-Z.A.F.T. RED'S-
□Friends or Lovers
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―オーブ連合首長国―
南太平洋ソロモン諸島の大小さまざまな島から構成される、赤道直下の常夏国である。
「…んまぁ〜!キラ様!アレッ…いえ、アスランさんも…お久し振りでございます!」
観音開きの大きなドアから覗いた懐かしい顔に、キラとアスランは瞳を和ませた。
「マーナさん、こんにちは。元気そうで良かった…」
「今日はお言葉に甘えて、大人数で押し掛けてしまって申し訳ない」
アスランの肩越しに、銀・金・若草の色とりどりの髪の若者達が深々と頭を下げる。
「とんでもない!大勢の方がお食事も美味しゅうございますし…このマーナ、腕をふるわせて頂きますよ!!」
「――マーナの料理上手はわかってるから、そろそろお客様方を邸内へ案内してはくれないか?」
クスクスと笑みを零しながらエントランスに現れた金髪の少女、カガリはドアの前へと足を進めた。淡いライムグリーンのチュニックにオフホワイトのパンツ。とても一国の代表とは思えないラフなスタイルだが、活き活きとした輝きを湛える金茶の眼差しにはよく似合っている。
「こんなとこで立ち話もなんだから、上がってくれ。この時間はテラスからの眺めが最高に気持ちいいんだ」
スラリとした痩躯の少女に案内され、訪問者一向は海を眺望出来る開放的なオープンデッキへと通された。白を基調とした家具やサンシェードはどれもシンプルな造りをしているものの、最高級の逸品ばかりだという事が素人目にもわかる。
「お前ら遠いところまでよく来てくれたな!…あれっ?ラクスは?」
「ああ、ラクス嬢は夕方のシャトルで来る事になった」
切りそろえられた銀糸を揺らしながら生真面目に返す青年の薄い肩に、浅黒い腕が伸びる。
「おひさし!ラクス様は確か15時発…だっけか?ニコル?」
のしかかった腕を振りほどこうともがく親友の姿を気にするふうでもなく、ディアッカは傍らの少年に視線を投げた。
「ええ、我々と違って女性は準備もあるでしょうし、時間に余裕があった方がいいだろうって…アスランが」
「へぇ…?アスランがねぇ〜…」
からかいを多分に含んだカガリの言葉に、アスランは殊更ゆっくりと藍色の髪をかき上げた。
「…なんだ?そのバカにしたような目は…」
「バカになんかしてないぞ!鈍感の塊だったアスランが成長したなと思ってさ、うん。褒めてるんだ!」
「褒められてる気が全くしないんだが…」
がっくりとうなだれてしまったアスランを横目に、カガリとキラは顔を見合わせてくすりと笑いあった。
* * *
「――確かキラはザフトに入隊したんだよな?皆と上手くやってるようで安心したよ…アスランは今どうしているんだ?」
ややハスキーな少女の声に、テーブルに次々と並べられて行く乳白色のドリンクを見るともなしに眺めていたアスランはどう応えるべきか逡巡した。
「…アスランね、ニコルのお父さんにヘッドハンティングされちゃったんだよ!」
まるでアスランの胸中を察したように、キラが言を紡ぐ。
「ニコルの…?」
カガリは隣に座った弟の紫玉を覗き込むように身を乗り出した。
「うん、以前からロボット工学に興味があったんだけど、メカニック技術を見込まれちゃって。ね?アスラン?」
《続きは自分の口で話してあげたら?》
まるでそう訴えているようなキラの視線に苦い笑いで応えると、アスランはゆっくりと口を開いた。
「…まだ正式な雇用契約を結んでる訳ではないが、マイウス市にあるMS開発施設でアマルフィ氏の携わっている人工知能開発設計の助手をしている」
「ふふ。おかげで父は毎日生き生きしてますよ。アスランには感謝してます」
少女のような面差しをしたニコルが、飴色の双眸を細めてアスランを見上げた。
「…そういや貴様はヴェサリウスにいた頃も部屋に籠もって黙々とマイクロユニットを量産してたっけな。ふん!根暗なやつだ」
