〜頂き物〜(強奪厳禁)

□大天使の腕の内で
1ページ/2ページ

瞼が重い。
 覚醒する途中、全身を駆け巡る激痛に再び意識を埋没させそうになりながらも、必死で瞼を持ち上げた。俺の手をずっと握っている手があるのを感じて、あの時海で撃墜されながらも、死んではいなかったのだと知らされた様で酷く安堵した。
 まだ僅かに霞む視界に、ココア色の髪と紫玉の瞳が揺れながら映る。
「アスラン……良かった……!」
「キラ……? ここは……痛ッ……俺……は……ッ」
「喋らないで。ここはAAの医務室。一緒にいた女の子も無事だよ。彼女は掠り傷だ。君はかなり重傷なんだ。随分意識が戻らなくて、カガリなんてずっと泣いてた」
 身を起こそうとして激痛に襲われた俺を、半ば強引に横たえながらキラがそう説明する。そうか。メイリンは無事だったんだ。俺は思わずほっと息を吐いた。メイリンを巻き込んでしまった。ルナマリアはどうしているだろう? レイは? 俺を討ったシンは? 判らない事だらけだ。
「アスラン。もう何も心配は要らないから、もう少し眠って? 僕達はまた話せる」
 紫玉の瞳が潤んで揺れる。そんな顔、させたくないのに。
「俺……は、お前を傷つけてばかりだ……な」
「そんな事ない。僕は大丈夫だよ。今の君は休まなくちゃ。ね?」
「ああ……すまない。少し、眠る……」
「うん。僕、ずっとこうしてるから」
 キラは俺の手をきゅっと握って、潤む瞳に安堵の色を浮かべながら微笑した。その儚い微笑みに見守られながら、俺は再び深い眠りに落ちた。

 ……夢をみた。
 月の幼年学校時代の夢。
 今よりずっと幼い顔をしたキラが、息を弾ませて俺に駆け寄って来た。
「アスラン! 訊きたい事があるんだ。ちょっといい?」
「キラ……? 何だよ改まって」
 キラは俺の腕に掴まる姿勢で顔を寄せて、云った。
「ねえ、アスランって、挨拶以外のキスってしたことある?」
「はぁ!?」
 何を突拍子もない事を訊いて来るんだ!? 大体俺はキラと一緒にいる事が多くて、GFのひとりもいない体たらくだと云うのに。
 俺がそう応じると、キラは瞳を輝かせて云った。
「だったらさ、僕としてみない? 挨拶じゃない、特別なキス」
「何云ってるんだよ、キラ。そういうのはちゃんと女の子と……」
「練習だってば。僕やアスランにそういう子が出来た時に経験がなかったら、困ると思わない?」
「……それは……まあ、そうかも知れないけれど……」
 視線がついついキラのふっくらとした唇に向かってしまうのを誤魔化す為に顔を背けて、俺はしどろもどろになりながら応える。女の子とするキスなんて考えた事もなかった。俺が挨拶じゃないキスをしたいと思ったのはキラだけだなんて、云える筈ないじゃないか。
「じゃ、まず僕からするね! 恥ずかしいから目閉じてて」
「待てよキラ。本当にキスするなんて俺は云ってないだろ!?」
「いいの、するの! 目閉じて!」
 こんな時、俺の大事な幼馴染は結構強引だ。
「判ったよ……これでいいか?」
 俺は瞼を下ろした。うっすらとキラの表情が判る程度に目を開けて。
「うわ、何かドキドキするね。……するよ、キス?」
 云って、キラより少しだけ背の高い俺の首にぶら下がる様にして、唇を寄せて来た。そっと俺の唇に重ねられるそれは想像より柔らかで温かい。
「…………?」
 唇は重ねられたままだ。ただ触れているだけで、なんのアプローチもない幼い口付け。こっそり目を開くと、固く目を閉じて必死の顔で唇を押し当てるキラの顔が目の前にあった。キラにはこれが精一杯の『挨拶じゃないキス』なのだろう。
 俺の中に悪戯心が生まれた。
 俺は両手でキラの頬を包んで、固く閉じられたままで押し当てられている彼の唇を舌先で辿った。ぴく、とキラが身を固くする。でも止めない。止めてなんかやらない。先に仕掛けたのはキラだ。俺はキラの唇を舌でこじ開けて、歯列を割って口腔に侵入した。
 キラがビク、と身を震わせた。けれど拒もうとはしなかった。俺はよく判らないながらも、キラの舌を絡めとり吸い上げた。
「……は……っ」
 息が上がる。それはキラも同じだった。絡めとる舌に応じる様に、キラは懸命に舌を動かす。キラの舌は甘い味がした。キスが甘いって、こういう事なのか。そう思いながら執拗に口腔を蹂躙する。
 ──暫くそうしてキラの唇を味わって、解放する。キラの頬は紅く上気して、呼気は早く乱れていた。俺も僅かに息が上がっている。初めてのキスでこんなに舌を絡め合ったのだから当然なのかも知れなかった。
「僕からって……云ったのに……狡いよ、アスラン……」
「キラが子供みたいなキスするからだよ。もっと大人のキスがしたかったんじゃないのか?」
 云うと、キラは拗ねた様な眼差しで俺を見上げて云った。
「もしかしてアスラン、経験者?」
「まさか。キラが初めてだよ」
「だって、何だか慣れてた」
「慣れてなんかいるわけないだろ!? 俺一応親の決めた婚約者がいるんだから彼女いないし……婚約者と会った事はまだないけどさ。だから今のキラが初めて」
「なら、いいや」
 キラが破顔する。
「本当は、アスランの初めてが欲しかったんだ」
「え?」
「好きだよ。アスランの事、友達以上に」
「──男だぞ?」
「判ってるよ……こんなの、変だって。でも好きなんだ、アスランの事。君は、僕の事嫌い?」
 恐る恐ると云った態でキラが訊ねる。その様子が可愛くて、俺は思わず彼の肢体を抱きすくめた。
「嫌いだったら、あんなキスしてないよ──俺も好きだよ、キラ。俺も君も男だけど、そんな事構っていられないぐらいに」
「……良かった。ねえアスラン、好きだよ? さっきの、もう一回して?」
「キラ……」
 再び、唇を重ねようとして──……。


