×また子受け

□ヒモゲイトウ
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「あ、雨だ」


空は綺麗な青。通り雨だろう。
ちらりとカレンダーに目をやる。
こういう日は、あの時のことを思い出す。まだ私が、鬼兵隊に入りたてだった頃。


私は、晋助様に拾われた。いや、彼はただ一言、私に言葉を落としただけ。着いて行こうとあの日背中を追っていったのは私自身の気持ちである。

当時、私は万斉先輩が嫌いだった。晋助様に馴れ馴れしいしふらりと居なくなるし、仕事も自分の気が乗らないとやらない。おまけにあのサングラスにヘッドホン、黒ずくめのコートとズボン。会えば胡散臭い笑顔で話しかけてくる。信用の置けない奴。もっとも、あの時の私は誰一人、信じてなど居なかったのだけど。私が露骨に顔をしかめても語気を強めても、先輩は咎めも、気にもせずいつも変わらなかった。

そんなある日、鬼兵隊と幕府側の大きな乱闘があった。大きな、とは言っても晋助様や似蔵、私や武市先輩(武市先輩は作戦立てしてた)は参加せず、幹部で参加したのは万斉先輩だけだった。そのくらい、余裕の相手と見られたからだ。しかし、実際幕府は天人の暗殺部族を雇い、違法な兵器も多用してきて、こちらも大ダメージを負った。何人も死んで、優しかった同僚や先輩方(当時はまだ私は下っ端だった)も居なくなって。私は怖くなった。皆、私ひとり残して居なくなるのではないか、と。そして何故か、いつも目の敵にしているはずのあの人が頭に浮かんだのだ。


『万斉先輩っ…』


いつも会えば胡散臭い笑顔で手を振ってくる。嫌悪感を露わにしながら挨拶すると、冷たいでござるなあ、と笑ってなお話しかけてくる先輩。それが居ないのが、寂しかった。そう、私は確かに、寂しいと感じていた。

そして私のそんな気持ちに反し、帰ってくるはずの日を一週間過ぎても二週間過ぎても、先輩は帰ってこなかった。晋助様や武市先輩はそんな私を見て、帰ってくると仰ってくれたけど、それでも私の不安が治まることはなかった。そして生き延びた平隊員達が帰ってきても、万斉先輩だけは帰ってこなかった。誰も、先輩がどうしているか知らないと言う。


『いやだ、嫌だっ…
帰ってこないなんて嫌ッスよぉっ!』


反乱狂になって私は喚いた。そして泣いていた。不安と恐怖で、もう訳がわからなかった。そんな時だった、いつもと何も変わらない声が聞こえたのは。


『また子殿?』


驚いて振り向くと、ぽかん、とした顔でサングラスにヘッドホン、いつもの黒ずくめの服装で先輩が立っていた。私は安心して不覚にも足に力が入らずにそのまま一層泣いてしまった。いつも冷静沈着で感情を出さない万斉先輩は珍しく驚き、おろおろと私に駆け寄ってきた。


『ど、どうしたでござるか?』
『万斉先輩のばかあ…遅いッス、何やってたんスかっ
心配したッスよ、帰ってこないんじゃないかってぇ…っ』


小さい子供みたいに泣きじゃくる私を万斉先輩は力強く抱きしめて、いつもならきっと殴っていただろう私はそのまま泣き続けた。


『心配かけてすまなかった。事後処理やら情報盗みやら雑用に駆り出されてな、ちと遅れたでござる』
『そんなの、万斉先輩がやらなくっても私達下っ端にやらせればいいのにっ』
『晋助からの命故…、その上、下っ端には荷が重すぎる。リスクも高い』
『でもっ』
『また子殿』


胡散臭いと思っていた笑顔が違って見えたのか、本当はいつもそうだったのか。先輩は優しく笑って頭を撫でてくれた。サングラスから透けて初めて見えた、先輩の目。


『なに、心配ご無用でござるよ。
また子殿が待ってくれる限り、拙者は不滅でござる』


あれからだいぶ時が流れたものだ。早い。私は何か成長できただろうか。ぎゅ、と後ろから抱き締められる。ああ、この感覚。安心する。


「ただいまでござる、また子殿」


全く心配しないわけじゃないけど、それでもあの頃とは違う。帰ってくる、そう思える。先輩はきっと、私を置いていったりしないから。晋助様はどんどんと先に行ってしまう。私達のことなんか、見向きもしないで。でも、それがいい。私が着いて行きたいと思ったのはそんなあの人の姿。でも。
振り向いて手を差し出してくれる、遠くへ行っても帰ってきてそして、また子、と呼んでくれる。そんなこの人が、私は大好きだ。


「お帰りなさいッス、万斉先輩」


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