「イザーク…久し振りにアスランに会えて嬉しいからって絡むのはやめとけよ」
やや癖のある金の髪を揺らしながら大仰に溜め息をつく青年の声に、イザークが弾かれたようにガタンと立ち上がる。
「なっ…!?なんだとディアッカ貴様ぁ…もう一度言ってみろっ!」
「ディアッカ、そうやって話を混ぜっ返すのやめてよね?イザークも…そんなに興奮すると喉が渇くよ?ほら、飲み物頂いたら?」
頭から湯気でも出しそうな程にいきり立つ僚友を見上げると、キラはマーナの並べてくれたドリンクをイザークへと差し出した。
「うむ…、せっかくの心遣いだ!ありがたく頂こう!」
ごくごくと喉を鳴らして一息に飲み干すイザークを眺め、カガリはくすくすと笑い声をたてた。
「マーナ特製のラッシーは最高だろう?しっかし、お前らは面白いな!」
「からまれる俺としてはちっとも面白くはないがな…」
まるでコントみたいだと身体を小刻みに揺らして尚も笑い続けているカガリを軽く睨むと、アスランは空を仰いで嘆息した。
* * *
「ね、みんなでビーチに出てみませんか?水着は持って来てますよね?」
一斉に集まった視線をものともせず、最年少の提案者は青年達ににっこりと笑む。
「おっ!いいねぇ〜、普段かっちり軍服着込んでばかりじゃ肩も凝るしよ〜」
「そうだね、僕も久し振りに地球の海で泳ぎたいかも!」
ディアッカの賛同に続き、ウキウキとしたキラの声が重なる。
「――俺は…う…海は苦手だ!以前うっかり日焼けしたら、夜中に背中が痛んで眠れなかったぞ!」
銀糸を揺らして腕を組み、ぷいと横を向く仕草は、彼を年齢よりも幼くみせた。
「あれは、イザークが調子に乗って日焼け止め無しに1時間以上もビーチバレーに熱中したからじゃない。自業自得だよ!ねぇニコル?」
キラの声に眉を寄せたニコルは、得たりとばかりに目を輝かせると、両手をポンと打ち合わせた。
「ああ!ラクス様が企画された、ザフト新体制レクリエーション合宿の時のあれですね!」
「そう、それそれ!」
ザフトを代表する双美姫に強い視線を送られ、イザークはばつ悪そうにふぃと顔を背ける。
「…ふんっ。だが俺はビーチバレーは大変気に入っている!……日焼け防止に総員MSに搭乗して行ったらどうだろうか?」
細い顎に指先を添え、至極真面目な顔つきでぶつぶつと呟く仲間にニコルの表情は凍りついた。
「―――正気ですかイザーク?」
「小回り利く機体のがいんじゃねぇ?変形可能なヤツでスラスター踏み込みしやすいやつ!セイバーとかさ」
アッハッハと高笑いをしながらバシバシ己の膝を叩くディアッカは、どこまでもお気楽思考である。
「…セイバー…?」
キラは記憶を探るように小首を傾げると、発言者であるディアッカを見上げた。
「そっか、キラはあん時まだオーブにいたんだけっけか?セイバーってのは…」
「お前がクレタで斬り刻んでくれた俺の機体だよ」
言葉の後半を攫うように響いたテノールに、キラは傍らの親友を仰ぎ見た。
「――えっ…あ…、そっか…あの時はごめん…」
キラは華奢な体躯を更に縮めるようにして、しゅんと縮こまった。
「怒って…る?」
返らない声に不安を覚え、翡翠に浮かぶ感情の色を探ろうと試みるが、アスランの視線は海に向けられていて微動だにしない。
「ずるい聞き方するなよキラ、大事な愛機をみじん切りにされたら普通は怒るだろ!?」
「みじん切りって…そこまで刻んでないよ?!大袈裟なんだから、カガリは」
両腕を組んで深々と頷く姉に、キラも負けじと反論した。そりゃ勿論自分が取った行動は問題があったとは思うが、そもそもあれは一刻も早くカガリを守ろうとした結果でもある訳で。…しかしそんな事を口に出そうものなら3倍、いや10倍の応酬は目に見えている。
「みじん切りじゃないなら、何切りだってゆーんだよ?」
「何って……ぶつ切り…?」
ゲホゲホと盛大にむせるディアッカに冷たいおしぼりを差し出しつつ、ニコルは飴色の瞳をキラに向ける。
