アス×キラ

□道化師は暁に笑う。
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ランチタイムのピークを過ぎたとは言え、
カフェテラスには食後のひと時を楽しむ人々の姿があった。


「…はぁ〜〜〜〜〜〜〜………っ……」


ゆったりとした空気の中、深々と溜め息をつくのは今やオーブの首脳陣となった深海色の髪の若者。

心中に渦巻く靄すべてを吐き出そうとしているかのような長い吐息は、否応無しに周囲の視線を集める。


色の濃いサングラスで目元を隠されてはいても、溜め息の主がかなり整った容貌である事は容易に判別が出来た。


公共の場で視線を集めまくっている彼だが、溜め息の理由はと言えば、他人が聞いたらなんとも阿呆臭くなるものだった。





―――そもそもの発端は、
本当に些細な事だ。




「来週末のアスランの休暇は、すでに私が申請しておいたからな」



黄金色の髪の少女は安心しろとばかりに、満面の笑みでそう切り出した。



「…休…暇……??」


首をほんの少しかしげて問うのは、宇宙で1番可愛い、紫玉の瞳を持つ俺の想い人である。

「キラ〜、もしかして…忘れてるのか?来週は私と、お前の、誕生日だぞ?!」


「あっ…!」

「お前、本気で忘れてたな?」

「まったく…、キラらしいよ」

“そんな所が可愛くて仕方無い”的な温度を孕むのは、盲目的とも言える愛情ゆえであろう。


「去年も一昨年も都合がつかなかったが、今年は私もオフなんだ。久し振りに3人でどこか食事に行かないか?」

「そうだね…。なんだかんだこの時期は慌しくて、いつも誰かしらが不在って感じだったし」


楽しい計画に瞳を輝かせる姉の姿に、キラも軽く頷きながら微笑む。


「それに、今年はお前達2人の、記念すべき二十歳の誕生日だものな」

「そうなんだ!だからさ、どこか美味い店を予約しようと思ってたんだ」

「なら店は俺が予約しておくよ。メインは肉?それとも魚にするか?」


「魚!」「肉!」



「え……?」



左右ステレオで響く異なる単語に、アスランは綺麗な形の眉を寄せた。

「魚!」「肉!」



「……キラ…?カガ…リ…?」


「周りを海に囲まれてる島国じゃないか、鮮度の良さと旬の素材、やっぱり魚じゃない?」

「何を言っている!島国で魚が手に入りやすいって理由で、普段から魚料理が多いんだ。こんな時こそ肉だろうが!」

「カガリは好き嫌いが多すぎるんだよ、小骨が嫌だとか身をほぐすのが面倒だとか…あまり我侭が過ぎると周りが困るよ」

「私が小骨が嫌いだからっていつ、どこで、誰に、迷惑掛けたって言うんだっ!キラの方こそ肉はハンバーグとから揚げしか食べないなんて、子供味覚が過ぎるんじゃないか?」

「“しか食べない”訳じゃ無い、単に好物ってだけの話だっ!」



――――果たして、これが来週二十歳を迎える人間達の言動なんだろうか…。

思わず頭を抱えて座り込みたくなったアスランを、誰が責める事が出来よう。



「あ…の…さ、取り合えず…」


“2人とも落ち着いて”の言葉を言い終わる前に、アスランは強い視線に縫いとめられた。


「「肉と魚、どっちがいいと思う?!」」


双方から詰め寄られ、強い視線で射抜かれて、金縛りにあったかのように動けずにいたアスランは………、


「…そ、れは……」



「それは?」
「どっちなんだ!?」



「ぃ…いや、…だから……」


答えることなど出来はしなかった。




「判った――――。


アスランがいいと思う方で予約しておいて?」


途端に冷気を帯びたキラの声音に、アスランの体感気温は確実に急下降する。背中を伝ういやな汗の感覚は、きっと気のせいではないだろう。


「そうだな、私もそれで構わないぞ。アスラン、後はお前に任せた。まさかとは思うが、私情に走って私をがっかりさせるなよ?」





…これと言って打開策に恵まれぬままに時間は過ぎ、ついに誕生日前日となってしまったのだった。


“どっち”と言われて片方を選ぶことも出来ず、選ぶことが出来無いから店の予約は手付ず状態。

そもそもあれからキラとカガリが顔を合わせたのを見ていない為、2人が仲直りをしたのかも定かではない。

険悪な雰囲気を引きずったまま、誕生日を終える事にだけはなって欲しくは無いが、だからと言って今の自分にはどうする事も出来ず…。


さて一体どうしたものか、と考えあぐねていたその時、ふいに周囲の空気が変わった。


何事かと上げた視線に飛び込んだのは、見慣れた茶色い髪と、そこに寄り添う金の髪。


「アスラン!偶然だな、今からお前の所へ向かうつもりだったんだ」

「この道を歩いて正解だったね」

「だな!」


腕を組み、微笑みを交わすその姿は、誰が見ても仲睦まじい恋人同士にしか見えないだろう。

「キラ、カガリ…お前達…?」

「…何?何かあった?」

「何かって…」

「キラ〜、お腹空いた〜!コルチネット通りにあるピザ屋!あそこに行かないか?アスランも一緒にさ」

「いいね!そう言えば最近ピザ食べてなかったし」


「……ピ…ザ?

に、肉は…?!魚は?!」




「アスラン…?」

「どうかした?」


「疲れてるみたいだな、きちんと休息は摂っているのか?」





夫婦喧嘩は、犬も喰わない。



では、双子の姉弟喧嘩は……?




オーブの海は今日も穏やかに輝き、透き通った水面を静かに揺らしていた。




■END■


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