ミルキー×ウェイ

□onze
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エース様がやってきた。ぼんやりとした表情で、眼鏡越しの虚ろな瞳は焦点が合ってなかった。
緑間真太郎。無敗を誇った“キセキの世代”にいた奴で、一年生だけど立派でわがままなエース様。そいつが、何か先輩に伝えて、どっか行った。
風に当たりたい?
分かるわ。
誠凛に負けたんだし。
いつもは郁先輩がいる宮地さんの隣には、誰もいない。表向きは、時期外れのインフルエンザらしい。まあ、こんな不甲斐ない試合、見せたくなかっただろうし、宮地さんには黙っておくけど、郁先輩、観客席にいたわ。
何でだろ?
黒子と火神、日向、伊月、水戸部。悔しい。悔しい。泣くのは我慢したけど、そこんとこエース様は脆いみたいだな。ちょっくら迎えに行ってやるか。
×××
負けた、負けた……!
悔しいと思うより先に呆然としちまって、何がなんだか分からなくなった。郁が試合を見てなかったのが唯一の救いだ。こんな試合、マネージャーであっても見せられない。
駅前でチームメイトと別れて一人で歩き出す。今になって悔しさが込み上げてきて、うっかり泣きそうになった。こんな状態で郁に会いたくない。インフルエンザって聞いたから、良い結果を報告してやりたかった。今会ったら、いつかみたいに泣く。絶対泣く。
いつの間にか、中学の時から何度も通った場所に着いていた。フェンスで囲まれたスペースに、ゴールが二つ。ストバスのコートだ。試合で疲れた体に、無茶な刺激を求めた。もっと苦しく。もっと激しく。ボールは何度もネットに吸い込まれていった。
「ちくしょう……!」
汗が目に沁みる。肺がきりきりと痛む。
「っんでだよ……!」
負けた事実は、想像以上に重くのしかかってきた。まだ冬があるだなんて、考えられない。力なく放ったボールはリングにかすりもせず転がっていき、ある場所で止まった。
「見てましたよ」
俺の部活の唯一のマネージャーは、ボールを片手で投げてよこした。
「インフルエンザなんて、嘘です。知り合いの法事があっただけで、遅れてベンチに入れなくて」
やめろ、来るな。
「出来たらベンチ入りしたかったんですけど、叔父さんが無理に抜けて来なくていいって言うので」
そんな困ったような笑顔を見せるな。
「また冬がある……、なんて、今は言えませんね。お疲れ様です」
情けない顔を見られたくなかった。
「先輩」
「うるせぇっ」
「清志先輩」
「こっち見んな!」
ああ、また逆戻り。
あの時の俺と郁。
少し違ったのは、俺がこいつを抱きしめてることくらい。
「きついです」
「るせぇ、んだよ……!少しくらい我慢しろっ」
「悔し涙って綺麗ですよね」
「っ、ああ……」
汗だくで申し訳ないと思ったけど、郁はちゃんと抱きしめ返してくれた。そこに自分がいることを証明するかのように。強く、優しく。崩壊した涙腺は、枯れるまで涙を流し続けた。
×××
抱きしめ、抱きしめられたまま。
「付いてきたのか?」
「はい。試合に負けた先輩を放ってはおけないですよ」
「男泣きしててもか?」
「泣いてても泣いてなくても、先輩は先輩です。そもそも、初対面の時点で泣いてたじゃないですか」
「それを言うなよ」
俺は笑った。郁も笑った。こすりまくったせいか、目の周りがじんじんする。涙はもう出なかった。
「行こう」
体を離し、ボールを拾う。ずっしりと重く、冷たいボールを放ると、綺麗な弧を描き、リングに吸い込まれていく。
俺と郁の間を、爽やかな風が吹き抜けた。

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