ゾンビだらけのこの街で
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翌朝、ベッドの上で目が覚めて腰痛に耐えながら上半身を起こす。隣には温もりだけが残っていた。トイレにでも行ったんだろう。
私はもう一度ベッドに身を沈め二度寝を決め込む。
バイトを辞めさせられてしまったせいで、すっかり二度寝癖がついてしまったようだ。
暫くして、部屋の扉が開かれた。
ギシ、と軋むベッドのスプリング。布団をまくり上げられたせいで冷たい空気が侵入してくる。次の瞬間、ヒンヤリとした手が私の腰に絡みついてきた。
季節は3月後半。まだまだ寒いのに、この男の手はもっと寒い。革の手袋越しにもその冷たさが伝わるんだからたちが悪い。
しかも今は素手ときたもんだ。その冷たさに、私の頭は一気に覚醒した。
「ひゃっ! もう、冷たいじゃないですか!!」
「なんや、起きとったんかいな」
「たった今、あなたに起こされました」
寝返りを打って真島さんと向き合う。そしてその細身の腰に抱き着いた。胸に耳を寄せて心音に聞き耳を立てる。
手先は冷たいのに、体は温かい。
手が冷たい人は心が温かい、なんて変な言葉があるけどそれは本当の事なんじゃないかと思って笑みを零した。
狂犬だなんて呼ばれて恐れられてるけど、本当はとても優しいんだ、この人は。
「なぁに笑うとるんや?」
「真島さんが真島さんでよかったなあ、って」
「なんや、今日は甘えたチャンやなあ」
冷たい指先が私の頬に触れる。
真島さんといる時はいつでも幸せいっぱいだけど、こんな風にしてる時が一番好き。こんな時がいつまでも続けばいいのにな、なんて柄にもないことを思ってみる。
しかし理想と現実はかけ離れているものである。
再度そう思い知ったのは今日から数日後の事だった。
私は夜の神室町を当てもなくふらふらと歩いていた。
月は4月に変わり、少しは暖かくなってきたかなと思い始めた頃だった。
道行く人に肩をぶつけながら「気をつけろ!」と怒鳴られ、酔っているせいで何も言い返せないでいた。
こんなに飲んだのはいつ振りだろう。
「おっと……大丈夫? 随分飲んでるみたいだけど」
また新たに肩をぶつけてしまい、よろけてしまった私はぶつけた相手の腕に支えられた。
どこかで聞いたことのある優しい声色だ。
「……え、っと……秋山、さん?」
「はいはい、秋山ですよ。大丈夫? タクシーまで送って行こうか?」
「大丈夫です。心配かけてえらいすんません……」
そう言いながら込み上げてくる何かを必死に飲み込んでいた。
「秋山さんこそ大丈夫なんですか? 今日も集金ちゃいますの? 花ちゃんさんに怒られますよ?」
「こんな状態の名前ちゃんを放って集金に行ったって知られたら、それこそ怒られるよ」
「あはは、花ちゃんさんは怒ると怖いからなあ」
「そういうこと。ほら、タクシーまで送ってあげるから」
「じゃあお言葉に甘えて」
秋山さんに支えられて、本来の目的地である中道通りのタクシーまで歩く。