アオハルデイズ

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春と呼ぶにはもう暑く、夏と呼ぶにはまだ涼しい、そんな時期。

海常高校バスケ部の体育館で、話しているのは黄瀬と、そのクラスメート。


「はぁーっ。今日の練習終わったらようやく明日はオフか」


体育館の壁を背に、クラスメートの男子はパタパタとTシャツを仰ぐ。
涼しい朝と言えど、激しく身体を動かす彼らには真夏のような暑さだ。


「終わったらって、まだ朝練じゃないっスか」


その横で、呆れ半分に黄瀬も一息つく。


「まぁ。で、黄瀬明日の予定は?」

「明日はデートが終わったら撮影の予定〜」

「デー…またかよお前…相変わらずギャラリーもすげーし。ちったぁ分けろ」

「しょーがないでしょー?何もしなくても寄って来るんスから」

「うっぜ!マジうっぜ!!」


クラスメートの吐き捨てるような言葉は、黄瀬の耳に入ったのかどうか。彼は涼しい顔をしていた。
体育館の入り口付近は、朝だというのにたくさんの女子。
すると恨めしそうにその集団を眺めていたクラスメートが、あることに気付く。


「あれ、でも見慣れない子いるな…」

「え、どれ?」

「ほらあの隅にいる長い黒髪の…」


クラスメートが、女子の集団から離れた所で一人座り込む女子生徒を指差した。
その指の先を視線で追った黄瀬は、途端に目を輝かせた。


「うっわ!超可愛い激タイプ!!」

「…確かにめちゃくちゃ可愛いな。清純タイプだ」

「やべ…マジで可愛い」

「…でもなんつーか、黄瀬には全く興味なさそうだな」

「え?」

「だって本読んでるし。見物に来てるわけじゃなさそ…って、笠松先輩?」

「笠松先輩が寄ってった!まさか知り合い?うわ羨ましー」

「なんか親しげ…つか…弁当渡した!?」

「うっそでしょー!?まさか笠松先輩ファン!?」


二人が驚きを隠せないでいる中、女の子は笠松に弁当を渡すとすぐに体育館から姿を消した。
特に表情も変えない笠松に黄瀬が近寄る。


「笠松せんぱ〜い、誰っスか今の女の子。超可愛いじゃないっスかぁ」

「あ?」

「俺にも後で紹介してくださいよぉ」

「お前には死んでもしねぇ!!!」

「うっ…」


軽いノリで声かけた黄瀬に、ものすごい殺気で返事をした笠松。
あまりの気迫に気圧された黄瀬は一歩たじろき、その肩を森山がポンっと叩いた。


「やめとけよあの子だけは。俺も昔何も知らず近付いたらひでー目に遭ったから」

「森山先輩、知ってるんスか?あの子のこと」

「お前らと同じ一年だぜ。笠松葵ちゃん」

「え…」

「我らがキャプテン、笠松幸男の妹だよ」

「「ぇええ!?」」


体育館に二人の声が鳴り響いた。
続いて口々にとても血の繋がりがあるようには思えないだの、勿体ないだの好き勝手言い出すと案の定、黄瀬の背中に跳び蹴りが。
その勢いで黄瀬は床に倒れこんだ。


「ぐはっ…いってーっスよ笠松先輩!つかなんで俺だけ…」

「うるせーお前が一番ムカつく。つかさっさと練習しろ!」

「ちょっ…!」


「…大丈夫?黄瀬君」

「!?」


突如表れた女の子の声に、見上げるとさっき目にした女子生徒、出て行ったはずの笠松の妹が自分を見下ろしていた。
クールで、物静かな口調に似合った静閑な顔立ちの少女。

このとき、なぜだか黄瀬の心臓が一度大きく跳ねた。


「ごめんね、乱暴な兄で」

「…え、…あ…いや……」

「葵そいつの心配は無用だ」

「幸兄、だめだよモデルさんの体に傷作っちゃ」

「なぁにがモデルだ!…つか、どうしたんだよまだ何か用か?」

「うん。電子辞書忘れちゃって…貸してくれない?一時間目なんだけど」

「あ…悪ィ、貸してやりたいけど一時間目は俺も使うから無理だ」

「そっか…」


肩を落とす葵を見て、黄瀬がはいはい!と元気よく立ち上がった。


「一時間目なら俺貸してあげるっスよ」

「ホントに?」

「うん。あとで届けるからクラス教え…」

「どさくさに紛れてクラス聞き出そうとしてんじゃねぇ!!」

「いてっ!」


ここでまた、幸男の拳が腹に入る。
そんな二人を見て葵はクスッと笑いをこぼした。


「ありがとう黄瀬君。HR終わったら取りに行くね」

「あ…」


なんかあっけない。
黄瀬がそう思ったときにはもう、葵は背を向けて外へ行ってしまっていた。
けど最後に見せた微笑み顔。それがやけに脳裏に焼きついた。


 
 

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