シリウス

□いつか夢見た
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津田のいなくなった部屋は、しんとして、なすすべもなく空っぽだ。
俺の部屋なのに。
空っぽだ。

俺はベッドに座り込んで、まとまらない考えを、考えとも言えない考えを、どうにか組み立てようとする。

何の目的もなく。ただ、そうせずにいられなかった。

津田…

自転車で走り過ぎる津田。
袴姿で弓を引きしぼる津田。
仲間と笑い合う津田。
時々に俺を見た目が、俺を好きだと言っていたか?
そんなこと、分かるか。

「津田…」

触れた肌の滑らかさ。
唇の甘さ。
俺の腕の中で震えた体。
何もかも、もう、ここにはない。

手に入れた途端に失った。
久住茂思か。あいつのせいか。
それともこれが運命ってやつか。

『茂思はひどいやつだったんだな』

津田はけれど、それ以上聞かなかった。久住がどんなふうにひどいやつだったか。
きっと聞きたくなかったんだろう。俺だって説明できない。

ただ…久住と寝るたびに自分が汚くなっていく気がしてた。

堕ちていくのは簡単だった。
連れて行かれた不穏なパーティーで、輪姦されたことも。
自暴自棄に、夜の街で行きずりの男に抱かれたことも。

久住茂思の開けた扉を自ら閉めることをしなかったのは俺だけど。

もし、久住が…

『…茂思は井上を好きなんだと思ってた』

もし、そうなら。

『井上を大切にしてたのかと思ってた』

もし、そうだったなら。

『…俺には優しい』

そうか。良かったな。
俺にはひどいやつだったよ。
俺からすべてを奪った。
俺から津田を。





チャイムが鳴った。
誰だ。こんな時間に。

扉の穴から覗くと、恭介だ。
来るなと言ったのに。

「恭介」
「加保…大丈夫か?」

泣き腫らした俺の顔を見て息を飲む。

「入れよ」
「加保…」
「大丈夫だ。別に。何てことない。振られただけだ」
「誰に」
「津田に」

俺は恭介に飲み物を勧めもせず、ベッドにまた座り込む。
津田の匂いの残るベッド。

恭介はちらりと一瞥し、少し表情を堅くした。

「その津田と、寝たのか」
「ああ。…でも結局振られた」
「お前、俺に対する裏切りだぞ、それは」
「分かってる」
「何が“分かってる”だ。お前は何も分かってない。俺を何だと思ってるんだ」
「恭介…!」

俺はベッドから跳ね上がって、恭介を抱きしめた。

「気に入らなきゃ俺を振れよ」
「答えになってない。お前は俺を何だと思って…」

俺はすがるように恭介を抱きしめ、恭介はため息をついて愛しげにきつく俺を抱きしめた。

「加保…泣いてるのか…?」
「…津田に振られなかったら、俺…多分、恭介と別れてる…」
「…振られて良かった」
「そんなんでいいのかよ」
「津田の次に俺が好きだろ?」
「好きだ…」
「俺が必要だろ?」

必要なのか。俺は。恭介が。

「…今、俺まで加保を振ったら、お前、死にたくなるだろ、きっと」
「けど…、そんなんでいいのかよ、恭介…」

恭介の腕が緩んで、俺の顔を覗きこんだ。やっぱり男前だ。
それに優しい。
こんなに優しい目をしていたか。

吐息まじりの口づけを受け、心がやわらぐ。ずっとこんなふうに抱きしめていてほしい。

そうだ。恭介が必要だ。

「そんなんでいいさ。そのうち、俺を一番好きになるだろ」
「すごい自信だ」
「俺はな…好きなんてもんじゃない。お前を愛してるんだ」
「そっか…」

愛してる…と恭介の囁きに揺られ、眠りに落ちていった。
いつか、恭介を一番好きになる。
そう思いながら。



2016.07.22
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