×お妙

□月見草
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私の好きな人は、遊び人

私のところにも、ふらふらと立ち寄って、
そして何もなかったように去ってしまう

実際、私達には何も起きてないのだけど
私がただ勝手に片思いして、あの人は気まぐれに顔を出さして優しくする

ただ、それだけで
思いを伝えたことなど、一度もないのだ

私が働いているところにだって、顔を出すのはいつも上司の付き添い
来てもただ淡々とお酒を飲むだけで、自分に言い寄ってくる女の子達のことはまるで気にしない

女性には淡白だ、と彼をよく知る上司も部下も言うし、
私自身もそう思う

ならどうして遊び人だと言うのか
それは、たまに耳にする彼の噂
しかし、この噂はよく囁かれるものであって、根拠はない
要するに、噂に過ぎない

では何故私がその噂をなんとなく肯定しているのかというと、
遊び人である彼があまりに様になっていて、しっくりきてしまったから

そもそも、あんなに人気があって、器量も地位も申し分ないのに、
それを蔑ろにして遊ばない方が不思議なのだ


「あら」
「よお」
「こんばんは、土方さん
見回りですか?」
「おう
お前は、仕事帰りか」
「ええ」
「送ってく」
「まあ、いいんですか?
それじゃあ、お言葉に甘えて」


並んで歩き出す
この人と二人で歩ける機会なんて、そうそうない
遠慮もなく送ってもらうことにした


「月が綺麗ですね」
「ああ
最近じゃ珍しくなったな、こんな綺麗な空」
「そうですね
…もしかして土方さん、意外とお好きですか?空とか見上げるの」
「まあ」
「あら、私もです
あまりお仕事に追われないで空くらい見る時間を作って下さいね」
「アンタもな
若い癖に働きすぎだ」
「そんなこと…
あ、これ、どうぞ」


咥えていた煙草を私の手前道端に捨てるわけにもいかなく戸惑う手に、
いつも持ち歩いている携帯灰皿を差し出す

もちろん、私は煙草を吸わない
この人に会ってから持ち歩くようになった物だ


「悪ィな
いつも持ち歩いてんのか?」
「はい
どっかの誰かさんがポイ捨てしないように」
「…気ィ付けるよ」


クスクスと笑うと、相手も静かに笑ってくれる
なんだか、夫婦みたい、なんて
自惚れてしまうのも仕方がないでしょう


「妙」
「はい──」


顔を向けると口に何か入れられる

どうやら、飴のようだ
イチゴ味、甘い

けど、それ以上に心臓が煩い
土方さんの顔を見ると、口角を上げて笑っている

確信犯だわ、この人


「美味いか?」
「はい、美味しいです
でも、土方さんらしくないものをお持ちなんですね」
「さっき貰ったんだよ
ああ、山崎から貰ったから、毒は入ってない、安心しろ」


きっと今私頬が赤い
なのに相手は涼しい顔をしてる

なんだか悔しい、けど、
ほんの少し、幸せ

風が吹く
髪が靡く

捲れたYシャツの襟、
そこから見える首筋に、赤い痕

私の知らないこの人が見える
ズキリ、心が痛む

私は、この人から見たら子供なのだと言われている様


「土方さんは、飴を舐めないで噛み砕く人でしょう」
「…」
「ふふ、やっぱり」
「…じゃあソフトクリームも舐めんのか、お前は」
「スプーンで掬って食べます
土方さんは、ぱくぱく食べて咽せるタイプね」
「…そもそも甘味は食わねぇよ」
「それもそうですね
それじゃあ、何でソフトクリームの話題なんて?らしくない」
「まあ…こないだ食ってる奴を見かけただけだ」


何だか誤魔化されたみたい
きっと、女の人なんだろう
それも、見かけたんじゃなくて一緒に居た

黒い感情が渦を巻く
それと同時に、言いようのない焦燥感


「ん、着いたぜ
それじゃあな、お疲れさん」
「土方さん!」


でも追いつくことはできないから
私は、私なりに


「ありがとうございました
また、送って下さいね」
「ああ、またな」


笑って手を振ってくれたから
今はこれでまだ十分


.
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