-Z.A.F.T. RED'S-

□愚者と姫君
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CE73.2.14.
血のバレンタインから3年。

節目を迎えたこの年は、プラント首都アプリリウスに各国代表を招致しての追悼慰霊祭が行われた。


「お疲れ様、アスラン。すごく立派な弔辞だったよ」

「…ありがとう。キラもお偉方への挨拶まわりお疲れ様」

戦闘で出撃する事もなくなって久しい昨今、MSで宇宙を駆けるよりもデスクで書類と戦う事が増えた。
それはとても喜ばしい事には違いないのだが…


「う〜…ん…(のびっ)なんだか堅苦しい場所にいたせいで肩凝っちゃったね」

「そうだな…段々とこんな仕事も増えて来るかもしれないが…ガラじゃないよな」

「ホント…あ!ねぇ、今日はバレンタインだけど…ここではチョコとか…みんなどうするの?隊のみんなで友チョコ交換会とかするの?」

「…友チョコ交換会?!そんな話は聞いた事がないな…。アークエンジェルではそんな事してたのか?」


時折、キラの口から以前の生活の話が飛び出すが、その度にギョッとするエピソードのなんと多い事か。地球連合軍が特殊なのか、アークエンジェルが特殊なのか、…はたまたキラが特殊なのか…判断に困るところだ。

「うん♪ミリィやマリューさん、カガリ達に混じって、僕やトールもチョコを買ってみーんなで交換したんだよ?フレイのくれたゴディバのミルクチョコ美味しかったなぁ〜…ふふっ」

その時の事を思い出しているのか、キラは頬を染めてとろけそうな笑みを浮かべた。

「…もらったのは友チョコだけか?その…まさか本命チョコとかは…もらったり…あげたりは……」

「うーん…カガリからもらったけど、姉弟からはノーカウントかな?…フレイからもらったやつはカードに“義理”って5センチ角の文字が書かれてたし…他は…」


顎に指を添えて宙を睨み、ブツブツ…と譫言のように反芻するキラの様子にアスランはほっと肩の力を抜いた。

「そうか、あげてももらってないんだな?」

「むっ、何かすっごく嬉しそうじゃない…?」

キラは隣に並んで歩を進めている幼なじみの秀麗な顔を、横目でチラリと伺う。

「Σいやっ、別に嬉しそうになんか……ただ、俺もチョコを貰ってないから…同じだなって思っただけだよ」

「え?」

キラはピタリと足を止めると、ブンっと音がしそうな勢いでアスランを振り仰いだ。

「――誰からもチョコもらってないの?」

「ああ、残念ながら」

「嘘だぁ!…アスランがザフトでモテモテだって事くらい、僕だって知ってるよ?」

「馬鹿だな…!物心ついた時からキラ一筋の俺が、キラ以外の相手からチョコを受け取る訳がないだろう?」

「…え…っ?そ…それってもしかして…(告白…?//」


「…今年はキラからの本命チョコが欲しいな…今夜は外で一緒に夕食を取らないか?」

「……うんっ…♪」


ほんのりと桜色に染まったキラの頬に、アスランは内心で万歳三唱したのであった。


*****



「誰が一番チョコもらえますかね?やっぱり今年も不動のアスランですかね?」

クルーゼ隊最年少の少年は、若草色の髪を揺らしてテーブルの上に身を乗り出すと、両脇に座る同僚に悪戯っぽい眼差しを投げた。

「そらやっぱアスランだろ?そんで二番手がイザーク、ここのワンツートップは不動の鉄板だろうな〜」


ディアッカはがっしりとした浅黒い腕を胸の前でゆったり組むと、したり顔でうんうんと頷く。

「3位以下は僅差での接戦でしたよね…ちなみに3位は僕でしたけど←」

「――ふんっ、議員のマダムから整備士のジジィまで、貴様はしっかり外堀を固めつつ浮動票を掴む策士と来たもんだ!なぁニコル?」

「…アスランに勝てないからって僕に絡むのやめてもらえませんかイザーク」

「Σなにいっ貴様っ!ぬぅわにがバレンタインだ!あんな菓子会社の販売商戦に踊らされて、この俺が一喜一憂してたまるかっ!」

弾かれたようにガタンと立ち上がったイザークを中心に、ざわざわとさざ波のような声がホール内に広がる。


「まぁまぁイザーク、ほらそのへんでやめとけって…。ナチュラルのお嬢さん達がびっくりすんだろ!」


声を低めながら辺りを見回すディアッカにつられるように、ニコルとイザークは目だけを動かして周囲の様子をチラリと伺った。…遠巻きに幾つもの視線が自分達に注がれているのがわかる。

