×お妙

□あなたが好き
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「あ、もしもし土方さん?妙です」

 次の日には熱が下がっていて、私はすぐ土方さんに電話した。朝から迷惑かと思ったけど、一刻も早く昨日怒らせてしまった理由を知りたくて。

「はい、風邪はもうすっかり治りました。あと後新ちゃんが帰ってくるまで銀さんが看病してくれて──」
「また万事屋か」
「え…?」
「お前はいつもそうだ。何かあるとすぐ万事屋に頼る。本当は俺よりアイツがいいんじゃねぇのか」
「そ、そんなことないです!」
「じゃあ何故昨日俺じゃなく万事屋を選んだ?風邪を引いたことを俺に知らせない?」
「それは、土方さんに迷惑をかけたくなくてっ」
「本当にそうか?頼るのが俺じゃなくてアイツなのは、本当にお前が好きなのは万事屋だからなんじゃないか?」
「ちがっ…」
「悪ィ、仕事だ。切るぞ」

 ツーッツーッと虚しい音が響く。わからない。私が好きなのは、紛れもなく彼なのに。でも、それなら私はなぜあの人を頼る?昨日彼じゃなくあの人を選んだのは、彼の為だけじゃなく、私自身あの人と居た方が安心するから…?

「お妙?」
「おりょう…」

 気がついたらお昼休みの時間だ。おりょうが心配してくれている。

「どうしたのよ、ひどい顔して。やっぱりまだ具合悪い?」
「ううん、大丈夫。そうじゃないの」
「何かあったの?話してみな、力になるから」

 オフィスの近くの公園のベンチに座って二人でお昼を食べる。だけどあまり食欲はなくて、私は手にサンドウィッチを握ったまま昨日のことを話した。

「それで?アンタはどっちが好きかわからなくなったの?」
「それは違うの。私が好きなのは間違いなく土方さんよ。だけど、一緒に居て安心して、頼れるのは銀さんなの。もし私が銃で撃たれそうになったとき、会いたいって顔を思い浮かべるのは土方さんでも、助けてって思うのは銀さんかもしれない」
「それは、アンタの彼氏が信用できないから?頼りない?」
「そんなことないわ!土方さんはとても信頼できる人よ。ただ…嫌われそうで、怖いの」
「怖い?」
「そう。ただでさえ私は年下だし、土方さん以外の人と付き合ったこともない。だけど彼はとても…年齢以上に大人で、今まで何人もの女性と関係を持って、今だって色んな人から言い寄られてる。それなのに我が儘を言ったり、甘えたりしたら嫌われそうで、捨てられそうで…怖いの」

 私はいつも恐れている。彼に嫌われてしまったらどうしよう。彼が他の女性のところへ行ってしまったら。そして私は今、彼を怒らせてしまっている。

「それにね、私、昔から銀さんに頼ってばかりで。いつも周りから頼られてばかりで、しっかりしなきゃって思ってたから、他に頼れる人なんていなくて、頼れるのが嬉しくて、いっぱい甘えた。それに、銀さんは何も言わなくてもわかってくれて、すごく楽なの。一番落ち着くわ、銀さんの隣にいるのが」

 自覚してる。銀さんに頼りすぎだってことくらい。土方さんがあまりよく思ってないのも知っていた。だけどあまりにも居心地がよくて、離れられなくて。私は銀さんのことも大好きだから。

「頼ってみればいいじゃない」
「え?」
「甘えてみればいいじゃない、彼に。本音をぶつけて、何も気にせず居たらいいじゃない。気を遣って猫被るなんて、そんなのアンタらしくないわよ」「でも、そんなことしたら彼に嫌われちゃう…」
「嫌うかどうかは、アンタが決めることじゃない。彼にしかわからないことよ。それを勝手に決めつけて他の男に頼るなんて、失礼にも程がある」
「それは…」
「好きなんでしょ、彼のこと」

