×また子受け

□メランコリック
1ページ/2ページ



「まーたーこーちゃんっ」
「ぎゃっ!?」
「おはようでござる」
「万斉先輩っ!脅かさないで下さいッス!」
「今日もかわいいでござる」
「なっ…」


私は現在高校一年生の来島また子。今私に話しかけて(後ろから両肩を掴んで)きたのは三年生の河上万斉先輩。

特に何かの接点があるわけじゃない。家が近い訳でも、部活が同じ訳でも、委員会とかが同じ訳でもない。
それなのに、先輩は何故か私の名前を覚えていて、私に毎回話しかけてくる。


「また子、河上先輩に惚れちゃうんじゃないのー?」
「もう惚れちゃってたりして」
「ない!絶対ないッス!!
だって私万斉先輩のこと全然知らないし」
「一目惚れってこともあるじゃん。
それにあんなぐいぐい攻められてさ、しかもかっこいいし!」
「かっこいいって、サングラスとヘッドホンでほとんど素顔見えないじゃないスか」
「でも背高いし筋肉ついててかっこいい体だしお洒落だし、絶対かっこいいよ!」
「そうそう、それに加えてあの魅惑の低音ボイス!
ギター弾きながらとか、かっこよすぎー!!」
「歌ってるときの色気はんぱないよねー!
私河上先輩の歌聴くために軽音部入ろうか悩んだもん」
「あはは、私もー!
あーっ、いいなあまた子、気に入られて」
「どーせからかわれてるだけッスよ、
先輩も私も、お互い全然知らないうちに牽かれるなんてことあるはずないでしょ」
「また子ピュアだね〜」
「うん、真面目だわ」


皆して馬鹿にして、本当憂鬱ッス!


万斉先輩は軽音部の部長を務めている。ギター、歌の技術はずば抜けていて、多様の楽器を使いこなし、作詞や作曲も手がけている。その才能は素人目にはもちろん、プロの目にも止まり、方々から声がかかっているらしい。もう就職先も決まっていて、上京するとのことだ。

でも、これは全て噂で聞いた話で、本人からは何も聞いていない。あれだけ毎日来るくせに、そういう話は、全く。

別に、気にしてもないし、ましてや拗ねてなんか居ない。ただ、やっぱりからかわれてると思うと、悔しいし憎らしい。


「また子殿」
「わっ!?
万斉先輩!だから、驚かさないで下さいッス」


たまにふざけてちゃん付けで呼ばれたりするが、基本的には殿をつけて呼ばれる。よく考えれば、こっちの方がふざけているように思えるけど、そもそもの話し方がござる口調だ。どこまでもふざけてるッス。


「すまぬ。また子殿の反応がかわいくて、つい」
「か、からかわないで下さいっ」
「ところで、また子殿。今週の日曜は開いているでござるか?」
「へ…?」


こんなことを言われるのは初めてだ。もしかして、デート??
条件反射で心臓がバクバクと鳴りだす。お、落ち着けッス、私…。


「実は、駅前のライブハウスで単独ライブをやるんでござる。ぜひ、また子殿に来てほしくて」
「…ああ」
「これ、チケット」
「どうも」


チケットを三枚受け取る。何か言おうとした先輩の言葉を遮って知らない女の声が入ってくる。きゃっきゃと先輩を取り囲んで、チケット買いました、などとアピール。くだらない。

所詮、私も客引きなんだ。別に、がっかりなんてしてない、するはずがない。
チケット代を払った方がいいかとも思ったが、何だかしゃくに障るので何も言わずにその場を立ち去る。ちらりと振り向くと、先輩はこっちも見ずに女達と楽しそうに話している。

ふざけるな。からかわないで。


「はあ…」
「どうしたの、また子。
溜め息なんて吐いて」
「憂鬱ッス」
「何で??あ、テストばっかの期間だから??」
「違うッス」
「店員が無愛想な笑顔だった?」 
「違う、購買行ってないし」
「えー、じゃあ何で?
また子今日髪もメイクもばっちりだよ」
「そうそう。今日は月曜でも、掃除当番でもないし」
「…万斉先輩」
「あー、なるほど。
何、なんかあったの?」
「今度のライブ、招待された」
「え、すごい!いいなー!!
やっぱり、また子のこと気に入ってんだよ、先輩」
「違う、やっぱりからかわれてるだけッス。
その後直ぐ私をほっといて他の子と楽しそうに話てた」


前はこんなに溜め息吐かなかったのに。高校に入ってから…万斉先輩に出会ってから、溜め息が増えた。

あの人は私を憂鬱にする。私の溜め息をつくる。


「ね、そのチケット何枚あるの?」
「三枚、たぶん、私たち三人で来れるようにだと思う」
「流石河上先輩、気が利く!」
「せっかくくれたんだし、行こうよまた子!」
「それ、あげるから2人で行ってきなよ」
「えーっ、それは流石に無理だよ、
万斉先輩はまた子に来てほしくてくれたんだもん」
「また子だって先輩の演奏好きじゃん」
「うん…」
「確かにライバル多いけど、アタックしなきゃ!」
「だから、私は別に…」


その先は何となく言わずに黙った。

所詮、なりふり構わずぶつかっていっても私には何も残らないし、何も得られない。だって、先輩は別に私が好きな訳じゃない。ただ、面白いからからかってる。それだけ。


「ばか」


あんだけ構ってくるくせに、かわいいって言ってくるくせに。誰より早く私を見つけてくれるくせに、笑顔になるくせに。何で私のことほったらかしで他の女と楽しそうにしてるッスか、たらし。思わせぶりなことしないでよ!


