〜頂き物〜(強奪厳禁)

□プレゼント side ラクス
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「ふぅ……」
プラント最高評議会議長執務室。

その現在の主であるラクス・クラインは、そっと息を吐く。窓の外は既に闇に覆われ、執務室の中はそれでもストレスのかかるブルーライトを控え目にした、けれど暗くはない穏やかな照明があたたかい光を落としていた。

ラクスはデスクに据えたモニタに視線を落とし、再び逸らす。膨大な議事録は果てしない。停戦協定を結んだ地球軍との対話を進める為にも、戦の記録を知る必要はあるのだが。
(……流石に、疲れますわね)

評議会の議員一同に請われて就いたポストなのだ。疎かには出来ない。だが。 ラクス・クラインとて、まだ10代の娘に過ぎないのである。恋愛だって……。
(キラ……)

長き戦を停めた英雄と呼ばれるコーディネーターの中でも最高の戦士と誉れ高き、キラ・ヤマト。彼は今ザフト軍人でも『白』を纏う者として、ラクスの護衛任務を担うのだが。
(『今日』が非番だなんて、酷いですわ)

溜め息。

『僕はシフト変えて貰ってもいいんだよ』
キラはそう云っていたのだが。
『わたくしは公私を持ち込むつもりはありませんわ』
そう応じたのは他ならぬラクス自身だ。しかし実は彼女の精一杯の我儘を云いたい気持ちがあった。即ち。
(もうひと押しして欲しかっただけですのに)

それでも今日はシフトを変える、と云って貰いたかったのに、キラはあっさり折れて、まんまと非番になったのである。……因みに彼がそこまで乙女心に聡いとは思えないのが本音だが。

2月の初め。地球にある小さな島国のひとつで、その更に古い暦に『立春』という日があると、いつか聞いた。『春』になる日であると。それを語ったのはイザーク・ジュールであっただろうか。彼は古代文明のたぐいを好む。

暦の春。しかし常に気象を操作されるプラントには、あまり意味はないだろう。なのにその『暦』というものにはロマンティックなイメージを持ってしまう。
そして、『今日』は……。
コッ、コッ、コッ。
物思いに耽っていたら、執務室のドアにノック音。
「ラクス、居るんだよな?」
ドアモニターからの声は、同年代の女性の……しかしやや低い……よく知っているものだ。
「カガリさん? どうぞ、お入りになってください」
ラクスはシャッターのキィを解く。そこには、地球軍サイドで首長を務めるカガリ・ユラ・アスハが、両手を背後にまわす姿勢で佇んでいた。
「仕事忙しいのに、邪魔にならないか?」
遠慮がちなカガリに、ラクスはふわりと笑みをみせる。
「いいえ。寧ろ嬉しいですわ。お久し振りになりますわね。でも、唐突ですのね。よろしいのかしら?」
「ああ。その……アスランがどうしても、と云って……」
やや口ごもる調子で云うと、背後に隠していたものを差し出してみせた。
それは淡いピンクでまとめられたブーケ。
「ラクス、今日は誕生日だからって、アスランが。あいつ、自分より私が届けた方がいいだろう、って」
「まあ……」

アスラン・ザラ。彼はかつてラクスの婚約者だった。過去形なのは『今は違う』ということーー。
「こういうところは、殿方は不器用ですわね」
小さく笑って、ラクスはブーケを受け取る。これまで小型メカ『ハロ』を作ってくれていた人。ラクスの心がいつの間にかキラへの恋に移り変わってしまったことに気付き、彼自身も次第にカガリへと心が向かい……破談となった許嫁。本当に不器用な男だと思う。
ーーそして。
ラクスへの想いもーーおそらく彼自身が自覚不足のーーキラへの愛も、断ち切ろうとしている優し過ぎる男。
彼は、幸福なのだろうか。恋心をもて余す彼は。カガリを愛そうとすることで、現実を拒絶して。
(これは、わたくしの驕りなのでしょうか)
コーディネーターの婚姻統制により結ばれた関係から始まった、幼さの含まれた恋に過ぎなかったのに。それでも、好きだったのに。

「カガリさん」
ラクスはブーケをデスクに置いて、カガリに向き直った。
「貴女とアスランへの、お礼にはなりませんけれど……」
云って。
カガリを抱き寄せて。
彼女の唇を自身のそれで封じる。
「!!」
突然過ぎる同性からのキスに当惑されたものの、性的意味合いの交ざっていない意図は察せられ、少しだけ応えてみる。
僅かな口づけを交わして、互いにそっと身体を離す。
「ラクス……このキス……」
覚えのある感覚に、カガリは問う口調で確認を求めた。ラクスは儚く笑んで応える。
「ええ、アスランの好むキスですわ」
「ラクス……もしかして本当は……」
「いいえ。今のわたくしは、もう……キラを『知って』いますから」
「……なら、いいけど……」
戸惑いながらも、どうにか受け入れる気持ちを保って、カガリはそう呟いた。これはこれで好意のひとつだと。
「じゃあ、私は今夜はプラントで一泊して、明日早くのシャトルで地球に帰るから。キラにもよろしくって伝えて貰いたいんだけど」
「判りました。アスランにも、お礼を伝えてくださいね」
……そんなラクスの、繊細な微笑みを。
カガリは、多分忘れられないだろうと、思ったーー。

<了>
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