-Z.A.F.T. RED'S-

□チェリー・ブロッサム
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「キラもそのうちプラントに来るんだろう?」

俺の言葉に紫玉の双眸は微かに揺れた。

泣き虫なキラの堤防は決壊寸前で…
これ以上何か言おうものなら溢れるぞと強く訴えている。


あの別れの日から、3年の歳月が流れていた。








あの時のキラ…桜色の妖精みたいに可愛かったよなぁ…

「…ス……?」

3年経っても相変わらず泣き虫なとこ“は”全然変わってなくて。


「……ン…?アスランてば!」

「…んぅあ?!キラ?!」


驚きのあまり、なんとも間抜けな声を上げてしまった俺にキラは冷たい視線を投げて寄越すと、

「さっきから何ぼーっとしてんのさ」

なーんて容赦なく睨みつけてくる。


俺がいなきゃ宿題の提出もままならなかったあのキラが、「アスランが一緒じゃなきゃ眠れないと言ったあのキラが、大きくなったら結婚しようねと指切りしたあのキラが…」


「……声に出てるよ?

 しかも結婚とか、
 まだちっちゃい時の話じゃない!
 パトリックおじさんがうちの両親に“キラくんはうちの嫁にもらう”なんて冗談言ってたのを信じてた頃の話なんだから」


「―――冗談?
 父上、本気で言ってたぞ?」


「……え?」

「ってか!キラ、
 お前おじさまとおばさまにはちゃんと連絡入れたのか?」

「……」  


「キラ〜、さてはまだ連絡してないだろ?
 ザフトに来てからもう1ヶ月近く経つんだぞ?
 いくら父上から事情を説明してあるとは言っても直接顔を見てだな…」


「そんなのわかってるよ」


「そういう言い方はないだろう?俺は心配して…」


「もう!
 五月蝿いなぁアスランは!
 僕の事は放っておいてよっ!」




バタバタと遠ざかる背中に、
激しく上下する栗色の柔らかい髪に、


猛烈な怒りマークが見えた気がした。


「はぁ〜〜……」



「珍しいな、喧嘩か?」

「ええ、まぁ…って隊長!?
 これは大変失礼を致しました!」
 アスランは慌てて立ち上がると姿勢を正してその場で敬礼を取った。

「こちらこそ急に声を掛けてすまなかった」

「お見苦しい所を晒してしまって申し訳ありません」

「いや、冷静沈着な君が感情を発露させてる貴重なシーンに立ち会えたんだ。むしろ感謝したいくらいだよ」

「はぁ…」

「キラ・ヤマトか…
 手こずっているようだな?
 彼はMSを降りても一筋縄では行かないと言う事か」


「キラは…あいつは…本当はあんな態度をとるようなやつじゃないんです。

 きっとアークエンジェルで過ごした戦闘のプレッシャーと、仲間を守り切れなかった自責の念に取り憑かれて…」




―――変わって、しまった。



「…君は彼の幼なじみで、事情を知っているから話すが…彼のご両親は息子が成長するにつれ、ナチュラルである自分達との感覚の違いに戸惑いを隠せずにいたようだ」
 

「え…っ」

「彼の変化は、足つきにいたから、というだけではないのかもしれんな」

「…」

「しかし、反抗とは裏を返せば理解して欲しいの現れだ。彼は君に心を許し、理解を求めていると言う事ではないのか?」




…キラが…俺に……?



「―――ありがとうございます!
 クルーゼ隊長!」



俺は、

俺だけは、


何があってもキラの手を離したりしない…!!


アスランは一礼すると、踵を返して扉の向こうへと姿を消した。


「ふ、
 アスランにあんなカオをさせるとは…
 キラ・ヤマト、
 さすがと言おうか…面白いな」




コーディネーターが
ナチュラルの両親のもとで暮らす。
そこには言葉には出来ない悩みや葛藤もあるのだろう。



これはクルーゼ隊長も知らない事実だが、


―――キラは、

ヤマト夫妻の実子ではない。


姉君の遺児であるキラを養子に迎えた義理の家族なのだ。

実の両親が相手でもお互いの距離感を掴むのが難しい時期である。

ましてやナチュラルとコーディネーターの差異があれば尚更…




――――もう一度、
ちゃんとキラと話をしよう。




勢いこんでキラの部屋を訪ねてみたが、同室者であるニコルから“キラなら談話室に行ったきり戻っていない”と門前払いを食らってしまった。



談話室へともう一度足を運んでみたが、捜し求める栗色の髪は見当たらない。




くすぶる気持ちを抱えたまま自室の扉を開けた途端、黄緑色の翼が至近距離を横切る。



《トリィ…!トリィ…!》

カシャッカシャッと機械音を鳴らしながら狭い室内を器用に旋回すると、それはアスランの肩にふわりと舞い降りた。

「…トリィ?!ってまさか…」

慌てて室内に視線をめぐらせれば、主不在で空っぽのはずの自分のベッドが人型にもり上がっている。


足音を忍ばせるようにして覗き込むと、スヤスヤと寝息をたてる幼なじみの愛らしい横顔があった。

瞼の縁には涙の跡が残っている。おそらく泣きながら眠ってしまったのであろう。


「キラ…」


アスランは指でキラの涙を拭うと、柔らかい栗色の髪をそっと撫でた。

触れられた感覚に、キラの紫玉の瞳がゆっくりと姿を現す。


「―――アスラン…?」


「…またお前は勝手にロック解除して入って来て……」


溜め息の中にも、抑えきれない甘さが滲む。

「先に部屋に帰って来たのが俺じゃなくラスティだったらどうするんだ?」



「…絶対にアスランが先に見つけてくれると…思ったから……さっきは…ゴメン…あんな言い方しちゃって」


「俺こそ…!
お前の気持ちを察してやれなくて…すまなかった…」



「仲直り…してくれる?」

「当たり前だろ!!」



「えへ。…じゃあ…仲直りの……」



キラは目を伏せ、顔を上向かせた。ほんのりと上気した頬がなんとも艶っぽい。



こんなチャンスは二度と来ないかもしれない。



アスランは早鐘を打つような心臓に喝を入ると、キラのおとがいをそっと持ち上げた。


吐息が触れ合う距離にまで近づいたその時、


「たっだいまー!」

扉の開くエア音と同時に、もう1人の部屋の主の底抜けに陽気な声が響いた。


「…あれっ…?あ、お取り込み中だった?こりゃまた失礼〜」

「「…ぷ…っ…!」」


入室と同時に退室して行ったラスティの姿に2人同時に噴き出すと、アスランはキラの額に軽く口付けを落とした。


キラもまた、アスランの頬に軽くキスを返す。


「ラスティ、呼んであげよっか?」

「…そうだな、呼んでやるとするか」


共犯者は悪戯っぽく笑い合うと、扉の外で手持ち無沙汰に佇んでいるであろう仲間に声を掛けるべく立ち上がった。



◆END◆



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