×また子受け

□告白予行練習 another story
1ページ/3ページ



「万斉、あのねっ…」 
「ん、どうしたでござるか?」


いつものように二人で帰ろうとしている玄関で、
また子が立ち止まった。

顔だけで振り向くが、
また子が何も言わないので体ごと振り向く。

どうしたのか、いつもと少し様子が違う気がする。


「また子?」 
「そ、の、…」


拙者が首を傾げると、また子は前触れもなく叫ぶ。
 

「いきなりでごめんね、
ずっと前から好きでしたっ…!」


いきなりで拙者らしくもなく戸惑う、
ずっと前からまた子が好きだったから。

ドクン、ドクン、ドクン

ドキドキ煩い胸の音、君に聞こえてないかな…?


告 白 予 行 練 習


「またk」
「な、な〜んてねっ」
「は」
「告白予行練習ッス!
本気と思ったッスか?なんてねっ」


また子が拙者を置いて歩き出す。

嘘…?何てたちの悪い嘘だ。
思わず深い溜め息を吐く。
少し…いや、かなり残念でござる、本当だったらよかったのに。

そんなことより、一つ気になるワードがあった。


「まったく、また子は…。
告白予行練習?
何でござるか、それ」
「へへ、実は私、好きな人に明日告白しようと思って。
でも緊張するから、その練習ッス!」
「ほう、それはそれは。
というか、また子好きな人居たんでござるか」
「じ、実はずっと居たんスよ」
「ふうん」


誰だ、そいつは。
拙者の知っている者か、知らぬ者か。

気がつかなかった自分にも腹が立つ。

 
「で、どうだったッスか?
かわいい?ドキッとした?」
「どうも何も…」


“告白予行練習”でござるか、よく考えたでござるな。
本気だと思ったし、心臓が煩くて冷静には聞けなかったから効果はもちろん抜群だった。

でも落ち着くてござる、また子にこの気持ちを知られてはならない。
また子に本命が居るのならば、尚更。

自分の心の中で呟いた本命という言葉にショックを受ける。
一体どんな顔してこの話を聞けばいいのでござるか。


「まず、ちゃんと相手の目を見て言った方がいいでござるよ」
「む、無理ッス!
緊張でそれどころじゃ…」
「でも、目を見た方がかわいいでごさるよ」
「っ…」


ここは幼馴染みとして応援しないと。

また子が他の男を好きになったのだって、自分がとろとろしているからだ。


「ただでさえまた子は可愛げも色気もないんだから、
せめて上目遣いくらいしないと…」
「だあっー!!失礼ッスね!!
煩いッス!」


いつも通りの言い合い。でもそれがとても愛しくて思わず笑う。

可愛げも色気もないなんて、真っ赤な嘘。
否、色気は本当に無いに等しいが。

また子がモテないはずはなく、今までどれだけ苦労したことか…。
まあ、本人が天然でよかったでござる。


「そんなだから今まで一回も彼氏ができないんでござるよ、また子は」
「う、煩いッス!!
仕方ないじゃないッスか、これが初恋なんだから!
私はその辺のビッチとは違うんスよ」
「む、初恋は小学校の時の花屋の…」
「あ、あれは違うッス!」


てっきりアイツがそうだと思っていたのに。

前に本人が恋愛ではないと言ったから晋助も違うし。
じゃあ、誰だ?


