恋模様

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夏のおとずれと共に、髪を切った。

本当にいいの?て、美容師さんに三回確認されるほど短く、ショートヘアーに。
部活ってものがなくなってからは縛る必要もなくておろしてたけど、やっぱり邪魔だし。
かといって縛るのもなんだか煩わしくなってきて、切ってみるのもありかなと。
楽そうだし。

そりゃあもう驚かれましたとも。
顔を合わせる度に面々からお前誰だと。


そんな私のショートヘアーも馴染んできた、とある暑い昼休み。
七月の、夏休みが近付いてきた日のことだった。


「葵!」

「何?」


話しかけてきたのは、短髪でさわやかな笑顔が印象的な今どき珍しい好青年。
男子の中では一番仲良くなったクラスメートの田中君だ。
他の男子は、何というかあまり話しかけてこない。呼び方も”さん”付けだし。
目立ちたくないからと最初に遠ざけたのが影響しているのかも。

田中君は私の前の席の椅子に跨って、わくわくと話しかけてきた。


「なぁ、バスケ部のインターハイの応援行かない?」


鼓動が一度大きくなる。
ほんの少し反応を遅らせながら、つい聞き返した。


「え…バスケ部?」

「うん。うちの学校じゃないけど、俺の友達出るんだよ。一緒に行かない?」

「っ」


一瞬息が詰まった。
頭をよぎるのは六人の同級生。

せっかくの誘い、できれば断りたくはないんだけど…


「…あー…ごめん、私はいいや」

「なんで?行こうよ。葵ってバスケ部だったんでしょ?知ってるやつとかいるんじゃねーの?」

「うん…でも、ごめんね。夏休みほとんどバイト入れちゃったし」


行く勇気が、出なかった。

私の中に帝光バスケ部はない。
なんて思いつつ、目の前に迫ってこれば、避けようとする。


「……。葵ってさぁ、あんまり中学の頃の話とかしないよね」

「っそ、そうかな」

「大抵濁らせられるっつーか…昔の話とかなると、さらっと終わらせられる感じ」

「あー…そんなつもりは、ないんだけど…」

「何かあったの?」

「……」


私は何も言えず、俯いた。
何もないよとか、適当に楽しかった思い出とか、話せばいいかもしれないけど、どうせわざと感が伝わって終わるんだろうなーと思って、何も答えなかった。


「まぁ、言いたくないなら無理には聞かないけど」

「…ごめん」


田中君のそんな言葉に救われる。
でも…完全に壁作ってるよね、これ。
申し訳なくて頭が上がらない。
そしたら、田中君から私の顔を覗き込んできた。


「でもさぁ…、ちょーっと、寂しいかなぁーなんて」

「っ…」


上目遣いで私を見る田中君は、そう言って無邪気に歯を見せた。

私が作ってしまった壁。
壊そうとするんじゃなくて、越えようともするんじゃなくて、
風のようにすり抜けてくる。
そんな気がした。


「…本当にごめん。別に隠してるとかじゃないんだけど…あまりいい思い出じゃないところがあって…。思い出したくないっていうか…そんな話しても面白くないし…」

「そっか。じゃあ、何も聞かない」

「ごめんね」

「いーよ。その分いい思い出、俺と作ってくれれば」

「えっ」

「よろしくー」


またニコニコと笑う田中君。
その笑顔を見ていると、なんだかすごくホッとする。心が軽くなる。
こちらまで笑顔になってしまう。

一緒にいるのが、すごく楽だなぁ。



 
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