弓親夢 短編集

□雨の日の誕生日
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「あ、雨だ。」

 弓親が右手の平を空に向けると生暖かい雨粒を感じた。
走り回っていた一角とやちるは立ち止まり、空を仰いだ。

「あん?・・・うおおぉ、すげぇ降ってきたぞ。」

 ぽつ、ぽつりと降り始めた雨は瞬く間に大きな粒になり、彼らに降り注いだ。

「わーーあめだーーー!!!!」
「濡れる前に戻るぞ。」

 やちるが己の彼の肩に飛び乗り、それを確認した剣八は走り出した。

「剣ちゃん、いっそげーーー!!」

 雨水を弾くほど速く走る剣八の姿を見送ると、一角は弓親の方を振り返った。

「俺らも戻ろうぜ。」

「・・・・・・うん。」

 弓親は黒く濁った空を見て目を伏せた。



(今日は雨か・・・。)



   ***



「やっぱびしょ濡れになっちまったな。」

 シャワーを浴び終えた一角は手ぬぐいで顔の水滴をふき取った。
畳みに寝転んだ一角は目をつぶった。昼寝をするみたいだ。

 先ほどよりは雨脚は弱くなり、今は静かに雨が瀞霊廷を濡らす。

 縁側に座り、外を眺めていた弓親はため息を吐いた。

今日は自分の誕生日だと言うのに、生憎の天気だ。
口には出さないものの、今朝はいつもより丹念に身支度をした。
しかし、それも雨に降られ台無し。
汚れを洗い流し、再び着替えて化粧しなおした。

 去年はちょうど任務後の打ち上げと重なったため、みんなに祝ってもらった。
今日は特に予定も入れていなかったため、このまま一日が過ぎていくと思った。

(こういう日もあるよね。)

 寝息を立てて眠る一角を起こさぬよう
弓親は静かに立ち上がり、歩き出した。


   ***


 弓親が来たのは真央霊術院の近くにある図書館だった。
すると館内から出てきた十番隊副隊長、松本乱菊が話しかけてきた。

「あらぁ、弓親じゃない。あんた今日誕生日なんでしょ?おめでとぉっ!!」

「ありがとうございます。珍しいですね、乱菊さんがここにいるなんて。」

「も〜隊長が『分からないなら調べにいってこい』って言うのよ〜。隊長は会議で朝からいないし、今回は私が動くしかないのよ〜。」

「『今回は』じゃなくていつもそうじゃないといけないと思いますけど。」

「いーの!じゃ、私は戻って資料作んなきゃいけないから。今日は楽しみなさいよ!」

「はい。乱菊さんも頑張ってください。」

ひらひらと手を振る乱菊を見届け、弓親は館内に入った。


***


「もうこんな時間か…。そろそろ戻ろうかな。」

 読んでいた書物を棚に戻し、弓親は図書館を出た。

雨は相変わらず降り続けている。
街は霧がかかったように曇り、先が見えない。
刻は夕刻に近く、薄暗くなり始めていた。
すれ違う人数人から祝いの言葉を言われ、弓親はこんな日でも嬉しく思った。


隊舎に戻ると、先ほど会った乱菊が弓親を歓迎した。

「もう、遅いじゃない!早く始めるわよ!」
「えっ・・・乱菊さん!?何でここに?」

弓親は突然のことで驚くばかりだった。乱菊は笑顔で答えた。

「だって、あんたさっき寂しそうな顔してたじゃない。気になって来ちゃった。でも安心した。みんなあんたの事ちゃんと考えてるわよ。」

「・・・っ!」

弓親は彼女の言葉に胸を詰まらせた。

「ほら、行くわよ。」

弓親は乱菊と共に食堂まで足早に歩いた。


「今日の主役を連れてきたわよ〜〜!」

『おおぉ〜〜!!!!!」

襖を開けた途端、歓声が上がった。そこは宴会場になっていた。
十一番隊の隊士たちが並び、射場さん、恋次、檜佐木さんなど他隊も混ざっていた。
そして一角が書いたのであろう。「祝!誕生日」と書かれた横断幕まで掛かっているではないか。

「弓親ぁ!待ちくたびれたぜ。」
「そうだよ!ずーっとまってたんだからね!」

剣八は既に酒を呑んでいてほろ酔い状態だ。やちるは我慢してくれていたのだろう、山ほど乗った唐揚げが隣に置いてある。

「隊長、副隊長・・・。」

既に感極まって、言葉を詰まらせている弓親の肩に一角は手を乗せた。

「ほら、みんなに挨拶してやれよ。」

「・・・うん!!」

湯呑みを持った弓親は自分を見つめる大衆に向かって口を開いた。

「皆、僕のために宴を開いてくれてありがとう。今晩は盛大に楽しもう!乾杯!!!」

『乾〜〜杯!!!!!』


***


盛大な宴も終わり、湯浴みを終えた弓親は執務室に来ていた。

「今日はありがとう。乱菊さんたちは一角が呼んでくれたのかい?」

「射場さんと恋次は呼んだが、他は呼んでねーぞ。松本の仕業だな。だが、うまい酒と飯を持ってきてくれたし、良いんじゃねーの?」

ソファに座る一角は頭が痛いのか、眉間にシワを寄せている。

ふと執務机を見ると、薄紫色をした箱が置いてあった。
箱の宛名には弓親の名前が書いてあった。

「一角、これ誰から?」
「あん?…知らねーな。」

弓親はくすり、と笑みをこぼした。
きっとあの子に違いない。



 今日は生憎の雨。
だが、弓親の心はどこまでも晴れ渡っていた。






【雨の日の誕生日】..END

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