イザ×キラ
□day & night
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「―――キラ、もういいか?」
「だぁめ!あとちょっと!」
立ち上がろうとする肩をやんわり押さえて待ったをかけると、イザークはやれやれと肩を竦めつつも素直にスツールへと座り直した。
サラサラとした銀の髪は、光を弾いて虹色に輝いている。
しっとりと吸い付くような上質の手触りを少しでも長く楽しもうと、キラは殊更ゆっくりとブラシを滑らせた。
「おい、まさかお前…三つ編みしようとしてるんじゃないだろうな?!」
寝てる間に三つ編みやら編み込みやらされまくった過去があるだけに、問い掛ける声には不安が滲んでいる。
何とか己の状況を知ろうと必死に上目遣いで頭部を伺うが、手元に鏡がない以上は無駄な努力と云えよう。
「やだなぁ、いくら僕だってお仕事の日にそんな悪戯はしないよ?しかも今日は、さ…」
不意に途切れた言葉を求めて振り向いたイザークの頬へ、キラはそっと唇を押し当てた。
「…キミの誕生日なんだから」
前代未聞のオープンチャンネル恋人宣言から5ヶ月。
評議会と軍本部が併設されたプラント・アプリリウスワンの居住区で一緒に暮らすようになって3ヶ月が過ぎていた。
今日。
8月8日は、付き合ってから初めて迎えるイザークの19回目の誕生日だ。
「せっかくお前が夏季休暇を取ってくれたのに、一緒に過ごせなくてすまない…」
イザークはキラの薄い肩に腕を回し、膝の上に座らせるとふわりと抱き寄せた。
2人のトクベツな日が、年に2回しかないプラント最高評議会の総会にバッティングだなんて…ホントにツいてないとしか云いようがない。
「イザークのせいじゃないでしょ?…来年は違う日になるといいけどね」
「まったくだ!というか、絶対に違う日に制定してやる!」
イザークらしい言葉に笑いながら、玄関までのたった数メートルを寄り添い歩く。
こんな穏やかな時間は、過去の戦いで傷ついたキラの心を少しずつだが確実に癒やしてくれていた。
「行ってらっしゃい。とっておきの夕飯作って待ってるね」
「…それはとっておきのデザートも期待していいと云う事かな?」
「え?…とっておきのデザート?……ケーキは焼くけ…ど?」
小さく眉を顰めて首を傾げるキラの仕草に、イザークは口元を綻ばせる。
「――うんと甘いやつだ」
間近に迫るアイスブルーの双眸に浮かんだ愉しげな色に気付き、キラは頬を朱に染めた。
「…もう!会議の前に何考えてんの!」
「ははは、お前の事しか考えてないぞ?行ってくる!」
* *
「――すみません、そのピアスをギフト用に包んで頂けますか?」
プラチナ台に5mmの蒼い宝石が乗ったシンプルなそれは、先月出掛けた際にイザークが手に取って熱心に眺めていたものだ。
服だ、靴だ、時計だと、僕にはあれこれ買い与える癖に、自身の物欲は全く無いんじゃないかと思う程、物に対して執着心がない恋人が珍しく興味を持ったピアス。
「大切な方への贈り物ですか?」
「…はい」
イザークの瞳によく似たその蒼い宝石は、きっと彼の耳元を鮮やかに飾ってくれるはずだ。
喜んでくれますように。
* *
夜の帳が降りた居住区にカツカツと響く靴音がやけに耳に煩い。
常より足早に帰路を急いでいる自分に気付き、イザークはふと笑みを零した。
心に思い描くだけで自然と気持ちが弾む。こんな気持ちになれる相手と巡り逢えた事は、奇跡のような確率に違いない。
俺は、本当に幸福だ。
ようやく見えて来た我が家の明かりが消えているのが目に留まり、イザークは訝しげに眉を顰めた。
「こんな時間にまだ帰ってないとは思えないが…?」
