×また子受け

□天性ノ弱虫
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『僕がずっと前から思ってることを話そうか。
楽しかったよ、君といた時間は。友達に戻れたら、それだけでかまわない。

嘘つきの僕が吐いた、反対言葉のアイノウタ──』


午前11時9分、晴れ。

いくつか浮かぶ雲の切れ間から光が射し込む。ああイヤだな、傘でも差して出かけようか。

今日は、呆れるほどの晴天だ。


 


「あー、いい天気ッス」


午後になった途端降り出した雨は土砂降りになり、私が持ってきた傘は代わりに雨に濡れてくれる。
今日は特に予定はなく、だけど家にいると余計なことを考えるからぶらぶらと街を歩いた。

今何してんのかな、別にどうでもいいけど。私は毎日暇で一日満喫してるっつの、お前のこと何てこれっぽっちも考えてなんかないからな。強がってなんかない、私はもうお前のことなんてどうでもいい。いや、でもちょっと本当は───なんて、ね。

視界の端にギターケースを背負った人が入る。何のギターだろ、でも形が違うな。雨の中持ってたらまずいッスよ、ああ、だから走ってるのか。ギターのことなんて何も知らなかったのに、何目で追っちゃってるんだろう。別にアイツの影響じゃない、ただ何となく、何となく気になっただけ。あれからイヤホンをつけていない。それだって別に、聞きたい曲がなくなったからッス。だって、そこらのCD聞くよりあいつの歌聞いてた方が…ああ、何考えてんだろう、私。もう、頭ん中がぐるぐるでわけわかんない。


「あー、疲れた」


今日も一日長かった。前もこんなに長かったっけ?前はもっとこう、あっと言う間で…そう、お風呂からあがったらあいつが髪を乾かしてくれて、あいつの歌を聞いて、抱きしめてくれて、一緒に寝て。


「…うそつき」


死ぬまで愛してるって、言ったのに。この両手一杯に抱えても零れてしまうほどもらった愛はどこに捨てればいい?ああ、零れそうなほどもらったからなくなってしまったのか。このお湯みたいに、するすると指の間を零れ落ちて。

「うそつきっ」


終わりが来るものなら、
限りのある消耗品なら、愛なんていらないよっ…!


「ばか、」


私がずっと前から思ってること、教えてやろうか。この感情が何かはわからないのに、言葉だけはもうずっと見えてるんだ。


「いま何してるの?」


どこで、何をして、誰といて、何を思っているの?
私が知らないことがあると思うだけで気が狂いそうなほどの激情に襲われる。

ぶら下がったこの感情が綺麗なのか汚いのか、私にはまだわからなくて、
この感情を捨てられるだけの勇気もなく、宛もない。

アンタの言葉の裏の裏が見えるまで待つからさ、
ねぇ、もう一度──

待つくらいなら、いいじゃんか。

あー、くだらな。何言ってんだろ、私。ばかみたい。
思考を遮断したくてラジオをつける。だけどそれが間違いだった、そのまま眠ってしまえばよかったんだ。


「今日のゲストは今人気急上昇中のこの方!」


あ、と思ったときはもう遅かった。聞こえてくる声。聞き慣れた話し方、ついこの間までは、私が誰よりも一番傍で聞いていたのに。

───本当に有名になっちゃった。

あの頃はまだ“夢”でしかなくて。だけどアイツはそれを叶えるために毎日がんばってた。私はアイツの歌が好きだった。がんばる姿が好きだった。一緒にいられたあの日々が、好きだった。

何だよ、別れたらすぐ人気になりやがって。私が疫病神だったってこと?


「私だけかよ…」


立ち止まらずに、振り返りもしないで進んでいくアンタと、
忘れられずにいつまでも立ち止まったままの私。

一緒に成長して、一緒に笑って、一緒に生きてきたのに、
いつの間にかこんなに離れてしまった。手の届かないところへ行ってしまった。

いや、私が勝手に止まったから距離ができてしまったのかな?
ねえ、縮まらないこの“スキ”を何で埋めればいい?

ばたん、とベッドに倒れ込む。何だか視界が歪んできたから、両手で目を覆った。

本当はわかってた。あのとき、私が一言、言えばよかったんだと。あのとき素直になれば、アイツはきっと、私の傍にいてくれた。それなのに私は、まだ素直になれない。ほんと、ばかだなあ…私は、


「天性の、弱虫だ…っ」


この両手から零れそうなほどの愛を誰に譲ればいい?
そんなん、どこにも宛てなんかあるわけないだろっ!!

目から涙がぼろぼろと零れていく。零れてもまたすぐ溜まって、なくなることはない。ああもう、むかつく。
苛立ちに任せて電源ボタンを押す。すると、アイツの声は聞こえなくなった。


「…どっか行こ」


適当にスニーカーに足を突っ込んで、玄関の鍵をかけた。


「えーっ、今回の新曲は失恋曲なんですね。
まだ思いを捨てきれない女の子の気持ちを歌ったとか」
「実は、拙者の元カノがモデルになっていて。素直じゃなくて、意地っ張りな人だったんですよ」
「つんぽさんも実はその人が忘れられてなかったり?」
「拙者の夢を応援してくれていたから、報告くらいはしたいですね。何て、声聞くための口実で、拙者が弱虫なのかもしれんな」
「若いですねぇ。彼女さん聞いてるかもしれませんよ!?」
「はは、どうだか。
拙者の話はあまり信じない方がいいですよ」
「え!?今の嘘だったんですか?
うーん、お噂通り読めない人ですね。

それでは聞いていただきましょう、明日発売の新曲、つんぽさんで──」





(ねえ、私、まだ待つよ、待ってるよ)
(…もういいかい)

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