×お妙

□マーガレット
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「銀、起きて、遅刻するわよ!」
「んー…あと5分」
「もうそんな時間ないわよ、新ちゃんが朝ご飯用意してくれたから早く!
…さっさと起きろこのマダオがァァァァァァ!!」
「ぐふっ!?」
「おはよう、早く着替えてきてね」
「おー…あ、妙」
「何?」
「おはようのちゅうー」
「死ね」


俺の毎日はこうして始まる。
幼なじみである妙(と弟の新八)が中学から毎日ずっと起に来てくれて、
毎朝一緒に登校、中学まではほとんど毎日下校も一緒だった。
高校に入ってからも、時々一緒に帰ってる。

本当は起きれるのに起こしてほしくてぐずってるのは内緒だ。
(言ったら殺されかねない…)


「ふう、間に合った」
「今まで間に合わなかったことなんてねぇだろ」
「毎日ギリギリじゃない!」
「間に合えばいんだよ、間に合えば」
「もうっ」
「あ、姉御、銀ちゃんおはようアルー!」
「おはよう神楽ちゃん」
「おー」
「銀ちゃんさったと姉御から離れるネ、
あっちで九ちゃん達が待ってるアル、行こうー」


神楽がどういう意図でやってるかは知らないが、あいつは毎朝妙を連れて行く。まあ、単に妙に懐いてるだけだろうけど。
俺もおとなしく席に着く。こうしてみると、妙は本当にかわいい。
そういえばこないだも告白されてたな、あっさりフってたけど。
小さく深い溜め息を吐く。

俺が言えないでいる理由、それはこの関係が壊れるのが怖いから。


「たーえ♪」
「きゃっ、神威くん!びっくりした、おはよう」
「おはよう、どこ行くの?」
「委員長の仕事で、資料室まで」
「ふーん、そう」


俺は交換学生として今この学校に来ている。
それで会ったのがこの女。綺麗で強い、俺の理想を兼ね備えた人。
妙にはあの銀髪の奴が付きまとってるしその他に変な輩が色々近づいてるけど、どれも相手にしてないみたい。

まあ俺もそういう風には見てくれてないんだろうけどね。


「そういえば最近毎日持ってきてるよね、それ」
「え?あ、これ?気づいてたの?」
「毎日見てるからね、妙のこと」
「そんな、照れるわ」
「本当だよ」


毎日胸ポケットに入れてる栞が気になって聞いてみると、曖昧に流される。聞いてほしくないのかな?
でも、隠されると余計知りたくなるんだ。それに、実はもうちょこっとだけ知ってたり。


「それ、マーガレットって言うんだよね?」
「あら、知ってるの?
ふふ、ちょっと意外だわ」
「うん、普段は興味ないんだけどね。
神楽が小さい頃言ってたんだ、これで恋占いしたら嫌いってでちゃった、って」
「神楽ちゃんの初恋?」
「はは、父さんもそう思って大騒ぎ。でも結局相手は俺だったんだよ。」
「まあ、かわいいわね、神楽ちゃん」
「─妙はもう占ったの?」
「そういう花なんでしょ、これ」
「え、と」
「結果はどうだった?
あ、鍵開けるよ、はい♪」
「あ、ありがとう」


妙が珍しくしどろもどろしてる。ドアを閉めて、後ろから顔をのぞき込むように近寄る。本棚って便利だね、片手だけで逃げれないようにできる。


「ねぇ、誰のことを思ったの?」
「っ…やだ、誰でもないわ。
偶然よ、特に意味はない」
「…はは、冗談だよ、ごめんごめん♪」
「もう、神威くんったら」
「どれ持ってくの?俺持つよ」
「ありがとう。えっと…」


キスしようと思えばできた。言おうと思えば言えた。
それでもそうしなかったのは、妙が怖がっていたから、俺のこと。
銀髪の顔が浮かぶ。ああ、あいつもなのか。くくっ、哀れだなあ、俺達。

俺が言えないでいる理由、それは柄にもなく君を失うのが怖いから。


「あら、沖田くん教科書は?」
「ああ、忘れやした」
「まあ、また?
もう、忘れっぽいのね」
「どうせあっても見ないんで、意味ありやせんから」
「そんなじゃ留年しちゃうわよ。
私の見せてあげる」


この人はどこか姉上と似ている。弟を持つとやはり似るところがあるのだろう。
そして、言ったら確実に殴られるが、近藤さんにも似ている。
それは情に厚いところであり、面倒見の良いところであり、お節介なところであり、同性から慕われるところでもある。
違うのは、彼女は恋愛に消極的すぎるくらい消極的で、なおかつモテるところである。
そして、男達は思いを寄せては言えずにいるか、言って玉砕する。

