love...!

□07
1ページ/1ページ

「征ちゃん、空いてる部屋使っていい?」
いつものように夕食を終え、一息ついている僕に帆稜が尋ねた。
「何に使うんだ」
「お部屋を片付けるから、一時的な物置として」
「構わない」
「やったぁ、ありがとう!」
僕の生活に支障が出るような事ではないので許可すると、彼女は飛び跳ねて自室に戻っていった。
×××
先日、父がこの部屋を購入してくれた。この部屋は最上階にあるのだが、最上階には部屋は僕達の部屋のみで、残りのスペースは屋上庭園となっている。父は最上階を丸ごと購入したため、ガーデニングなども自由に出来る。
この事を彼女に話すと、彼女は分からなかったような素振りを見せた後、いたずらっ子のような笑みを浮かべた。そして、先程の質問をぶっかけてきたのだ。ああ、部屋で何かするのかな。
だが、その日以来彼女は食事と入浴、学校以外で部屋から出ることはなくなった。一度彼女の部屋を覗こうと試みたが、鍵がかかっていて不可能だった。彼女に明け渡した余りの部屋は、物置になっていた。
ただ、気になる事があった。彼女の指には、必ず絵の具が付いていたのだ。時には赤、時には緑やピンク。黄色の時もあった。そして、彼女の衣類からはインクの匂いがしたのだ。
ただ、経験上彼女の言動にいちいち付き合っていると、果てしなく面倒になることは分かっていた。なので僕は、彼女を放置しておいた。そして僕自身はなるべく普段通りの生活を心掛けた。
×××
彼女に部屋を明け渡して二週間目。いつも通り僕が帰宅すると、帆稜が飛びついてきた。
「おかえり、征ちゃん!ただいまは?」
「……ただいま」
「ちょっと来て!」
手を引かれるまま、彼女の部屋の前に来た。
「完成しました!じゃじゃーん」
帆稜が扉を開ける。
驚いた。彼女の部屋は海になっていたのだ。
元々青い壁の部屋だったのだが、魚を壁に描き、床は海底の砂の模様。天井は海面から差し込む太陽の光を表現している。その一つ一つが本物そっくりで、本当に海の中にいるような錯覚さえ覚える。
「帆稜が描いたのか?」
「もちろん!」
大変だったんだよー、と続ける彼女。
「カーテンも魚の柄にしてみたし、床とか、一回描いてからコーティングしたんだ!」
見ればベッドカバーや枕、椅子のクッションなども、周りに溶け込むように模様替えされていた。あまりにも美しい景観に、思わず見とれてしまう。
「征ちゃん、どう?」
「綺麗だ」
純粋に気持ちを述べる。
「とても美しい」
「良かったぁ!けなされるかと思った」
けなすだなんて、僕はそんなに非情な人間ではない。
「さ、ご飯ご飯」
そう言うと彼女は、スキップしながら部屋を出ていった。
……まだ夕飯、作ってないんだけどな。
今日はパスタでいいかな、なんて考えながら、部屋の電気を消す。部屋を振り返って、目を見開いた。
夜光塗料で壁や天井、床一面に描かれていたのは、数えきれない程の色とりどりな星。ちゃんと北の方角に北極星があり、海とはまた違った美しさだった。
×××
「征ちゃんの部屋、ジャングルにしていい?」
「全力で断る」
「えー?ノリ悪ぅ!」
ぶぅ、と頬を膨らませる帆稜。不本意ながら、この生物が少し可愛らしく見える。額に手を当てる。35.8度。平熱だ。今日の夕食は春野菜のパスタ。
「美味しいねぇ」
「不味い物は作らない」
「征ちゃんのご飯、大好き」
「……ああ、そう」
何故か心拍数が1回/分だけ上がる。もやもやした気分を晴らそうと、大きくため息をついた。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