一角夢 現代パロディ

□隣のあなた
1ページ/1ページ

※友達以上恋人未満/柔道部/一角三年/主人公二年


学校から帰るなり、俺はまた外出する羽目になった。

「風呂が壊れた…。」

「違うの、給湯器が壊れたの。蛇口もお湯は出ないわよ。だから、今日は銭湯に行ってきなさい。」

朝、普段使っている水道から湯が出ないことに気が付いた。
湯が使えないとなると風呂に入れない。
母さんの話によると明日修理がくるそうで、取りあえず今日は銭湯に行くことになった。

「母さんね、ちょっとこれから出かけるから晩ご飯もそこで済ませてきなさい。食堂あったでしょう?」

着替えの入った荷物を持ち、一角は家を出た。

「あー。分かった。行ってくるわ。」

…とまぁ、近所の銭湯に行くことになったが、一角は授業で野球をしたので、汗をかいていた。
できれば今すぐにでも風呂に入りたかった。

(めんどくせぇな…。)

わざわざ友人を誘って行くのもどうかと思い、一角は一人で銭湯に行く事にした。
銭湯に行くのは数年ぶりだった。
たまにはこういうのも悪くない。

平日の夕方の銭湯ということもあり、客は年配が多かった。
その中でも、たまに小さな子どもがはしゃぎながらロビーを走っていた。

疲れもたまっていた一角は、さっさと済ませようと入浴券の自販機でチケットを買おうと財布を出した。
自販機の前には若い女性がチケットを買っていた。
一角はその後ろに並んだ。

 チャリリン…

一角はお釣りを財布にしまう女性の後ろ姿を知っているような気がした。
そしてその勘は見事に当たった。

「あれ…一角さん?」

「女じゃねぇか。どうしてここに?」

思いもよらぬ人物に一角は声をあげた。
まさか、自分の後輩がここにいるとは思わなかったからである。

「私、週に一回はここに来るんです。一角さんこそ、どうして?」

「家の風呂が使えなくなっちまってよ。今日は銭湯ってわけだ。」

一角の話を聞いていた女は、なぜか笑った。

「何がおかしい?」

「いえ…何でもないですよ。あまりにも偶然で、おかしくて。」

お互い同じ地域に住んでいるんだから、別にばったり会うことはおかしい事ではないのに。
彼女が笑う理由が分からなかった。

「一角さん、銭湯にきたからにはいろんなお風呂を楽しんでください。ではお先です。」

結局、彼女の心境が掴めないまま行ってしまった。

(よし、俺も風呂に行くか。)

チケットを番台に渡し、一角は男湯ののれんをくぐった。

 
一通り自身の体を洗い終わり、一角は一番近くの主浴槽に浸かった。
客は勤務帰りの中年のおっさんやじいさんがほとんどだった。
自分と同じ歳ぐらいの若い男は見当たらなかった。
静かで落ち着いて湯に浸かっていられた。

(銭湯にきたからにはいろんなお風呂を楽しんでください。)

先ほど女に言われた言葉を思い出し、一角は立ち上がった。
せっかく来たのだから、全部の風呂とサウナに入ろうと思った。

「あー…きもちぃな…。」

自然と言葉が漏れ、自分もジジくさくなったなと感じた。
打たせ湯で肩を癒し、しばらくそこでさまざまな箇所をほぐした。

次に一角は主浴槽の隅にあった電気風呂に浸かった。

(うおぉ…全身ビリビリきやがる…。)

一見して普通の浴槽だが、入った瞬間に足から痛いほどの刺激が伝わってきた。
肩まで浸かるとなぜだが体が動かせなかった。
電気風呂は長くは入らずに、すぐ上がることにした。
ぬかるむ冷たい床を歩き、重い扉を開ける。
途端に外の冷たい冷気が身体をつつんだ。
湯面からは細く湯気が立ち、一角は腰に巻いていたタオルを取り、頭に乗っけた。
湯に浸かるとつい、息が零れた。
温かい湯と外の空気を吸い、一角は心地良いと思った。
少しのぼせていたので、この温度や環境は最高だった。

一角は銭湯に来て良かったと感じた。
他のメンバーときていたら、ゆっくり浸かることなんかできなかっただろう。
一人だったが、退屈する事はなかった。

ふと、一角は隣で湯に浸かっているだろう女の事を思った。
今、隣で露天風呂に浸かっているのかもしれない。

彼女白くて、細い肌…。
湯の熱で紅潮した頬…。

男は単純なもので、考えていることはすぐに表に出てきた。

いかん、いかん!
と一角は今考えていた事を頭から追い出す。

あいつを今まで一度もそのような目で見たことがなかったかと問われれば、それは否定できない。
彼女は一角にとって、一番近い異性だった。

もしかしたら、自分は彼女のことが…。

しかし一角は首を振り、そういうことは考えないようにした。

一角は露天風呂から上がり、サウナに向かった。

 *

体を洗った女は主浴槽に浸かっていた。
疲れを取るように、体のあちこちをストレッチした。
これはいつもの習慣だったが、今日はいつもと違った気持ちだった。

ただ、彼と会っただけなのに、
彼が隣にいるのだと思うと少し緊張した。
いつも以上に念入りに身体などを洗うように努めた。
おかげで、今日は少し心もすっきりしている。

(まるで、私が一角さんの事好きみたいじゃん…!)

