×また子受け

□Lost
1ページ/2ページ


窓を開けると爽やかな風が吹き込んできた。冷たい空気を胸一杯満たし、雲一つない青空を見上げる。この生活にも慣れてきたな…。

久しぶりの休みだ、何しよう。カレンダーに目をやる。今日は…。
あ…今日って───。


数年前に長きに続いた攘夷志士と幕府との戦いは終結し、次々に攘夷派閥は解散、もしくは新しい事業を始めた。鬼兵隊もその中の一つで、呆気なく解散してしまった。
晋助様は旅に行かれて、その後一度もそのお姿を見ていない。

晋助様は気がつけば居なくなっていて、私達は何の名残もなく解散した。攘夷志士は皆逮捕かと思いきや、何も起こさずにいれば時効にしてくれるという。主君を失った私には反乱を起こす気もなく、今はもう時効が成立した。もちろん反乱を起こした奴も居たのかもしれないけど、私の知ったことじゃないし、興味もない。

鬼兵隊がなくなって直ぐは大変だった。仕事もなければ住むところもない戦うこと以外何もできない。条件反射でつい警察からは逃げてしまうし、直ぐに銃を発砲しそうになる。そもそも、私のシンボルマークであった当時の服装自体がこれから生きていく“日常”にはあまりにそぐわないものだった。

とりあえず金だけはあったので、武市先輩に家の買い方や家事、買い物の場所や仕方など所謂一般常識とやらを叩き込んでもらって、衣食住には困らなかった。
しかし働かなければいつか金は尽きてしまう。何個も仕事を転々としながら何となく生きてきた。それが何となく一つの仕事に落ち着いていって、家事も一人で生きていく分には困らなくなった。


「結構うまくできたな。
いただきまッス」


何より、日の光を浴びて風を感じて生きるのが日常となった。昔からは考えられない。何か不満があるわけでもない。強いて言うなら昔は動き足りなかったが、今はそんなこともなくなった。ただ、時々ふと昔を思い出しては楽しかったなと思う。私が最初の職場についてすぐ武市先輩もどこかへと行ってしまい、今は喧嘩相手すら居ない。退屈だ。


「洗濯物もそんなにでてないッスね…」


朝食をとり食器を片して洗濯物を干し掃除をする。どれもこれもすっかりと体に染み着いてあっという間に終わっていく。そもそも一人暮らしの洗濯物なんて量が少なく、仕事仕事で部屋に居ることもそうないし、居ても飲んだくれて寝るだけなので大して散らかってもいない。トイレと風呂掃除もやっておくか。そしたら昼は何を食べよう…。

昔はトイレも風呂も自分で掃除したことなんかなかった。料理だってしたことなかったし、部屋はいつもとっちらかっていた。当時の私は一体何をして日々過ごしていたのだろう。それなりに多忙で、スリルがあって、そして満たされていたはずだけど。ああ、そういえば私は毎日バスタブに湯を張ってたけど、あの人の部屋にはシャワーしかなかったな。シャワー派だからとかいって。そうだ、あの頃は時間があるとよく部屋に入り浸って色んな曲を聞かせてもらった。それでたまに地球に連れてってもらって、二人で色んなところに行って、色んなものを食べて…楽しかった。

あの年のこの日は喧嘩したなあ。せっかく私が慣れないケーキ作り何てして、プレゼントもばっちり用意して、あの人の部屋でお洒落して待ってたのに、日が変わっても帰ってこなくて。その日は表の仕事で、あの女のレコーディングにつき合ってたとか。それに余計むっとしちゃって、暫く口利かなかったなあ。私の誕生日とか記念日とかはちゃんと間に合わせる癖に、自分の誕生日は忘れちゃうんだから、仕方ない人だ。それでも毎年必ず喜んでくれるから、私も毎年毎年この時期はせっせと準備して、驚かしてやろうと頑張って、それで当日はたくさん二人で居て。楽しかったな、本当、幸せだった。今年は──


「っ…あっ、お湯溢れてる!!」


ぽろりと零れたものを拭って浴槽へ駆けていく。

いつからだろう、5月20日の今日この日、何もしなくなったのは。いつからだろう、ただ何となく時間を浪費するようになったのは。
それは君が居なくなった日からだよ。それは何をやっても虚しくて、楽しくないからだよ。
何故だろう、君が居なくなったのは。何故だろう、毎日がつまらないのは。
あと、たった数ヶ月。たった数ヶ月、長く生きてくれていたなら、私達はきっと今も二人で、そう、まさに今日なんか、慣れないケーキ作りに奮闘して、あの人の好きな物いっぱい作って、それでプレゼント渡して抱き合って───そう、たった数ヶ月、生きていてくれたなら、私はきっと今も笑えたのに。


「あっ、やばっ、焦げるっ」


ケーキだけは、あれから一度も作っていない。


 Lost
(それでも私は生きていく)
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