秘密の二人
□毛根の死滅
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やがて屯所では無事に“鬼くだし”が完成し、山南さんは自分の体の中にある羅刹の毒だけが抜けることを願いそれを飲むことになった。
「良いのかよ総司」
「何が?左之さん」
「千鶴、山南さんに副作用が消えるまではずーっと付きっきりになるんだろ?」
「別に僕がどうこう言うことじゃないし…本人がやるって言ってるから良いんじゃない?」
「だけどよ…」
「もう!煩いなぁ!別に僕は何も思ってないし!!僕の小姓っていうのも表向きの理由で実際は僕の部屋に転がり込んだ邪魔な居候みたいなもんだから山南さんについている間は部屋も広々使えるし、ホント目障りなあの子が居なくて清々するよ!」
「…総司」
左之さんの僕の心情を察した言葉が煩わしくなって、思わず思っていないことまで声を荒げて言ってしまった。それをいつから聞いていたのか一くんが僕の名前を諌めるように背後から呼んだ。
「…何?」
一くんの方に振り返ると、彼の黒い着物の影に隠れるように千鶴ちゃんが立っていて、僕が振り返った瞬間ビクンと更に隠れながら震えていた。
さっきの言葉を聞かれてしまった。
内心、気持ちは焦り、慌てているけど、彼女と二人きりならともかく、周囲には成り行きを見ている左之さんや一くんが居るから素直にすぐ“さっきのは違うよ”と弁解の言葉も出てこない。
今、何て言えばいい…?いつもみたいに冗談だよって言ったら君は笑ってくれるのかな?
「そろそろ山南さんが薬を飲む時間だ。行くぞ」
考えても答えが見つからない。時間切れだと言わんばかりに一くんがそう言うと事情を知る幹部は山南さんの部屋に移動した。
“さっきのは冗談だよ”
“何か困ったことがあれば僕を呼んで”
“無茶したら駄目だよ”
一月もの間、山南さんの傍から離れなくなる千鶴ちゃんに言いたい言葉が浮かんでは伝えられずに消えていく。
「これが“鬼くだし”ですか…」
薫から差し出された妙な色の薬を山南さんは受け取りまじまじと見つめた。
「あまり人間が飲んだ…という記録はないからあくまで推測なんだけど、ひどい副作用は身体が丈夫な鬼は腹を下す程度で済んでいると考えると…人の身体で飲めば腹を下す腹痛以前に全身に痛みが発生し気を失うかもしれない。一度気を失うと副作用の消える一月は目覚めないかもしれない。それだと…」
「成程。羅刹の毒が抜けたとしても一月意識不明で眠ってしまうと体は駄目になってしまいますね」
「山南総長…だから絶対に飲んでも気を失わないでください」
真面目な顔で薫がそう言うと入れ違うように笑顔で千鶴ちゃんは山南さんに言った。
「大丈夫です!私が山南さんを副作用からお守りします!一月、よろしくお願いします」
「…こちらこそ…頼みますね」
千鶴ちゃんの言葉に緊張が解けたような優しい微笑みを返した山南さんはその薬を一気に飲み干した。
座る山南さんに寄り添いお腹を擦っている彼女は副作用から守るためだとはわかっているのに面白くない光景で、僕は前川邸を振り返らずに出て行った。
僕は結局何も伝えられないまま、千鶴ちゃんに全く会うことのない毎日を過ごすようになった。