「きらい」


そういう軽い人、嫌い。惚れさせるだけ惚れさせて、そしたらはい、さよなら。遊ばないでほしい。

何でかっこいいの、何で優しいの、何で私のこと見つけてくれるの、何で私のこと知ってるの、だって私は何の関わりもないただの…。


「うそ」


違う、先輩が悪いんじゃない。私、私がわるい。弱虫だから。
ただひとこと、おはようございますって。ただひとこと、ありがとうございますって。ただひとこと、うれしいって。ただひとこと、万斉先輩って、呼びたいのに。

たったひとこと、──…。

そんなちょっとくらいの勇気にだって、ちっちゃくなって怖じ気づいて塞ぎ込んじゃうような私だから。だから、無理、そんなの。だから、だから…


だから、こそ、勇気を出さなきゃ。


日曜日、ライブハウス。短く話すと、いつもと違う雰囲気の先輩はギターを構えた。嗚呼、真剣な目。人を惹きつけるオーラ。クールな表情。セクシーな声。先輩が作り出す空気に、音に、魅了される。嗚呼、そうだ。これだ。

万斉先輩が私を気に入ってる?掴み所のない、モテるあの人が?何の関わりもない、私のこと?互いに何も知らないのに?

ううん、違う。

全然知らないうちに心を奪われたのは、私の方だもん。


冷やかしのつもりで見に来た学祭。何となく入った体育館。ステージの上には、この人が居て、私は一瞬でこの人の虜になった。

音楽のことなんてちっともわからないけど、夢中になって、少しも動かないで聴いていた。その時決めたんだ、この学校に入ろうって。そして、この先輩の声をもっと聴きたいって。この先輩に、もっと近づきたいって。

わっと拍手が鳴る。バックバンドが楽器を運んでいる間に客席に向かって語る。今、私はこの人に知ってもらえているんだ。


「去年の学校祭、つまり、拙者がまだ2年のとき。そこでもソロ曲を弾かせてもらった、今みたいに大勢の前で。

それで、何故だろうな、いつもは目に入らないのに、そのときは客席のある一点に目が止まったんでござる。会場の奥のほうに、ぽつんと、否、呆然と立っている一人の女の子が」


会場の女達がざわめき出す。誰だ、誰だと。

煩い、私の心臓。先輩の声が聞こえないじゃないッスか!


「その子はリズムにノるでも、手拍子をするでも、拍手すらもしなくて」


えーっ、と客席がまた騒ぐ。サングラスから透けて見える先輩の目は、どこかここではない遠くを見つめて優しく微笑んでいる。


「あの子の心には響かなかったのかと思ったが、よく見たら違う。
彼女は、泣いていた。拙者の歌を聴いて、涙を流していた。

それを見て、嬉しかったでござるなあ。結局その子は、拙者の出番が終わるまでずっと泣いていた。それで、その子が気になってライブが終わってから探したんでござるよ。

でも、居なくて、帰ったのかと思ったら、飲食スペースで大量のたこ焼きと焼きそばとお好み焼きと、デザートのケーキを広げて一人でガツガツ食らいついていたんでござる」


ドッ、と一斉に笑う。先輩も思い出したのか少し笑って、またマイクに顔を近づけた。


「でも、それがまたきれいに、美味しそうに食べるんでござるよ。幸せそうだったでござるなあ、あの子。
声をかけようか悩んでいたら、彼女の友人2人が、拙者の話をしだして。

嬉しいことに、かっこよかった、とか、いい歌だった、とか言ってくれて。その2人が彼女に話をふったんでござる。ずっと泣いてたけど、どうだった、って。そしたら彼女は──何て言ったと思う?」

「泣いたときのことなんてもう忘れた、って。
それで、また幸せそうに食べ始めるの」


観客が爆笑する。まさに花より団子、のその女。でも、素直じゃないだけなんだ、本当は。忘れるわけがない、食べてるときも、ずっと。


「そのとき、拙者思ったんでござる。

ああ、次聴かせるときは彼女を泣かせるんじゃなくて幸せにしよう、って」


ピュウッとからかう口笛とともに、賞賛し盛り上がった拍手。
会場の熱が上昇するのに比例して私も暑くなり顔が赤くなっていく。

拍手を存分に浴びた先輩がギターを構え直し、バックバンドが整ったことをちらりと確認してから再びマイクに向かって話す。


「これから歌う曲は、その時の彼女をイメージして作った歌でござる。
今度は忘れられないために、泣かせるんじゃなくて幸せにする曲」


ワッと期待の声を上げ盛り上がる会場のなか、一人棒立ちの私とステージ上の先輩の目が合う。そのまま、見たことのないほど優しく艶っぽい笑顔で告げられる曲名。


「 紅い弾丸 」


先輩のばか。こんなの、幸せすぎる。また泣いちゃうじゃないッスか。



溺れたいの、あなたが私に与える、愛しのメランコリーに。


メ ラ ン コ リ ッ ク
 あなたのくれるすべてがしい


.
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