「…ふんっ!」

イザークは居心地悪そうな空気を跳ね返すように、ドカッと椅子に腰を下ろした。

「やれやれ……。――なぁ?ナチュラルの中にも結構可愛いコいると思わねぇニコル?」

「…ディアッカ、まだ式典終わったばかりですよ?不謹慎ですっ」

「なぁんだよ〜イイコぶりやがって。とかいいながらホントはちゃっかりチェック入れてんだろ〜?」

「…バレてましたか?…実はあの右から3番目のふわふわ金髪の女の子…可愛いなぁと思ってたんですよね…でも両側に野郎連れだから無理かなぁ…」


ニコルは人好きのする幼い笑顔を満面に浮かべると、少し離れたテーブルでこちらを見ている金の髪の少女に手を振った。


「どれ?…ああ…なるほどね〜、お前の好みって相変わらず無垢な白雪姫だよな〜(ひそっ」

金の髪の少女はキョロキョロと辺りを見回し、手を振られたのが自分である事に気付くと、小首を傾げて砂糖菓子のようにふんわりと笑顔を咲かせた。


「ふふっ可愛い。――僕色に染めたくなりますね…」

「男のロマンだよな〜」


どうしようもない2人の会話にふんっと鼻を鳴らすと、イザークは面白くなさそうにグラスに満たされた白ワインをぐいとあおった。


****


「アスランさぁ〜ん♪」


聞き覚えのある声に振り向くと、燃えるような緋色の髪をした少女が2人、通路の向こうから小走りに近寄って来る姿が見えた。

「…メイリン?ルナマリアまで…そんなに慌てて…どうかしたのか?」

「…良かったです〜、ホールに行く前に見つけられて…あのっ、これ受け取って下さい」

「私からも…これ。勿論、受け取ってくれますよね?アスラン?」


今日、この日の小さくて可愛らしい紙袋は、中身を確認しなくとも“チョコです”と激しく自己主張をしている。


「いや…その…俺は甘い物は……」

「はいっ☆去年お渡しした時にそう伺ったので、今年は甘さ控えめのビターにしてあります!ね?お姉ちゃん♪」

「ええ。馬鹿にしないで下さいね?私達、それくらいはちゃーんと、学習能力ありますよ?」
「いや…馬鹿にした訳じゃ………」


―――まずい。

非常にまずい展開になったとアスランは戦慄した。



「ふーん…アスラン、去年も貰ったんだ」


予感的中。

可愛くて甘くて優しくて暖かいはずのキラの声が、まさかこんなに鋭利な刃物で肌を撫でられるように聞こえる日が来ようとは…。

「…あ…いや……その…あれはだな……」


背中を流れる尋常じゃない汗の量は、牛乳瓶1本分は間違いない。


「…なら…今年も貰ってあげなきゃね?…男なら女性に恥をかかせちゃいけないんじゃないかな?」

「うわ〜キラさん格好いいですっ!私っ、ファンになっちゃいそう☆」

「ふふ、ありがとうメイリンちゃん」

「ホント…キラさんて見た目は中性的で柔和なのに、中身はパリッと男らしいんですね!」

「ルナちゃんにそう言ってもらえるなんて光栄だな…ほら、アスラン受け取ってあげて?」


冷ややかなアメジストに射抜かれ、アスランはギクシャクと身体を動かした。


「…ああ……ありがたく頂くよ…すまない」


口の中も喉もカラッカラに干からびていて、思ったように声が出せない。


「…去年もアスランはチョコをもらってたんだね?……ふぅん…。危なかった…もう少しでくれくれ詐欺に引っかかるとこだったよ」


「…くれくれ詐欺…?」

「なんです?それ?」

「ああ、ゴメン。気にしないで?ちょっとした独り言だから」

キラは肩を竦めてくすくす笑うと、不思議そうに首を傾げる2人に向かって小さくウインクを投げた。



「…さて、と…。僕、今日は隊のみんなと一緒に夕飯食べよーっと♪アスランは姫君達をディナーに誘ってあげたら?」

「いいんですかぁ〜?」

「ホントですか!?やったねメイリン♪」


「じゃあ僕はこれで!楽しんで来てね?」

しなやかな動きで敬礼をとると、キラはひらりと身を翻して歩き出した。


「キ…キラ、待ってくれ俺は……俺が欲しいのは…!」


「なんか僕、急に耳が遠くなったみたい。ふふ、トシかなぁ?」


超スピードで遠ざかる栗色の頭は、もはやどんな言葉にも振り返る事は無かった。


2014.2.14.「愚者と姫君」up
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