泥沼の脆い花

□学び、
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悠貴は下から12番目。ザキと原は同率で下から14番目。古橋はちょうど真ん中。俺が首席で瀬戸が二番目。
「花宮、こうしよう。原とザキは俺と古橋が教えるから、花宮は井上とやれ」
そう言う瀬戸の隣で原が笑いを堪えてるのが気にくわない。小さく頷くと、原がヒューヒューと騒いだ。
俺が他人を家に連れてきたのがよほど珍しかったのか、在宅中の母親はきゃあきゃあ言ってた。無視して広めの自室に六人で入ったが、さすがに息苦しいものがある。いつだったか、お菓子で釣って悠貴を部屋に連れ込んだ時は母はいなかったな。新鮮なんだろう。なんだかそわそわしているので、仕事を与えようと思う。
「母さん、なんか食いもんとお茶お願い」
母さんは笑顔でクッキーとミルクティーを持ってきた。大量にクッキーを掴んだ悠貴をひっぱたき、まずは数学基礎から叩き込ませることにした。
「……何でそこ足すんだよ。引けよ」
「意味分かんない!どうやったらこんな式になる訳?」
「知るか。さっさと解け」
「……何の公式使えばいいの?」
中学校三年生の範囲である。
喧嘩に明け暮れ、勉強なんてろくにしてこなかった悠貴が何故この高校に進学出来たか?そんなん分かる訳ない。高二なら三平方の定理くらい出来るだろうと。無理だった。俺は思い込みは良くないことを知った。
原とザキは静かに問題を解いている。うらやましいわ。
「花宮ぁ、分かんない」
「さっき教えただろ」
「いやだから、私は物分かりが良くないのー。ちゃんと最後まで頑張りましょう!」
「お前が言うか」
シャーペン片手に、基礎問題を一問五分のスローペースで解かせる。目を離すとクッキーを頬張ってるから、まさに密着指導。しかも隣に座ってるから、距離が近い。おまけになんか擦り寄ってくる。媚びてんのか。こいつ媚びてんのか。
それでも何とか数学を終わらせ、日本史の暗記をさせ、生物基礎をノートにまとめさせた。その頃にはすっかり日が暮れ、他の奴らは全教科を終わらせて、なんかゲームしてた。悠貴はというと、イヤホンで音楽を聞きながら、両生類についてノートにまとめている。
「お前ら、帰っていいぞ」
「え、何それ」
「こいつ待ってんのもだりぃだろ?」
「まぁ、そうだな。俺は帰る」
「ん、じゃあ俺も。ばいばーい」
静かな奴らが部屋を出る。シャーペンの音だけが無駄に広い部屋に響く。悠貴は軟体動物の体の仕組みを図に表していた。
×××
「……終わったぁー!」
午後七時二十二分。他の奴らが帰ってから、実に二時間以上経過し、悠貴はようやく全教科の勉強を一通り終えた。
「花宮、ありがと」
「……おう」
「照れんなよー。じゃ、私帰るわ」
「何言ってんだ。食って行け」
「は?」
悠貴はしかめっ面をした。
「何か文句あるかよ」
「いや、妙に花宮が優しいから、なんか見返りがあるんじゃないかって」
「そこまでケチ臭くねぇよ。アレルギーあるか?」
「ないよー。……大丈夫?」
「俺は健康だよ、バァカ」
「まじ?……え、ちょっと、やめてよ」
無意識に、悠貴の頭を撫でていたらしい。右手の平に感じる、ふんわりした感触と温もり。
「わりぃ」
「別に。……花宮」
「んだよ?」
階下から声がした。
「真ぉ、ご飯。彼女さんも食べて行くでしょ?」
「ああ。今行く」
「今日は肉じゃがにしたからねー」
母さんは“彼女さん”と呼んだ。俺は肯定も否定もしなかった。
「で?何だよ」
「何でもない。……ほら、行こ」
悠貴は立ち上がって、俺の左腕にしがみついてきた。邪魔だったけど、払い除けはしなかった。こんな格好を母さんが見たら、卒倒しちまうんだろうな。廊下の鏡に映った俺と悠貴は、それほど仲むつまじく見えたのだ。

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