アス×キラ

□キミに降る雨
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月にも雨は降る。

『人工的に作られた季節』の『人工の雨』だが、
住んでいる者にとっては自然のそれとなんら変わりはない。

唯一地球と違うのは、100%天気予報(というか予告だな)が当たる、という事くらいだ。


「――――― 雨、か…。」

心地良い音に耳を傾けると、アスランは読んでいた本から目を上げた。
その翡翠の双眸をぼんやりと窓に向ける。

深藍闇の空から落ちるのは、銀糸に煌く雫。


アスランは自分の右肩に寄り添う温もりに意識を向けた。


――――― 規則正しく繰り返す呼吸音。ゆっくりと、上下する胸。


自然と、その美しい口元に笑みが浮かぶ。

「読書だなんて珍しいと思ったけど…。」



『僕もアスランの持ってる本、読んでもいい?』


キラがそう言ったのは、ほんの数分前の事。
膝の上に開かれたまま放置されているのは、まだ表紙から2ページを繰った所。

安心しきったようにもたれかかるその重みが与えてくれるのは、確かな幸福感。

起こさないように細心の注意を払い、キラの手からそっ…と本を抜き取る。


アスランはキラの頭がグラつかないように手で支えると、
ゆっくりと横向きにソファの上に寝かせた。

寝室から淡いクリーム色のブランケットを持って来ると、ふんわりと華奢な身体に掛ける。
身体に布が触れる感触にもぞもぞと動くその姿は、見ているこっちの気持ちを和ませるには充分で。


夜更かしが苦手なキラは、よくこんなふうにソファで眠ってしまう。
いつだったか、『アスランばっかり僕の寝顔見て、ズルイ!』と抗議された事もあった。
アスランにとってはキラの一挙一動が、とにかく可愛くて仕方が無い。


「まぁ…昨夜はちょっと、無理させちゃったからなぁ…。」

いつでも最高に可愛いキラだが、昨夜のキラの羞恥に震える姿があんまりにも可愛くて…
ちょっとその…結局朝まで解放してあげられる事が出来なくて。

疲労の上に睡眠不足なキラが、今こうして眠ってしまうのも仕方の無い話と言えた。

「ごめん、な…?」

キラだけしか知らない、キラにしか聞かせない、甘い優しい声でそっと耳朶に囁くと、
ココア色の柔らかい髪に唇を寄せ、キスを落とす。
その微かな刺激に、キラはくすぐったそうに首を竦めたが、
またすぐに規則正しい寝息をたて始めた。

そんなキラに向けられる蕩けそうな微笑は、見る者全ての心を惹きつけるであろう極上品。

しばらくソファに頬杖をついてキラの寝顔を堪能すると、
くしゃりと髪をひと混ぜしてようやく立ち上がる。

「さて、と。……ん…?」

とてとてとてとて

軽やかな足取りでソファに近付くのは、銀灰色の毛皮。

『それ』は待ってました、とばかりにソファに跳び乗ると
キラの腕と膝の隙間に出来た僅かなスペースへ、器用にその体躯を丸めた。

立っているアスランはキラと『それ』を見下ろす形になる。
『それ』はアイスブルーの瞳をアスランに向けると、欠伸をひとつして瞼を閉じた。



…気に入らない。


その一言である。


『それ』は以前自分とキラの共通の友人から贈られたものだが、
キラは大層可愛がっていた。

銀灰色の毛並みに、アイスブルーの瞳――――。

まるっきり贈り主の姿そのものを映しているような『それ』は、キラの愛猫であり、
アスランにとっては天敵同様だ。


アスランはチラリと壁にかかっているレトロ造りな時計に視線を向ける。
時刻はあと5分程で、『今日』を終えようとしていた。


「―――― おい。」

銀灰色に向かって、アスランは低く呟く。

「あと、5分だけだぞ。」

『それ』は耳をピクリとひとつ動かしただけで、何事も無かったかのように丸まったままだ。


アスランは窓辺に置かれたスツールに腰を降ろすと、
雨粒の奏でる音を聴こうと目を閉じ、耳を澄ませる。

独りでは寂しい雨音も、傍らに愛しい寝息があるだけでなんて優しい音色になるのか…。



『僕、雨って好きなんだ。』


キラがそう言っただけで、自分も雨の日が好きになった。



『雨に濡れるのってワクワクしない?』


キラがそう笑っただけで、自分の顔にも笑みが浮かんだ。




『お前』という存在に、出逢えてよかった。





ポーン、ポーン、ポーン…

日付の変わる音が、響く。


アスランは窓から離れると、真っ直ぐにソファへと向かう。

その無言の圧力を感じたのか、銀灰色の『それ』はのそりと起き上がると、
とてとてとて…と自分の寝床へと戻って行った。


白くて美しい指でココア色の髪を梳き、露になった額に唇を寄せ、
鼻先にも、頬にも、瞼にも、優しく触れるだけのキスをいくつもいくつも贈り続ける。

「……っ…ん…。」

柔らかくもくすぐったい感触に、キラが身じろぐと、
アスランはキラの眠りが浅くなったのを確認して、桜色の唇を塞いだ。
唇の形をゆっくりとなぞり、無意識に開かれた隙間からそっと熱い舌を差し込む。
朦朧とした意識の中でも、慣れ親しんだその行為はキラを酔わせる。

「…ん…っ…ふっ…。」

攫われるような口付けに、やがてキラの意識も覚醒し始めた。
瞼を持ち上げると、優しい翡翠にぶつかる。

「アスラ…ン?」

不思議そうに問い掛けるその声に、アスランはキラの頬を撫でる事で応える。

「どうかした…?あっ…僕寝ちゃってた?!ごめんね?」

慌てて起き上がろうとするキラを、身体の脇に両手を付く事で押し留めるとその耳元に唇を寄せた。

「誕生日おめでとう、キラ。」

「ええっ!?」

アメシストの瞳を見開く可愛い姿に、アスランはくすりと笑いをこぼす。

「今、日付が変わったんだ。」

アスランのその言葉にキラは時計を見上げる。

「…ほんとだ。」

「起こしてすまない。今日、いちばんに言いたくて。」

しゅん、とうな垂れてしまったアスランの首にキラはぎゅっとしがみつく。
感謝と愛情が触れ合った場所から届くように、きつく。

「…ありがとう、嬉しい。」

キラの気持ちが嬉しくて、アスランもぎゅっとその背を抱き返す。

「朝になったら、一緒にプレゼント買いに行こう。キラの欲しいもの教えて?」

「…朝?」

「ああ」

「いま…、は?」

「え?」

キラの言葉の真意を量りかねて、アスランは身体を離して紫玉を覗き込む。
真っ直ぐに潤んだアメシストが向けられる。

「今…がいい。今、プレゼント頂戴?」

「今って…」

「アスランを、僕に…頂戴?」


頬を桜色に染めながら上目遣いにそんな事を言われて、正気でいられるはずも無く、
一気にアスランの体温は上がる。


「……っ!」

「……駄目?」

キラは跳び込むようにアスランの胸に抱きついた。

「――――そんな訳、無いだろ。」

アスランはそんなキラの髪に、頬に、ついばむようにキスをすると、
軽々とそのしなやかな身体を抱き上げる。


幸いにも、寝室へのドアは開いたまま。




外は雨。


天気予報では1日中、雨は降り続くらしい。



愛し合う恋人達は甘い時間にゆっくりと身を浸すだろう。




今、しばらくは雨に濡れる事は無い。





■END■

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