泥沼の脆い花

□出会い、
1ページ/1ページ

“運動も出来るし頭も良いし、優等生のモテる男子がいるらしい”。そんな噂に踊らされる馬鹿が、昼休みにクラスに来る。まぁ、確かにそれは俺だけど。表面的には優等生だけど。喧騒を無理やり押しのけ、逃げるように屋上に向かう。うるせぇ。しんどい。面倒くせぇ。
屋上の扉を開くと、生ぬるい風が頬を霞める。屋上に女の幽霊が出るという噂もこれまた有名で、屋上には人は来ない。一人でいられる、唯一の場所。
のはずだったのだが。
「……誰?」
「あ?」
梯子を登った先のスペースに、女がいた。
「てめぇこそ誰だよ」
「聞かれたら最初に名乗んなよ」
「花宮真だけど」
梯子を登ると、女はフェンスに寄りかかって空を見上げていた。特にこちらを気にする様子もないし、興味もなさそう。染め上げた茶髪をだらしなく下ろし、
「ああ、例の優等生さんね」
「てめぇは……?」
「井上悠貴」
井上悠貴。聞いたことがある。
「“双葉の鬼”か?」
「そう、元ヤンの」
それは伝説にも近いほど有名すぎる話だった。一人で二十人やったとか、大学生を倒したとか、そういう意味で有名な話。双葉中の茶髪の女子が、そこら中の不良をぼこぼこにしたって噂。
「噂は全部本当だよ。確かに元ヤンだし、強いかな。……で?何?用がないなら帰ってくんない」
「はぁ?」
「優等生が絡んじゃ駄目な相手だと思うよ」
井上の目はこちらへは向けられず、ただただ空の一点を見つめていた。
あれ、何だろう。ぞわぞわするような、この感じ。
「……おもしれぇな」
「はぁ?」
「面白いわ、お前」
井上が初めてこちらを向いた。二重瞼で茶髪、そして何より目を引いたのは、目元の大きな傷。傷がなければ、純粋に綺麗なんだろうと思った。
髪がふわりと揺れている。
「そんだけ?」
「悪いかよ」
「別に」
俺の昼飯のことだ。ウイダーゼリーとカロリーメイト。食欲がねぇんだよな。
「花宮、友達いないの?」
「逃げてんだよ、先輩から」
噂のせいだ。誰だ、本当に。流した奴。
「お前はどうなんだよ?」
「別に。いらないし、そもそも」
井上はでっかいため息をついた。
「寄って来ないし」
元ヤンだし、と呟いた彼女は、伸びをしながらパンのゴミを投げ捨てた。納得がいくようないかないような、そんな答えだった。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