「ん……」
 息苦しさと、柔らかで温かい感触に意識が引き戻されて、夢から醒める。
 目を開くとキラの顔が至近にあった。今は閉じている紫玉の瞳。夢で見た記憶より、僅かに大人びた顔。絡め取られた舌に、含み切れない唾液が唇の端から零れる。
「気がついた?」
 唇を離してキラが微笑した。俺は零れた唾液を手の甲で拭って乱れた呼気を整えた。
「アスラン、呼んでも起きないから、唇塞いじゃった」
 そう云って笑う顔は昔に戻ったみたいに無邪気で、俺は怒る事も忘れて苦笑した。この代償は高いぞ、キラ?
「アスランが生きてAAに戻って来られて、本当に良かった。僕の気持ちは変わらないから。ずっと好きだったし、これからもきっと、ずっと好きだよ」
「ああ、知ってたよ。だから……」
 傷の痛みに重い腕を持ち上げてキラの顔を抱き寄せると、その耳元に囁いた。
「キラ、俺の上に乗って? 今すぐ抱きたいけれど、この身体じゃ無理だ。君が上になるんだ。気持ち良くさせてあげる」
「アスラン!! 傷に障るよ!?」
 動揺を露にしたキラが慌てた口調で云う。そんなこと構うもんか。それより、今のキスで火が点いてしまった躯を黙らせるのが先決だ。責任はキラ、君にあるんだって知ってる?
「抱かせてよ……キラ……君だって『そういう気』があるんだろ……?」
 もう一度、今度は俺からキスを仕掛けて囁いた。キラを抱き寄せた手を下肢に滑らすと、そこはもう熱を孕んでいる。これでそんなつもりはないなんて云わせない。
「好きだよキラ。君が傍にいる事、確かめさせて」
 もっと、深い場所で──。

<了>
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