鍋の材料を買って帰る途中だった。ちなみに分量は六人分ではなく、一人分なので身軽な方だ。

「うう…寒いっ…。今日は雪が降っているから特別冷えるな…。全く…こういう時実家だったら炬燵に丸まってのんびり出来たのに…」

――まぁ、ようやく自立して半年が経つんだ。いい加減一人暮らしに慣れないとな…。

そんなことを思いながら、氷のように冷たくなった手に白い息をはぁっと吹きかけて、自宅へと足早に帰る。

今から丁度一年前。一向に就職活動をする気はなく、毎日毎日ダラダラとした生活を過ごす兄弟にいい加減痺れを切らしたチョロ松が『お前ら全員ハロワに行けぇぇぇ!!』とブチ切れ、半ば強制的にハローワークへと行かされた。それからは職員に希望の職種や、勤務時間などを聞かれ、前回と同じ回答をすればまた机を叩かれるかと学習したカラ松は今回ばかりは真面目に回答するかと『体力に自信はあるので、力仕事でも大丈夫です。あと社員でもアルバイトでもどっちでも構いません』と答えてみると、『それならこちらの会社とかはどうですか?』と勧められたのが今勤めている電気工場だった。

募集はアルバイトであったが、時給は870円。勤務時間が8時〜17時。残業の有無。土日祝の休日。夏季休暇、冬季休暇有り。賞与有り。社会保険有りといった、普通の社員とあまり変わらない好条件に、カラ松は初めて、あ、ここ良いかも知れないと思ったのだ。
それからはトントン拍子に話は進み、早速そこの会社にハローワークからの紹介ということで応募し、それからは面接の練習をある程度重ね、数日後には面接を受け、カラ松のやる気と今まで演劇部で培ってきた明るい表情と真面目な態度に、面接官に好印象を受け、特に何の問題もなく無事受かり、まさかのチョロ松よりも先に脱ニートしてしまったという事だ。
仕事が受かったと報告した時は兄弟達には何故お前が!?と驚かれ、チョロ松からには激しく妬まれ、両親からにはおいおいと泣かれてしまい、色々と大変だったが今となっては懐かしい話だ。

そしてそれから六ヶ月間、仕事が慣れるまでの間は実家から通勤していたのだが、それだと距離がなかなか遠く、早くも億劫に感じてしまい、ある程度貯金が貯まってから会社近くのアパートに引っ越ししようと決意し、残業も休日出勤も出て必死に稼ぎ、ようやく半年前念願の一人暮らしをスタートさせたのだ。
ちなみにチョロ松も今ではサラリーマンを勤め、自立もしている。時々お互いの家に泊まりに行くくらいには頻繁に連絡も取り合っている。だから後自立していないのは長男、四男、五男、六男だけだ。

「おそ松達元気かな…?正月休みに入ったら一度実家に帰らなければな…」

先日入った賞与で母さん達にも親孝行しなければいけないし、と働いてから厨ニ病は抜け随分とマトモになったカラ松は軽く鼻歌を口ずさみながらアパートの階段に登っていくと。

「……あれ?」

見覚えのある人物がカラ松の家の前で座り込み、野良猫を暖代わりにぎゅーっと抱き締めながら、じっとカラ松の帰りを待っていた。

――あれはもしかして…!

「い、一松!?」

間違いない。あれは四男の一松だ。何故ここに!?と混乱してると呼び掛けられてようやくカラ松の存在に気付いたのか一松はゆっくり立ち上がり、不満気な声を漏らす。

「あ、やっと帰ってきた。遅いんだよクソ松」

「ああ、ごめ……じゃなくて!!何でここにいるんだ!?」

チッと軽く舌打ちをする四男に思わず怯み、ついいつもの癖で謝りそうになったが、いやいや今のは別に俺悪くないよな?とすぐ考え直し、慌てて彼に駆け寄る。そして冷たくなってる一松の手を両手で包み込み、自分の体温で温める。

「何でって…、偶々この近くで用事があったんだけどなんか途中で家に帰るのが面倒になって、それで」

「それで!?てかいつから待ってたんだ!?手がすごく冷たいんだが!!」

「あー…3時間くらい前?」

「3時間!?」

何事もなかったようにけろっと答えられ、カラ松は顔を青ざめた。ってことはカラ松が仕事している間ずっとここにいたということか?信じられない。長時間待つくらいなら早く家に帰れば良かったのに!
すぐ鍵を回しドアを開け、一松の手首を掴んで強引に部屋の中に入れる。

「か、風邪を引いてしまうじゃないか!ほら早くウチに入れ!今から風呂沸かすから!!」

「はぁ?別にそこまでしなくても良いし」

「駄目だ!俺の家は炬燵くらいしかロクに暖房器具がないんだからしっかり身体を暖めろ!!」

「は…?」

「あ…っ!!」

しまった。心配が故、少々キツい物言いをしてしまった。どうしよう。また一松を怒らせた。せっかく久々に会ったというのに。
後悔で顔を一気に青ざめるカラ松は恐らく殴られるだろう衝撃に耐える為、目をギュッと瞑るが、いつまで経っても痛みがやって来ることはなかった。

「……?」

恐る恐る目を開けると、怒っている自分が心底珍しいのか一松はぽかんとした表情でカラ松をじっと見つめていた。

「い、一松…?」

「っ」

声を掛けてから一瞬間が合ったが、一松はハッと我に返り『……何?』とだけ聞く。

「な、殴らないのか…?」

「はぁ?今殴られるようなことお前言ったの?」

「い、いや…。言ってないと思う…けど…」

しどろもどろに答えると、眉をひそめた一松に思いきりため息をつかれる。

「何その自信なさげの声。ウザ」

「ううっ、ご、ごめんっ…」

ああ、結局は一松を怒らせてしまった。自分は何故いつも彼に鬱陶しいと思われるようなことばかりしてしまうのか。本当は昔みたいにもっと一松と仲良くなりたいだけなのに。

己の情けなさを噛み締めながら涙目になって落ち込むと、不意に一松の手が伸び、ぐしゃっと乱雑にカラ松の髪を撫でてきた。

「わっ…!?」

「…言ってないなら弟相手にオドオドするな。それでもお前俺の兄貴かよ。このクソビビリ松」

「…ご、ごめ…」

「イチイチ謝んなくても良いから。つか風呂入らせてくれるなら早くして。部屋の中マジで寒いし…!」

「!」

暖房くらい買えよ。本当使えねーな。とぼやいてはいるが、カラ松の言うことを素直に聞いてくれるみたいだ。それに嬉しくなったカラ松の表情はぱっと明るくなり。

「わ、分かった!ちょっと待っててくれ一松!」

急いでスリッパに履き替えてパタパタと足音を立て、上機嫌に風呂の準備をする。その後ろ姿をぼんやり見つめていた一松は頬をほんのりと赤く染めて、小さく舌打ちをしてから。

「……お節介野郎が…」

と照れ隠しにぼそっと呟いた。
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