イザ×キラ

□Loser in love
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“恋はね、より好きになった方が負け。勝者になりたければ、相手に好きにならせなくっちゃ!”


そう言ってたのは確か、新しく配属された赤服の女の子だったような気がする。


【Loser in love】


ピー。ピーーー…ピーピー。


室内にコール音が繰り返し響く。

『……キラ?キラ、いるんだろう?』


モニターを見なくても訪問者はわかってる。
今日、この時間に“来てね”ってお願いしたのは、他でもない僕自身なんだもの。


『…キラ?…何かあったのか?キラ?』


ロックされたままの扉の向こうの声が、徐々に痺れを切らしていくのがわかる。
どうしたものだろうと彷徨わせた視線は、ローテーブルの上のピンク色にピタリと止まった。

おおよそ男の部屋には似つかわしくない程に可愛らしくラッピングされた小さな包みが、所在なさげにちょこんと鎮座している。


キラは意を決したようにすっくと立ち上がると、乱暴に包みをひっ掴み、部屋着のポケットにグイとねじ込んだ。




*****


「…まったく!人を呼びつけておいて、一体何分待たせる気なんだ?」



ようやく開かれた扉の前には、胸の前で両腕を組んで惜しげもなく仏頂面を披露する美貌の主の姿があった。



「……ご…めん、イザーク…」

しおしおとうなだれる栗色の髪に、イザークは目を瞬かせた。

常ならば、“優しくない”“他に言い方ないの?”“愛を感じない”“冷たい”“ホントに僕の事を好きなの?”とコンボで反撃が来るのだが。


「…なんだ?お前…具合でも悪いのか?」


イザークは白い指先を躊躇いなくキラの額に伸ばすと、相手の体温を探るようにアイスブルーの双眸をそっと伏せた。


「ふぅむ…熱はないようだな?」

心の準備もなく不意に近くなった距離に、キラの頬がかあっと熱くなる。

「…ね…っ、熱なんかないよ!それに僕、別に具合だって悪くないしっ!」


ぷいと背けた顔は照れくささの裏返し。

そんなのとっくに見抜かれてるって分かってても、18年間この性分なのだから仕方がない。


「…まったく…お前は…」


しばしの沈黙の後に聞こえたイザークの短い溜め息に、ポケットの中の包みがずしりと重さを増した気がして、キラは唇をキュッと噛み締めた。

呆れられた?嫌われた?


暗い感情がじわりじわりと胸の中で羽根を広げていく。

“より好きになった方が負け”
こんな時にどうして、あの言葉を思い出したりしちゃうんだろう。



「…俺に渡す物があるんだろ?いーから早く出せ」


思いもかけないイザークの言葉に、キラは目を瞠った。

「…え?」

「え?じゃないっ!今日が何月何日で、世間ではどんなイベントが行われる日かぐらい、俺だって知ってるぞ!!」


ビシッと人差し指を突き付けられてしまえば、キラの身体は金縛りにあったようにその場に縫い止められてしまう。


イザークは動きを止めた相手の細い肩を両腕で囲い込むようにして抱き寄せると、ひそりと声を低めた。


「……この部屋も、お前も、…甘い匂いがする。気付かない馬鹿はそういないぞ?」

耳元に流し込まれる艶めいた声音に、キラの背中を甘い痺れが這い上がった。


「い……いぢわる…っ!」

イザークはキラの顔を覗き込むようにして視線をカチリと合わせると、優美な唇の端にニヤリと笑みを刻む。


「くっ、この場合は褒め言葉と同意だな。…いいから観念しておとなしく出してみろ」



恋人からの笑顔の脅迫に、キラはしぶしぶポケットの中から小さな包みを引っ張り出した。


「……これ…」

20分近く格闘してなんとか見られるようラッピングしたのに、無理やりポケットにねじ込んだせいで見事にヨレヨレになっている。

イザークは嬉々として受け取ると、器用な手つきでリボンを解いた。


「…ふぅん…なるほどな…」

包みから取り出された不揃いに歪んだチョコは、今やローテーブルの上へ整然と並べられ、見るも無残な姿を晒している。


まじまじと見つめるイザークの眼差しが、菓子を眺めるというよりも化石や隕石を検分しているように見えるのは気のせいだろうか。
何ともいたたまれない気持ちになったキラは、沈黙を破るべく思いつくままに話し始めた。


「その…っ……そう!…メイリンちゃんとシホちゃんが“今の手作りキットは、溶かして固めるだけだから初心者にも簡単ですよねっ”って話してるのを聞いて…それぐらいなら不器用な僕にも出来るかな〜って思ったんだけど…」


「…見事に固まらなかった訳だな?」

「う…ん…」


しゅんと音が聞こえそうな程に肩を落とした栗色の頭をぽんぽんと優しく叩くと、イザークはチョコをつまみ上げてポイと口内へ放り込んだ。

「あああっ!?ダメだよ食べちゃっ…!」

制止する声など間に合うはずはないと判っていても、人間はこんな時、咄嗟に叫んでしまうものだ。

「お腹壊したらどうすんのイザーク〜」

「…見た目はともかく…味は美味いぞ?」

「えっ…?ほん…と…?」

“心配!心配!”と顔一面に書いて必死に縋りついて来る相手を愛おしげに見やると、イザークはくすりと柔らかく笑んだ。


「ああ。ほら、お前も食べてみるといい」

ひょいっと目の前にチョコを差し出され、キラはまるで親鳥から餌をもらう雛のように反射的にパクリと食いついた。

「ほんとだ…美味しいかも…」

「だろう?…ってお前っ…味見しなかったのか?!」

「えへへ…うん…まぁ…」

「…まったくお前は……口の横にチョコがついてるぞ?」

「えっ!どこどこっ!?」

あたふたと唇を拭おうとする手首を掴んで押し留めると、イザークはキラの頬に唇を寄せた。

「…っ…!」

反射的に身を引こうとするが、がっちりと掴まれた腕はびくともしない。

「動くな」


吐息が触れるほどの距離で囁かれ、キラはゆっくりと瞼を閉じた。


―――甘い、香り。


離れた途端、こころもとない気持ちになるのは何故なんだろう。

「ふ、甘いな…」

「くすくす…甘い、ね…」


柔らかく抱きしめられて、柔らかく抱き返して。それだけでこんなにも胸が満たされる。



「イザーク……」

「うん?」

「もっかい…ぎゅうして?」

「…おやすい御用だ。ぎゅうだけか?」

「いぢわる…っ」




もっかいちょうだい?

チョコよりも甘い『きみ』のキスを。


キラは柔らかく抱きしめてくる腕に身体を預けると、とろけそうな笑顔で菫色の瞳をふんわりと閉じた。


■happy end■
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