×お妙

□我、幸イヨリ死ヲ望ム。
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私は思わずむせかえった。空気が、熱く、苦しい。臭い、何、このニオイ。きゃっ、何かに躓いて───え?嘘、沖田さん…?いや…どうして、そんなところに倒れているの?後退りするとまた足元に見知ったモノが見える。近藤さんの…上半身、だけ。何よ、これ!辺り一面真っ黒だと思っていた。だけど違う、これ、全部真選組の隊服…!何で、どうしてっ!?っ、そうだ、彼は、あの人はどこ?ねぇ、どこにいるの、返事して、土方さんっ!!

「土方さんっ!」

思わず背中に抱きついた。ああ、よかった……!あなたが死んでしまったら、私は。

「土方さん…?」

ぐらり、と彼の体が傾く。ひっ!!
バラっ、とカレノブヒンが 散らばる。パチリ、光を失った瞳と目が合った。敵を震え上がらせるほどの鋭い眼球。魅入ってしまうほど美しい眼球。大好きだった、眼球。

どうして、どうしてどうしてどうして!いや…いやあっ、いやああぁあっ!!誰か、誰かっ!!誰か返事をして、私を一人にしないで!土方さんっ、ねぇっ、土方さんっ!!私を置いていかないで!!

大好きな黒い髪を撫でる。けれど反応はない。嘘でしょ?うそ、こんなの嘘よ。彼が、こんなに簡単に死ぬ訳ない。ねえ起きて、土方さん。


…どうして。


どうして起きないの?どうして抱きしめてくれないの?どうしてその腕は体と離れているの?ねえどうして?
どうして足があんなに遠くに落ちているの?珍しいわ、土方さんがそんなおっちょこちょい。落とし物ですよ、ほら、ぐちょぐちょいってる、土方さんの××、まだ少しアタタカイ。
ねえ、どうして何も言わないの?怒ってるんですか?もう、機嫌直してくださいよ、マヨネーズ料理、作りますから。あれ?土方さん、お口はどこに落っことして来ちゃったんですか?でもないなら仕方がないですね。ねえ土方さん、好きです。大好きですよ、だいすき。ふふふ、そんなに顔を真っ赤にして。照れてる、かわいい。ねえ土方さんも私のこと好きですか?ねえねえ土方さん、ねえ、

ねえねぇねえねえねえねえねぇねぇねぇねえねえねえねえねぇねえねぇねえねえねえねぇねえねぇねえねぇねえねぇねえねぇねえねえねぇねえねえねぇねえねえねえねえねぇねえねぇねえねぇねえねぇねえねぇねえ


「土方さんっ!!」


ぐしょりと濡れた服が肌にはりつく。ああ、嫌な感覚。乱れた呼吸を整えながら、ズキズキと痛む頭をどうにか動かし辺りを見渡した。

見慣れた部屋。空気が恐ろしいくらいに冷たい。自分の体温まで奪われてしまうようで、私はぞくりと体を震わせた。ああ、ここ私の部屋だ。隣で静かに寝息をたてている彼を見る。当然だけれどいつも通りの端正な顔で、死んでいるのではないかと不安になった。頬に手を伸ばす。あたたかい。よかった。ほっと安堵の息を吐いて、そのまま髪を撫でる。

私たちがこんな関係になったのは、いつからだったか。付き合っているというには、あまりに互いを知らなすぎる。だけど体だけの関係というには、あまりに感情的すぎて。
少なくとも私は、この人が狂おしいほど愛しかった。──彼は、どうなのだろう。私のことは、どう思っているの?

気が向いたらふらりと家に来て、新ちゃんが居ないときはこうして泊まっていく。誰も知らない、私たちの時間。
私から連絡することはなくて、できなくて。ただ彼が来るのを待つばかり。何か危ない仕事があっても、何も言わずに行ってしまうから、私がそれを知るのはテレビ画面から。

口にしたことはないけれど、ふと思うときがある。
この人はいつか必ず、私を置いてイッテシマウ、と。

そうして私は、きっといつまでもいつまでも待ち続けてしまうのでしょう。彼がさよならと言いに来る、その日まで。そんな日は永遠に来ないという現実に、目を背けて。

怖い。私はそれが、堪らなく怖かった。
みんなみんな、消えてしまう。私を置いて、行ってしまう。私を残して、死んでしまう。怖い。この世界にたった一人、残されて…。

サァッと、血の気が引いていくのがわかった。さっきまで見ていた悪夢を思い出して、息が苦しくなる。また軽くパニックになりかけながら、私は必死で声を紡いだ。


「土方さん、ねぇ起きて」
「ん…」


寝起きのいい彼。だけどきっとそれは、眠るときだって気を張っているから。せめて私といるときだけでも…なんて、そんなの無理を思う。絶対に言わないけれど。

彼がゆっくりと目を開けて、横になったまま私の頬を撫でる。ああ、愛しい。優しくて苦しくて、大好きな感覚。その手を両手で大切に大切に包み込んで頬をすり寄せる。


「どうした?」
「…ごめんなさい、起こしてしまって。
何だか、もう目を覚まさないんじゃないかと思って──」


怖かった、とは言えない。面倒くさいとか、弱いとか、邪魔になるとか、思われたくないから。

そう言うと彼は可笑しそうに笑って、私の手から離しそのまま頭を撫でてくれる。子供っぽいかしら。だけど、この人の手は何故だかとても安心する。

「おやすみ、お妙」
「おやすみなさい」


そう言って彼はまた目を瞑る。直ぐに規則正しい寝息が聞こえてくる。寝れるときに寝る──いつどんな状況に陥るかわからないから、休めるときは休む。だから、彼は眠りに落ちるのも早い。

私も布団を被りなおし、静かに横になった。こんなにすぐ傍に居る。それなのに、何故だかとても遠く感じる。手を伸ばせば確かに触れられるのに、見えない壁があるようで。どうしようもなく、泣きたくなるから。(でも、泣くわけにはいかない)

ぎゅっと、腕に縋りつく。とても頼もしいはずなのに、なんだか儚くて、消えてしまいそう。私は体も顔も土方さんにくっついて、彼の匂いを胸いっぱいに吸い込む。大丈夫、ここにいる、ココニイル。

奥からこみ上げてくるものを飲み込んで、むせかえるような苦しさを堪えて吐き出した声は、小さくて。


「愛してます、土方さん…っ」


彼に聞こえないように。

あなたを喪うのはとても怖いけど、
あなたに嫌われるのが、何より怖いんです。


穏やかな彼の鼓動を聞きながら、私は目を閉じた。

ああ、いっそ。

この苦しさの中で、穏やかに死んでしまいたい。


我、
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