「そ、そういう万斉だって彼女居たことないじゃないッスか」
「興味ないからな。
なに、心配しなくても、寄ってくる輩は多いでござる」
「ムカつく言い方ッスね」


見栄でも何でもなく拙者はそこそこモテる。
だが、また子以外の女に興味はない。


「じゃあもし私がフられたら付き合ってよ」


さらっと何ともない顔でまた子は爆弾を投下してきた。

そんなこと言われたら──


「まったく、また子は」
「じ、冗談ッスよ──」
「本気になるでござるよ?」
「な…」


なんて、試してみたくてごめん。
でも、今のはまた子が悪い。

拙者が笑うと冗談だと理解して少し拗ねる姿も昔と変わらない。


「そうだ!
今日はちょっと寄り道して帰ろうよ?」
「これまた急な。
いきなりどうしたでござるか?」
「別に、何でもないッス!」


でも、そうだな。
また子に彼氏ができたら、いままで通りにはできなくなるだろう。

こんな風に笑って2人で並んで歩いて寄り道して、
そんな、いつの間にか日常になっていた、拙者の幸せ。

明日、それが失われてしまうかもしれぬから、
せめて今日はこの幸せを噛み締めたい。


「で、どこ行くでござるか?」
「そうッスねー…。
あ、こないだできたクレープ屋!
でもパンケーキもいいなあ」
「フッ、また子は花より団子でござるな」
「煩いッ!」


わくわくと楽しそうにするまた子の顔を見るのが好きだ。

でも、今日は胸が痛い。


「万斉、応援してね、約束ッス」
「…」
「うわっ、ちょ、何するッスかあ!?」
「一体拙者に何をしろと。
前々から相談を受けていたならまだしも、
明日告白するのに、しかも誰かも知らず、
それは協力のしようもないでござるよ」
「それはそうッスけどー!
もうっ、いいッス馬鹿っ!!」


グシャグシャに頭を撫でてやる。

また子、拙者のこと音、聞こえてないでござるよな?

本当は拙者の傍から放したくない。
だけど、また子が幸せになれるのなら、拙者はただ黙って応援するのみでござる。


───────────────…


「あ〜…」


湯船に入ると自然と声が漏れる。
落ち込んでいた気持ちも少しは元気に…ならない。

事実上の失恋だ、風呂なんかで癒えるわけがない。


「とうとうこの日が来てしまったでござるな…」


もし、フられたら、
今までの関係が壊れてしまったら、

そう思うと怖くてたまらなくて。

失いたくない、大切な幼なじみ。
また子を失うくらいなら、このまま幼馴染みとして傍に居ようと思った。

だが、いざその時が目の前に来ると。
また子がつき合うことになっても、拙者はその幸せを、
きっと心から祝って喜んでやることはできない。


「どうせ手放すなら、告白してしまえばよかったでござる」


ボチャッと音を立てて顔を湯に沈める。心ごと、ぜんぶ。

嗚呼、明日にはわかってしまう、君の好きな人。
誰なんだ、知りたい。

もしかして拙者だったり?
なわけないか、所詮幼馴染みで練習相手でござるし。

あー、誰なんでござろう、
聞きたくないけど知りたくないなんて、矛盾している。


『私の我が儘を明日だけ聞いてくれる?』


風呂から上がるとまた子からメールが着ていた。

我が儘、か。

昔、また子の我が儘と言ったらとても子供っぽいものだった。

あの風船がほしい、あのケーキが食べたい、
ジェットコースターに乗りたい、ヘアゴムが欲しい、曲弾いて…。

だが、そのすべてが愛しくて、できるものなら全て叶えてやりたい。

今はほんの少し、そんな我が儘も大人になったでござるな…。


「『少しの我が儘も拙者なら聞いてやれるでござるよ。

昔からまた子の我が儘には振り回されてきたからな』」


切ないのを押し殺して生意気に笑顔で叶えてやるでござる。


『ありがとう!助かるッス!

明日も告白予行練習させてほしいッス』
「『明日もでござるか?
まあ、構わないが。

まったく、あんまり言うと本当に本気になるでござるよ』」
『本気になってよ、練習なしで』


どうせ、この言葉も嘘なのだ。そんなことはわかってる。

でも、それでも、嘘つきな言葉でも嬉しくて。
どうしようもないくらいに好きだと、よけいに実感させられる。

好きになれよ、練習なしで。
誰よりまた子を幸せにしてみせるから。


.
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