女は顔が熱くなってくるのを感じた。

きっと、自分が出る頃には一角はもう帰った後なのだろうか…と思うと少しさみしい気がした。

(うだうだ考えてても駄目よ。ゆっくり入ってよう…。)

女は立ち上がり、サウナに向かった。

 *

「あー…気持ち良かったな。」

一角はタオルで体を拭きながら、呟いた。
なんだかんだでサウナにも入り、また別の風呂に入ったりしていたら一時間半も居座ってしまった。
だが一角は充実した時間をすごせたと思った。

腹も減り、一角は食堂へ向かった。
券売機で適当にかつ丼を買い、席に座った。

 *
 
風呂を出て着替えや髪を乾かしたりして、やっと女湯ののれんをくぐった女は、ロビーにあったベンチに腰をかけた。
時間は九時すぎ。
さすがに一角は帰っただろうと女思った。

もし会えたら、いつもと違う話でもしたいなと思った。

しばらく帰っていく人や設置してあるテレビを流し見していたが、湯冷めする前に帰ろうと女は腰を上げた。

「女!」

先ほどまで彼女が待ち望んでいた声が自分の名を呼び、女はドキっとした。
そして後ろを振り返る。

「い…一角さん。」

「まだいたんだな、帰るところか?」

女は頷き、思わずふふふ、と声を上げて笑い始めた。
一体何がおかしいのか、と一角は怪訝に思った。

「だって…私、無意識に一角さん意識しちゃって…一人で一喜一憂して…馬鹿みたいだと思って…ふふふ。」

黙って聞いていた一角だったが、少し顔を紅潮させ頭をぼりぼりと掻いた。

「それは…俺だって同じさ。なぁ、少し話さねぇか?」

てっきり笑われると思った女は、一角の言葉に嬉しく思った。

「はい!」

 *

「お前が言った通り、たまには銭湯に来るのも悪くないな。一時間以上も浸かってたし。」

ロビーのベンチに座った二人は、それとなく距離を開け、近くもなく遠くもないところに座った。
普段とは違う感触を噛み締めながら、少しずつ話し始めた。

「お前、いつもこんな長いのか?」

「なんか、今日はいつの間にか時間が過ぎてました…。」

ははは、と一角は笑った。
その声が女にはとても心地よく感じた。

「電気風呂入ったか?あれ、やべーよな。」

他愛のない話をし、話は部活に移った。

「なぁ、こないだの怪我大丈夫か?」

「えぇ、もうなんともないですよ?」

女は先日の練習試合で足首を捻挫した。医者からはしばらく激しい運動を控えるように言われていた。

「あんま無茶すんなよ?」

「ふふ、それは一角さんにもそっくりそのままお返ししますよ。
更木先生のお相手をする一角さんも、十分無茶してます。
大会前に大怪我とかしないでくださいよ?」

二人はいつも木刀を持って部員を脅す、顧問の更木剣八を思い浮かべた。
一角は剣八のお気に入りで、いつもしごいていた。
剣八もまた、相当の柔道の実力者だった。


「おう…あれは鍛錬だと思えばなんとも無いぜ。でもま、怪我には気をつける。」


ふと、二人は互いに相手の方を向いた。
当然目が合いすぐに目をそらした。

「ふふふ…なんだか不思議です。
隣を見ると、いつの間にか一角さんがいるんです。
それがもう日常で、あと三ヵ月であなたが引退するなんて思えなくて…。」

一角は三年。
大学進学のために部活は引退が控えていた。

「俺だって微塵も考えちゃいねぇよ、引退なんて。
俺は、柔道を続けるぜ?在学中はな。」

一角は隣の女を頭を撫でた。
彼自身、この大会が最後のように感じていない。
最後の夏だってことも。

だが、一角はその時期がきても柔道がしたいと思った。
部員でありたいと思った。それが日常だから。
生活の一部だったから。

彼女だって、一角にとっては仲間で、家族のようで……。

「がんばろうな、悔いの残らねぇように。」

女は一角の手の感触を忘れないように、強く思った。

「さぁ、深夜徘徊になる前に帰ろうぜ。明日も早ぇし。」

ふと、隣を見るとあなたがいる。
それは、ただの部活の先輩後輩じゃなくて
日常のような、運命のような……。



【隣のあなた】...end.
 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