言えずにいるのは、銀髪で彼女の幼なじみであるあの人や、気に食わねぇ三つ編み野郎や、孤高のヤンキーである隻眼のあいつや、…

かく言う俺も、その1人である。もっとも、誰も知らないが。


「あの、前から気になっていたんだけど、どうして私のこと姐さんって呼ぶの?」
「ああ、それは──近藤さんの思い人だからですかね」
「何かの組織みたいね」
「風紀委員って言う組織ですよ。
同じ学年ですけど、あの人は俺らの大将であり、兄貴分なんでさァ」
「ふうん。でも、私近藤くんとは付き合う気ないわよ」
「俺の兄貴分は近藤さんだけじゃないんですぜ」
「え?」
「気に食わねぇけど、あいつも俺らの兄貴分なんでさァ」
「…何のことかしら」
「さあねィ」


近藤さんの思い人でも、俺は気に入ったら迷わず好きと言うだろう。近藤さんも、そうしろと言うに決まってる。
あいつに気を使っているわけでもない。あの人だって、勝手にしろと言うのだろうから。でも、違うんだ。

俺が言えないでいる理由、それはあの人を想うアンタが好きだから。


「あ、高杉くん!」
「よぉ」
「来てたのね、教室に来ればいいのに」
「次から行く」
「本当?今約束したからね」


この女は変わってる。俺に授業にでろと言う癖に、口煩くはない。銀時の幼なじみだから、俺とヅラも名前くらいは知っていたが、関わったのは高校からだ。だいたいの女は落とせる自信があったが、この女はどうも違う。
いや、俺の中で違うのか、他の女と。


「でももう午後の分しか授業ないわね、もっと早く来ればいいのに」
「俺が居なくて寂しいか?」
「もう、からかわないでよ」


頬を膨らまして怒る仕草は、いつものコイツに似合わず餓鬼っぽい。
だが、それが妙に似合う。
壊したくねぇな、と思う。守りたい、大事にしたい。
はっ、俺らしくもねぇな…。


「来島さんと河上くんは?」
「さあな、2人でどっか行ってんじゃねぇか」
「相変わらずなのね」
「お前はどうなんだよ」
「何よ、急に」
「あいつとは、進んだか?」


協力してやる気はない。だが、こいつが一番栄えるのは、あいつの傍にいるときなんだろう。銀髪が頭に浮かぶ。
くくっ、愚かだなァ、あいつも。


俺が言えないでいる理由、それはコイツらしく居てほしいから。


「なあ新八、妙は?」
「先に帰っててって言ってましたよ」
「あ、そう」


久しぶりに一緒に帰ろうと思ったのだが、みつからない。しぶしぶ下駄箱に行ってみると、もう外靴がない。帰ったのか。何だよ、また呼び出しか?
本当、変な虫が付かなきゃ良いけど。
…わかってるって、そんなこと思うくらいなら告白すりゃ良いことくらい。でも、この関係が壊れたらと思うと。

壊してしまいたい、何の進展もないこの関係から。いつか妙が他の男と居なくなる前に。でも、それでも、やっぱり怖いのだ。


「ん、妙──と、」


鈍器で殴られたような衝撃。覚束ない足取りで帰った。くっきりと頭にインプットされてしまった光景。早く、はやく消えろ、消えてくれっ…!
わかっていた、いつかはこんな日が来ること。だからもっと早く…。言っていたところで、この結末は変わっていただろうか?妙が俺を恋愛的にみていないことも、あいつのことが好きなのも、知っていたのに。どうしてその状況で告白できるだろう。

電話が鳴る。ケータイは直ぐそこにある。名前は、愛しくてたまらないあの名前。今は、声を聞きたくない。だが、でなかったらきっと心配して家に来るだろう。それは、駄目だ。今あいつをみたら、何をするかわからない。きっと、抑えきれない。


「もしもしー?」
『銀?どうしたの?声、暗いけど』
「あー、寝てたからな。んでえ?どうしたの」
『あ、うん。あの、お、男の人って、どんな服の女の子が好きなのかなって』


嗚呼、やっぱりな。お前は必ずそういうと思ったよ。きっと、新八より先に伝えに来るのだ、俺に、幸せそうな顔をして。そのときのお前は、きっと見たこともないくらいきれいで、かわいくて、そして、遠いのだろう。

ちくしょう、かわいいじゃねぇか、何なんだよあの表情。俺の前では一度も見せたことないくせに。いつも凶暴で乱暴で、料理なんてできないくせに。あいつの前では顔を赤くして、女らしくなっちゃって。女って怖いね、本当、女って。


『そっか、ありがとう、銀』
「…なあ、妙」
『ん?』
「楽しんで来いよ、がんばるんだぞ」
『うん!』


オシャレして、どんどん可愛くなっていくお前を近くで見ているのは、俺じゃなくてあいつなんだろう。
ああ、悔しいよ。俺の知らないお前が居るなんて。

きっと君は、これから俺を起こしに来なくなるんだろう。


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