終わりのセラフ

□ハジマリノヨル
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「トリック・オア・トリートぉ〜♪」

薄暗い室内に突如響き渡った底抜けに明るい声に、ミカエラは不機嫌そうに眉を顰めた。

「ミカくーん、トリック・オア・トリートですよ〜」

「…………だから?」

無感情な声で平坦に返されるのはいつもの事だが、今夜は金色の柔らかい髪の先にまで苛立ちの炎が揺らめいている。どうやらかなり機嫌が悪いらしい。
いや、間もなく始まるお姫様強奪計画を前に全神経を張り詰めているせいかもしれない。

「はあ〜、ミカくんにそんな冷たい反応されたら、お父さん泣いちゃいますよぅ?」

よよよ、と泣き真似しかねない相手の声音に脱力しそうになる自分を叱咤し、下腹にぐっと力を込めてミカエラは椅子から立ち上がった。

「誰が、誰の父親だって?」

ヒュオオォ…と立ち昇った冷気をものともせず、銀髪のバンパイアは満面の笑みを浮かべてミカエラの横顔を覗き込んだ。

「やだなぁ、忘れちゃったの?情報収集で人界に潜伏するに当たって、便宜上ボクらは親子って事になってるって事。あ〜、それともぉ……」

バンパイアの証でもある紅眼に、獲物を前にしたねっとりとした色欲が滲む。

「あーんなコトとかぁ、こーんなコトとかぁ、イロイロしちゃってるボクを父親と呼ぶなんて、さっすがに倫理に反するとか思っちゃうとか?あはっ♪」

「…っ!ふざけるのもたいがいにしろフェリド!クルルの指示じゃなかったら誰がお前なんかと…!」

「はいはい、お静かにー」

身構える隙を与えない指先がミカエラの顎を瞬時に捉え、捉えると同時に強引に唇を塞ぐ。
侵入を許すまいと固く唇を引き結ぶ姿はまるで生娘のそれのようだ。
フェリドは喉の奥に込み上げる笑いを噛み殺すと、相手の反応を愉しむように殊更ゆっくりと舌でなぞった。

屈服させたい。
甘やかしたい。

相反するふたつの感情を身の内に抱え、そんな己の有り様に心揺れるのも悪くはない。飽く事にすら飽きる程に永い生の中で、心躍る何かを見つける事がどんなに奇跡に近い事か。
そう、ほんの少しの気まぐれに過ぎない。
脳内での自問自答に納得したフェリドは、自嘲気味な笑みを刻んでいる自身に気付いてはいなかった。

「……っ!放せ!」

両腕を突っ張って身を捩り、怒りを隠す事なく見上げてくる碧玉に満足すると、フェリドは腕の拘束をゆるりと解く。

「それもこれもぉ、優ちゃん強奪に目が眩んだミカくんが手当り次第に同族屠ったツケでしょお?レスト・カーの“お気に入りくん”まで斬り捨てちゃったのは、さあっすがにマズかったよねぇ〜」

「ふん…。優ちゃんに害をなす存在を排除したまでの事だ」

今では戦場でしかまみえる事の出来なくなった最愛の幼馴染みの顔が、ミカエラの脳裏に淡く浮かび上がる。人間の仲間を守らんと、己の傷を顧みずに敵陣に突っ込んで行く戦い方に何度肝を冷やした事か。

「監督不行届で吊るし上げくらった挙句ぅ、人間と手を結んで反乱でも企んでるんじゃないかーって、痛くもないハラを探られるしぃ?本来ならお菓子よりも甘ぁいご褒美をミカくんから貰いたいところなんだけどなぁ」

フェリドはミカエラの肩口に顔を埋めると、まるでキャンディを舐めるように白い首筋をぺろりと舐め上げた。

「変態め…!」

「やだなぁ、自分だって優ちゃんにおんなじ事したいくせにぃ」

「―――なぜ僕を助ける?」

激しい反論、蹴りの一発を想定していたフェリドは、言葉遊びにのって来ない相手を一瞥すると不思議そうに小首を傾げた。

「上位始祖達の派閥争いに我関せずを貫くお前が、身の危険を冒してまで僕個人の事情に…優ちゃん奪還に手を貸す理由はどこにある?」

ミカエラは相手の真意を探るべく、カチリと視線を合わせた。
人間を家畜扱いする吸血鬼達から優一郎を守り抜く為には、力のある協力者は有難い。クルルとフェリドの援護があれば、人界は勿論、地下都市からの追撃を逃れる事もそう難しくないだろう。
吸血鬼殲滅部隊の家畜化。たんなる退屈しのぎや遊びの延長ならばいいが、そこに他意があるのだとしたら?
万に一つも優一郎を傷つける可能性があるならば…どんな手を使ってでも、危険分子は潰しておかねばならない。