 ガツンと、心に響きわたる。そう、私は土方さんが好き。何年も何年もずうっと、彼が好きだった。それを、私が勝手に終わらせるの?そんなの、嫌。

「もしそんなことでアンタを嫌いになるなら、それまでの男よ。大丈夫」

 おりょうが私の背を押す。

「アンタはイイ女よ」


「土方さん…!」

 メールで彼を呼び出した。それだけでもすごく緊張したし、怖かった。だけど私は、これからもこの人の傍に居たいから。

「昨日は、ごめんなさい。私、いつも無意識のうちにアナタを傷つけてました。アナタに嫌われるのが怖くて、面倒くさいと思われるのが嫌で、頼らないように、あなたの邪魔にならないようにといつも思ってました」
「んなこと…」
「それに、私は昔からつい銀さんを頼る癖があって。いつも、銀さんに頼って、甘えてばかりでした」
「…」
「きっといざというときに、会いたいのは土方さんでも、助けを求めるのは銀さんなんだと思います、今の私は」

 ぎゅっと服の裾を掴む。怖いのを堪えて。まっすぐ目を見て、正直に。

「でも、私が好きなのはアナタです!!傍にいたいと思うのも、つい自分をよく見せてしまうのも、土方さんだけです…っ!アナタからしたら私は子供で、面倒くさい女かもしれないけど…今私が頼ってしまうのは他の人かもしれないけど…でも、私が頼りたいのは、甘えたいのは土方さんです!」

 土方さんに笑われるかな。やっぱりお前はお子ちゃまだって。嫌われるかもしれない。だけどそんな心配、したって仕方ない。

「これからはたくさん我が儘言って、頼って甘えて、面倒くさい女になってもいいですか」

 少しの沈黙。とても長く感じる。
 ふっと、彼が笑った声がして、いつの間にか下を向いて瞑ってしまっていた目を開く。

「あんまり強く握ってると、皺になるぞ」
「え…?」

 何のことかわからなくて顔を上げたら、優しく笑うアナタと目が合った。彼は、それ。と私の手を指さす。

「何かを堪えるとき、我慢するとき。いつもそうやって服の裾握るだろ」
「そう、ですか?」
「そうだよ。それに、いつも俺の都合に合わそうと仕事無理したりして」

 気づいてたんだ、そんなこと。バレてないと思ってたのに。

「俺だって、案外お前のこと見てんだよ。確かに、具合悪かったのは気づかなかったし、悔しいがアイツにはまだ負けるが…」

 ぐい、と引き寄せられて、力強く抱きしめられる。耳元から大好きな声が聞こえて、大好きな体温に包まれて、心地いい。

「たくさん頼ってほしいし、甘えてほしい。我が儘なんて思わねぇし、面倒だなんて言わない。…いや、頼れなんて言わない」

 肩を捕まれ、至近距離で見つめ合う。この人のこんな表情、初めて見た気がした。

「お前が頼んなくても無意識に頼っちまうくらい信頼してもらえるようにするし、お前のこともっとわかるようにする。アイツなんかよりずっと、安心させてやるから。だから、俺の傍に居ろ、妙」


「姉上今日は土方さんとでかけるんですか?」
「そうよ。帰りは遅くなるから、先に寝てて」
「ぱっつぁんもいよいよ姉貴離れする日が来たんじゃねぇか?」
「なっ…そんなことしなくたって僕はいつでも姉上の幸せを…」
「銀さんもいい加減いい人見つけて下さいね」

 ピンポーンとチャイムが鳴った。私はもう一度鏡を見て扉を開く。

「準備できたか」
「ええ、ばっちり」
「それじゃ、行くぞ」
「はい!それじゃあ行ってくるわね、二人とも」




 あーあ。あんなかわいい顔しやがって、ちくしょー。でもまさか俺が、好きなんてアイツに言えるわけねぇから。

「幸せになれよ、かわいい…妹め」

 好きな人を、無理矢理かわいい妹に変えて。
 きっとこれからは、俺じゃなくアイツを頼って行くんだろう。

「あーあ、全く…とんだ当て馬だぜ」

 悔しいけどアイツが好きなのは、俺じゃない。


 あなたが


(だけどお前を幸せにするのは、俺じゃない).
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