×お妙

□忘れるための恋だったのに
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「え、あ、何ですか?」


突然呟かれた声を聞き取れず、
土方さんの腕から顔を上げ聞き返す

すると反対側の細くがっちりした腕が私の方へ伸ばされる


「髪…伸びたな」


さらさらと大きな手に髪が触れ、とかれ、体が火照る


「っ土方さん…?」
「!あ、悪ィ」


土方さんは手を戻すとご馳走様と言って立ち上がる


「もうお帰りになるんですか?」
「ああ、馬鹿上司の性で仕事が溜まっててな」
「まあ、困った上司が居るものですね」
「…アンタがちょっとはあの人に振り向いてくれたらな」
「何のことかしら」


門を出ると煙草を吸う土方さんを見て、

右腕の動きが何だかぎこちないことに気が付く


「手…」
「あ?」
「右腕、どうかなさったんですか?」
「どうもしねぇよ」
「そんな、だって…」
「それじゃあ、またな」


後ろ姿を見送っているとわかる
きっと出張とは斬り合いのこと

腕を怪我したんだ…


「嘘ばっかり…」


持ちつ持たれつ何て言っておいて、頼っているのは私だけ

私が銀さんのことを吹っ切ったら、
もう今みたいに会わないのだろうか


一緒に縁側でお茶を飲むことも、
町で会えば他愛もない話をすることも

荷物を持っていれば何も言わず手伝ってくれることも


お妙、と呼んでくれることも、無くなるんだろうか──


「!」


もし、戦いであの人を永遠に喪ってしまったら

私は


「いやっ…」


そんなの嫌だった

私の生活に土方さんが居ないなんてもう考えられない


嗚呼、そうか、私、

おかしいわね、そんな







れるためのだったのに
(今は貴方がこんなにも好き、なんて)












「土方さん、こんばんは」
「ああ」


数日経った夜の公園で偶然会った
満月の綺麗な秋の夜


「あの、私、もう忘れられたんです」
「っ…そうか」
「それで、あの…」


最初は曲がった偽りの恋だった


「始まりは、貴方を利用してました」


そこには愛なんてなかった

ただ忘れたくて、
それだけのための恋だった


「でも、こうして貴方と居て、」


そしていつの間にか私の心は


「忘れるための恋だったのに、


貴方を好きになりました、土方さん」


声が震えた

土方さんは表情を、
苦しそうに哀しそうに歪めた

その顔はあまりに優しくて


「…悪ィ」


気が付けば貴方の腕の中に居て


聞こえた声は紛れもない、


真実の恋の始まりだった

.
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