【Not Joke】

□Out of Darkness
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夜闇に沈んだ町。

歩く影は一つ。

人通りが少ないのが救いだった。

扉の前に立って、足でぞんざいに開く。

喧しい音楽と、赤や緑のチカチカする光が一瞬外に漏れ出す。

店内では派手な服を着た大勢の男女が、騒ぎながらリズムに合わせて踊っていた。

ー笑える。

胸の中で呟いてステージに向かう。

「お待ちを」

呼び止めたのは黒いベストを着た色黒の男性。

この店の用心棒だが、受付も兼ねているらしい。

「当店では未成年の入場を禁止しております。
身分証明書の提示にご協力を」

「身分証ね」

目深に被ったフードの下の口は笑みを浮かべていた。

「これでいいか?」

掴んで取り出したのは、剣。

驚いて目を見開いた男性の目に、これまでとは違う色が映った。

『どうしてここが…』

目の中が真っ黒に染まり、大きく口を開く。

その容貌は人間とは言い難い。

掴みかかられる前に、剣を大きく薙ぎ払ってあしらう。

腹から真横に斬られ、上半身が床に落ちた。

鮮血を噴き出しながら、しばしあって下半身も膝を着くように床に倒れる。

音楽が止んだ。

無数の目が彼に向けられる。

店内の全ての人間がそうだった。

目の中は黒く染まり、オオカミのように口が大きく縦に裂けた。

襲いかかってきた狂気に、彼は静かに身構えた。






昨夜未明、違法レイブ会場にて、惨殺事件が発生した。

店内にいた客から従業員にいたるまで、一人残らず、まるでステーキのように身体を両断されていたとのことだ。

犯人は未だ見つかっておらず、警察も市民への目撃情報の提供を要請している。

新聞の一面を彩った事件に、クレドは激怒した。

心ない犯罪にではない。

彼が怒りを感じている理由は、大勢の罪のない人間の命が犠牲になったからではない。

我慢ならず、目の前で無関心に椅子にだれている彼に怒鳴りつけた。

「いくらなんでもやり過ぎだ!」

他の誰かが相手だったら、畏怖を感じさせ、謝罪の言葉を聞くことができただろう。

だが、彼は普通とは違った。

ネロと言う青年は、騎士団の中でも飛びぬけて秀でた腕を持つが、それに相対して、素行、人間関係は非常に悪かった。

今この時も例外なく、目上であるクレドを前にしても、尚も椅子に立膝のまま座り続け、蝿を払うようにうっとおしそうに言った。

「睡眠薬でも飲ませてから一人ずつ殺れってか?バレないように死体を海に突き落とせって?」

「そういうことではない!真剣に話を聞け!」

声を張ると、少し黙るが、依然として反抗的な態度は変わらない。

「お前は人の命を何だと思っている」

「悪魔を退治してこいと言ったのはあんただろ」

「ああそうだ。だが、彼らは元は人間だ。
お前はそれをまるで考えていない。人の尊厳を無視している!」

「奴らは肉体の自由と共に人間性も失ってる。尊厳もクソもあるかよ」

「いいか」

未だ反抗的なネロに、感情を押し殺して言った。

「確かに彼らは悪魔に憑かれ、我々は強行的な手段を取らざるを得なかった。
…人の心にとりついた悪魔は、やがて肉体をも犯し、最後には取り返しのつかない悪事を働く。
それは必ずしも罪のない人間や、未来のある人間、無垢な子供まで犠牲にする。
そうなる前に、排除しなければならない。
悪魔の犠牲を増やさないために。
そして、憑かれた者の魂も、それ以上悪魔に弄ばれることのないようにだ!
それを考えず、ただ人の体を切り裂くだけの行為は、悪魔となんら変わりは無い!」

彼らは被害者なのだ。

望んで悪魔に身を捧げた者など、おそらく一人もいない。

悪魔そのものに近い状態だったとはいえど、その前提を忘れてしまえば凶行でしかないのだ。

ネロがこの役回りになったのは、彼の意志とは関係ない。

理不尽に汚れ役を押し付けたのは教団側だ。

仕事に対して積極的でない理由も気持ちも分かる。

しかし、無事悪魔を殺し一件落着、そんな風に単純に思って欲しくないのだ。

確かに思い詰めすぎれば剣が鈍り、自分の命が危うくなる。

だが、保身のために無関心になってはいけないし、それに慣れてはいけない。

止むを得ず命を絶ってしまった彼らにも、未来があり、家族があり、幸せがあったはずなのだから。

ネロは何も言わず、しかし燻ぶる反抗心を抑えきれない様子で、舌打ちをかましてから、足並み荒く部屋を出て行った。

クレドは追わなかった。

考えを言いたかったが、どう言えばネロが納得するか考え、そして叶わないと理解したからだ。

ふてぶてしく紙面に目を戻し、腰を下ろす。

ドアが開く音がして、キリエがやってきた。

「また喧嘩したの?」

「いいや」

新聞をたたみ、キリエの目の届かないよう引き出しにしまう。

キリエは今の話の内容を訊いても、クレドが教えないことを理解しているらしく、何も詮索はしなかった。

ただ、穏やかに

「兄さんのことだから、ネロのことで心配なことがあるのね。
でも、大丈夫だから」

無気力に置いた手の上に、自分の手を重ねた。

「ネロは、兄さんが思ってるより、素直で、人の気持ちが分かる人なの。
だからね、本当は兄さんの言いたいことも、ずっと前から自分で分かってると思うわ」

「そうだといいが…」

「そうよ。絶対に大丈夫。」

具体的な話は分からないはずだが、キリエは確信しているようだった。

そんな優しい妹の気持ちに応え、クレドもまた彼を信じてみようという気になるのは、今回に限った話ではない。








事件現場の前には、泣きじゃくる遺族や、凄惨な事件に心を痛めた人々で人だかりができている。

その様を堂々とカメラに納める記者たちを押しのけ、人だかりをすり抜けてその先頭に出た。

異質な風貌の彼は、片手に持った花束を、すでにいくつかの贈り物があるその場所にそっと置いた。

膝を着いたまましばらく動かなかったが、やがて、立ち上がりその場所から身を引く。

「遺族の方ですか?」

気付いた記者がマイクを持って向かってきたが、無視して歩いた。

追悼の声たちを後ろに聞きながら、何も言わずに立ち去る。

空を見上げると、日の目が雲の切れ間から降り注いでいた。

胸の中にあり続けた暗闇を、打ち払うかのように。




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今回は、ネロ騎士団時代を題材にシリアスを書いてみました。
前回がすんごい暗かった気がしたので、少し明るめにしたのですが、伝わりましたでしょうか?
よく他サイトさまで汚れ仕事に苦悩したり号泣するネロを見つけて、キュンときてしまったりしていたのですが、まあ…同じような話を書いても…ね。読者様も飽きてしまうでしょうし…ね。(という言い訳。本当はうまいオチが見つからないから(苦))
なのでちょっと趣向をこらして、達観しちゃってるネロにしてみました。
無感情に殺ってるように見えるけど、本当は被害者のこともちゃんと分かってるよ。大丈夫だよちゃんと。みたいな…ね。
読んで頂きありがとうございました。

2015/11/3


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