海常(長編)

□何処にやったの
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「勉強会を開くぞ。」

『え?』


きっかけは笠松のこの一言だった。



「あの、センパイ……話が見えない…っていうか、俺にとって恐ろしい単語が……。」

「勉強会を開くぞ。」

「何度も言わないで下さいっス!!」


怒りのオーラを出しながら繰り返す笠松に、黄瀬は半泣きで耳を塞いでいる。
小堀が意外だとでも言いたげに、どうしたのかと訊ねてきた。


「珍しいな…笠松からそんなこと言い出すなんて。」

「俺だって言いたくねえよ。だが監督からの指示だ。
前回の中間考査、あり得ない点数で赤点だった、バスケ部のエースがいるってな…!!」

「す、すいませんっス!!」

「他の奴らは全員それなりの点数なんだよ!!シバくぞ!!」


蹴られ続けている黄瀬を尻目に、森山が名無しさんに黄瀬の点数を訊いてくる。
カバンから取り出した弟の成績表を、彼女は何の躊躇いもなく差し出した。


「何で名無しさんっちが持ってるんスか!!?」

「間違って私のカバンに入れっ放しにしてたでしょ?」

「黄瀬、お前……。」


哀れみと嘲笑を含んだ切れ長の瞳を、黄瀬に向けた森山。
いくらなんでも酷すぎる。平均点の半分も取れておらず、当然クラス最下位だった。


「そ(れ)で、勉強会はいつす(る)んですか!?」

「明日の3連休から部活も試験休みだ。そこで徹底的にしごくぞ。」

「場所は?図書館もいっぱいになるんじゃないか?」

「私たちの家で大丈夫ですよ。どうせ2人暮らしですし。」


確かに親元を離れて暮らしているのは、スタメン内ではこの双子だけだった。
お言葉に甘えてということで、朝10時にセンパイたちが来ることになる。


「でも俺たち、家の場所は知らないぞ?」

「ああ、俺が案内できるから。何回か名無しさんちゃん送ったことあるし。」

「「……森山……。」」

「やましいことなんて何1つしてない!!」


笠松と小堀の何ともいえない眼差しに、森山は慌てて弁解する。
とりあえずその日は解散。黄瀬が体育館の鍵を閉め、全員で帰路についた。



「…あーあ、マジで勉強会とか勘弁っスよ…。」

「仕方ないでしょ、自業自得だし。今頑張れば後が楽になるわよ。」


風呂にも入り終えて後は寝るだけ。双子はリビングで話していた。


「うん…。でも、本当は俺…ちょっと楽しみなんス。
帝光中の時は家で一緒に勉強会とか、したことなかったし。」


髪を乾かしてテーブルに突っ伏し、黄瀬は人懐っこい笑顔を名無しさんに向ける。
彼女はそうねと一言返してテレビを消すと、もう寝るように促した。


「ほら、明日も早いの。センパイたちが来るのに寝坊は出来ないでしょ?」

「……名無しさんっち、変なこと訊いていい?」

「?」


先程の笑顔は何処へやら。打って変わって真剣な表情になる黄瀬。



「……笑顔、最近ずっと見てないけど…何処にやったの……?」

「………っ!!」



慌てて顔に手を当てて、片割れの視線から逃れるように、名無しさんはベッドに入った。
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