「あの切り口は匠の技でしたよね!さすがはキラだなって、みんなで感心したんですよ〜」
「え…そ…そうかな!?」
俯いて頬をかくキラの肩を、イザークの手が労うようにポンポンと叩いた。
「ああ。瞬時に判断したにも関わらず誘爆を避けて切断したあの技巧には恐れ入ったぞ!…えぇいディアッカ!貴様いつまでもゲホガホと五月蝿いぞ!?もっと静かにむせろ!…って口を拭ったおしぼりを俺に投げるな!」
アスランは短く息を吐くと、もはやただのおしぼりの投げ合い合戦となったテーブルからそろりと離れた。
見えない糸に引き寄せられるように、キラもその後を追う。
「――アスラン…?」
賑やかな談笑が尚も続いているバルコニーを背に室内を見渡すが、探し求める姿は見つけられなかった。
生真面目なアスランの性格上、招待された身で勝手に屋敷の外へ出て行くとは到底考えられない。アメシストの双眸に困惑の色が滲ませると、キラはもう一度ゆっくりと室内に視線を巡らせてみた。
カウチソファの奥、カーテンの向こうに藍色の細い髪が風に遊ばれ、緩やかに舞っている。
「……みつけた。こんなとこにいたの?」
先程のメインバルコニーに比べれば面積こそ狭いが、素足でも歩けるように敷き詰められたウッドパネルやこじんまりしたテーブルセット、活けられた花々の淡い色彩はほっと息をつける空間を造り出している。
もしかしたらカガリが寛ぐプライベートスペースなのかもしれない。
キラは手すりに身体を預けるようにして海を眺めているアスランの隣に並ぶと、秀麗な横顔をチラリと見上げた。
「…やっぱりまだ怒ってるんでしょ?」
常よりもトーンの低いキラの声に、ようやくアスランは視線をカチリと合わせた。
「…怒ってなんかないさ」
「ホントに?」
翡翠の双眸は穏やかに煌めき、憤りの色は微塵も感じられない。
「ああ」
「ホントのホントに?」
アスランの言葉に嘘はないとわかってはいても、ついそう聞き返してしまうのは少し前から彼を包むピリピリとした空気のせいだ。
「だって、なんだかキミずっと不機嫌そうにしてたでしょ?だから…う…わっ…!?」
突然強い力で手首を引き寄せられ、キラはアスランの胸に倒れ込んだ。
華奢な身体を腕の中に閉じ込めるように掻き抱けば、甘い香りがアスランの鼻腔を柔らかくくすぐる。
「アスラン…?」
数瞬の沈黙の後、アスランは意を決したようにそっと体を離すと、キラの薄い両肩に手を乗せて紫玉を覗き込んだ。
「――キラ…、頼むから……」
一体どうしたと云うのだろう。
キラは自分より幾分高い位置にある視線を受け止めながら首を傾げる。
「カガリはともかく、イザーク達とあんまり仲良くならないでくれ…!」
「…ぷっ…!…くくく…」
反射的に噴き出してしまった口元を片手で押さえると、キラは肩を小刻みに震わせて俯いた。
「…だから云いたくなかったんだ」
アスランは藍色の髪をガシガシかき混ぜると、ふいっと背中を向けて手すりにしがみつくようにして凭れかかった。
「ゴメンゴメン、だって…アスランってば子供みたいなカオするんだもん」
キラは目尻に滲む涙を指先で拭うと、アスランの背中に額をコツンとぶつけた。
「なんか…すごく、嬉しいかも」
「…え?」
囁くような声にアスランが振り向いた瞬間、唇にふわりと温もりが触れる。
「―――こんな可愛いカオのアスランを知ってるのは、きっと僕だけだから…なんてね!」
頬をうっすらと染め、はにかみながら見上げてくるキラは凶悪な程に可愛い。
「お前…さては確信犯だな?」
「ふふっ、何の事?…ねぇ、明日はキミの誕生日だよ?プレゼントは、今年も同じでいい?」
「…ああ、勿論」
《キラ・ヤマトを1年間独り占め出来る権利》
「では契約書にサインをどうぞ」
ふんわりと瞼を閉じて誘惑するのは、宇宙最強で最愛の恋人。
アスランは翡翠の宝玉をうっとりと細めると、桜色の《契約書》に唇を寄せた。
■Fin■