「クールビューティな白猫ミカくんとぉ、毛を逆立てて噛み付いてくる黒猫優ちゃん。今宵ボクの寝室で開催予定のフェリドくんお誕生日おめでとう酒池肉林ハロウィンパーティーに、ふたりまとめてご案内〜」

「優ちゃんに手を出せば殺すと言ってあるはずだ」

バサリとマントを翻すと、ミカエラは身を屈めて腰の剣へと手を伸ばした。

「やだなぁ、ちょっとした冗談なのに、本気で剣に手を掛けるとか怖い怖い。ほぉんと、ミカくんは優ちゃん馬鹿だよね〜」

「お前が言うと冗談に聞こえない」

血を求めて飢える化け物。
こんな忌まわしい穢れた肉体と引き換えに、優一郎の笑顔が守れるなら、いくらだって自分自身を投げ出す覚悟はある。
優一郎が生きて、幸せになってくれるのなら。自分はどうなっても構わないのだから。

「ねぇ、ミカくん」

常とは違った低めた声が、床に視線を落としたまま思いを巡らせていたミカエラの耳を打った。

「吸血鬼であるミカくんとぉ、人間である百夜優一郎くん。お手々繋いで仲良しこよし〜なんて、本当に出来るのかなぁ?」

「……何が言いたい」

含みのあるフェリドの言葉に、ミカエラはぴくりと眉根を寄せた。

「だぁってぇ、大好きな優ちゃんが隣にいたりしたらぁ、吸いたくて吸いたくてたまらなくなっちゃうんだよぉ?」

我慢出来るのかと言いたげな視線を真っ直ぐに受け止めると、ミカエラは静かに頷いた。

「優ちゃんを害する存在は許さない。例えそれが僕自身であったとしても」

「あっはー、愛だねぇ。…けど、その綺麗事がどこまでもつかなぁ?愛すれば愛するほど、相手の首筋に呀を突き立てて血を啜り上げたいという欲望も比例して育つ。それがボクら吸血鬼の本能であり性でもあるんだよ?そぉ〜んなに優ちゃんを愛してるミカくんがどこまで耐えられのか、うっわぁ楽しみだなぁ〜」

フェリドの飄々とした態度には慣れてはいるが、優一郎の話題に触れられるのはまた別の話だ。神経を内側からざらりと撫でられる不快さに、ミカエラは眼を眇て紅眼を射抜いた。

「ん〜いいねぇ、その眼。ぞくぞくしちゃう♪」

「……ド変態」

ミカエラの言葉に満足したように、孤を描いた唇が妖艶な笑みを刻む。

「おおっと、そろそろクルルとの合流時間だよ?さぁ、行こうか…キミの大事なお姫様を攫いに」

フェリドの声に、ミカエラの碧玉が甘く揺れた。たったひとりの愛しい人が、もうすぐそこまで来ている。
優一郎に会える。
そう思っただけで、ミカエラの全身は震える程の幸福感に包み込まれた。優一郎が幸せになれると確信出来る環境を整えるまで、ほんのひとときでも共に在る事が叶うのならばどんな犠牲も厭わない。

(待ってて、優ちゃん。一刻も早く救い出して、悪い人間達に掛けられた呪いを解いてあげるからね。)

「……フェリド」

「ん〜?」

「もし……僕が優ちゃんに呀を突き立てようとしたら、その時はお前が僕を殺してくれ」

「オッケ〜イ、その時はボクが一滴残らずミカくんの血を吸い取ってあげるって約束するから心配はいらないよぉ?」

隣に佇んでニコニコと見下ろしてくる相手の言葉に、ミカエラは口元に淡い笑みを浮かべた。

「いつもは耳障りなだけの軽口もたまには役に立つんだな」

ぼそり、とボリュームを低めた呟きは相手に伝えようと思ったものではない。

…だが…。

「ん〜?何か言ったぁ?」

「いや、何も」

フェリドの言葉に少なからず救われた気持ちになったのは、紛れもない事実だ。

ミカエラは右の掌を心臓に当てると、そっと瞼を伏せた。
窓から差し込む月明かりが黄金色の長い睫毛を柔らかく照らし出す様は、神聖な祈りを捧げるようにも見える。



「……行こう」

「はぁい」



trick or treat?

ねぇ、お菓子をくれなきゃ、
悪戯しちゃうよ?

悪霊達が歩き回る夜。
追い払うつもりなら…………相応の、対価を。





Happy Halloween,to you!





■…end……?■

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