一歩玄関に足を踏み入れても、出迎える声は聞こえない。それどころか、しんと静まり返った室内にも人の動く気配は感じられなかった。
「キラ…?」
壁に埋め込まれたパネルに手を伸ばしてスライドさせると、オレンジ色の間接照明が柔らかくフロアを照らし出した。
玄関とリビングとを分けるドアの隙間の下方に、栗色の髪が揺れている。
不思議に思いながらドアを引けば、死角に隠れるようにして座り込んだキラが安らかな寝息を立てていた。
手には色鮮やかなクラッカーが握りしめられている。
「―――お前はホントに……」
これ以上好きになんかなれない程に全力で好きだと思っていても、いとも簡単に覆してくれる。
「…おいコラ、こんなとこで眠りこけてると風邪をひくぞ?」
「―――ん…イ…ザーク?」
「ああ、今帰った。待たせたな」
「おかえりなさい…!」
伸び上がるようにして首に抱きついたキラは、自分の手にある違和感にはたと気付いて目を見開いた。
「あ!!クラッカー!」
「…頼むから今鳴らすなよ?しばらく耳が使い物にならなくなりそうだ」
チラチラと視界に入るカラフルなそれをヒヤリとした面持ちで眺めると、おかえりのキスをもらうべく愛しい恋人に唇を寄せた。
* *
「お誕生日おめでとう、イザーク」
「ああ」
シャンパングラスをカチリと合わせると、グラスの中をゆらゆらと繊細な泡の道がいくつも立ち上っていく。
透き通った金色のグラス越しに視線がぶつかり、なんとも云いがたい照れくささに揃って肩を竦めた。
タイミングを考えあぐねていたキラは、意を決してポケットから小さな包みを取り出す。
「――これ、僕からのプレゼント。気に入ってくれるといいけど…。ね、開けてみて?」
掌に乗る程の小さな箱は、銀と青のリボンで飾られている。
「お前がくれる物なら何だって嬉しいさ」
包みを開いたイザークは一瞬瞠目すると、アイスブルーの眸を柔らかく細めた。
「――どう…かな?気に入らなかった…?」
言葉もなく見入る秀麗な横顔に、キラはおずおずと声を掛ける。
「そんなはずあるか馬鹿…!ありがとう。――綺麗な紫色だな」
「うん、綺麗な紫……えぇっ!?蒼じゃなくて?ゴメン、ちょっと見せて!?」
小箱の中で輝く小さな宝石は、どう見ても紫色にしか見えない。
「ホント…だ…!どうして!?」
目の前で包んでもらったのだから間違えようもない。あの時は確かに澄んだ蒼色をしていたのに?
「どうしてって…お前、この石はタンザナイトだろう?」
「タンザ…ナイト…?」
「――もしかして知らずに買ったのか!?」
「うん…」
しおしおと見る間にうなだれてしまった栗色を、白い指先がくしゃりとかき混ぜた。
「…この石は多色性なんだ。日の光と夜の照明の下、あるいは見る角度によっても繊細な色の変化を楽しめる。蒼と紫、ふたつの色を纏う宝石って訳だ」
イザークは小さな石を抱いたピアスをそっと摘み上げると、キラの顔の高さに掲げた。
「…夜はお前の目の色に似合うな」
アイスブルーの眸は甘やかな色を宿して煌めき、艶を帯びた声が強く誘惑する。
キラは惹き寄せられるがままに、イザークの唇に触れた。
軽く触れるだけの幼い口付けは、神聖な儀式にも似ている。
―キミに出逢えて良かった―
キミが生まれた《今日》と云う日に、
心から感謝を。
「ねぇ、イザーク!このピアス片っぽずつつけようか?」
「それは名案だな
―――ところでお前、ピアスホールなんぞ開いていたか?因みに俺は開いていない!」
「あっ!」
「…あ?」
「僕も開いて…ない…」
タンザナイトのピアスがふたりの耳を飾り、プラントのお嬢様方が噂話に花を咲かせるのは、
まだほんの少しだけ先のお話。
◆END◆