アルデバラン

□anemone
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 ―1―


美術部の白衣は高柳先輩によく似合った。

細身で、顔立ちも華奢で、すっきりとした二重瞼の長い睫毛に縁取られた薄茶の瞳は、まるでダ・ヴィンチの描く岩窟の天使のようだった。

「…桐野」

天使が俺を振り返る。
怪訝な顔で。

「はい?先輩」
「お前…静物デッサンやねんから、ちゃんと物を見いや、物を」
「え、見てますよ」

文化祭も終わり、3年生の引退したあとの部活はのんびりしている。
今日は、気まぐれな部長が何かの花束とリンゴとバナナを持ってきて、「静物デッサンするでー」と。素直に従う俺たち部員はかわいいと思う。

「ウソつけ」

ぷいとそっぽを向く先輩の頬がちょっと赤いのは多分気のせいではない。

さっきから先輩が俺を振り返るたび、目が合ってるから。
俺は花やリンゴより先輩ばかり見てるから。
先週、先輩に、好きだと言ってしまったから。

先週…

先輩と俺は帰り道が同じ方向だから、部活の帰りに他の連中と別れた後よくそのまま一緒に帰ったりしてた。

普通、学年が違ってそんなふうにつるんだりするもんじゃないけど、先輩の見かけに寄らないざっくばらんな性格と、一方的な俺の思いとで、そんな習慣ができてた。

一方的な思い…

けど、先輩も俺を気に入ってくれてると分かってた。

俺には優しいし、よく笑うし、触っても嫌な顔をしないし。触ってもって、服に着いたごみを取ったりするくらいだけど。

俺を見る目に「好き」と書いてあるみたいで。
俺もこの一年で背も伸びて先輩を追い越したし。
俺が先輩を好きだって告白したら、きっと何かが変わる気がして。

何かが変わる…
そうだ。薔薇色の未来だ。

それで先週、意を決したその帰り道で別れ際に、「ほんじゃ」と手を挙げた先輩を呼び止めて。

「高柳先輩」
「あ?なに?」

振り返って笑った先輩のその笑顔に向かって俺は、

「高柳先輩、好きです」

言い切った。

「あー……え?…ああ…ほんま。あそ…ほな、…また明日な」

意味不明に口ごもりながら先輩はしばらく目を泳がせて、下ろしかけた手をまた挙げて、くるりと踵を返して、行ってしまった。


振ら…れた…


俺はその場にへたりこんだ。

なんで言ってしまったんだろう。
なんで望みがあるなんて勘違いしてしまったんだろう。

先輩は誰にでも優しいし、よく笑うし、誰にでもちょっと触られたぐらいで嫌な顔なんかしたりしないのに。

なんで自分が特別なんて思ったりしたんだろう。

「…桐野」

はっと顔を上げると、行ってしまったはずの高柳先輩が目の前に立って、へたりこんだ俺を見下ろしていた。

「高柳先輩…」
「悪かったな。立ちぃや、ほら」

俺の腕を掴んで引き上げた先輩は、ちょっとバツが悪そうに、それでも優しく微笑んで、

「お前、いきなりやからなぁ…びっくりしたわ」
「先輩…」

立ち上がると、先輩は俺を少し見上げて――俺のほうが数センチ背が高いのだ――照れ臭そうに笑う。
俺は多分ちょっと涙目だ。

目は逸らさない。逸らせない。
先輩があんまりきれいだから。
何か言いたそうな目で俺をじっと見つめるから。

「…あんな…俺も桐野のこと、好きやわ」

言うなり顔を赤らめて、先輩はそっぽを向いた。
「ほな、また明日な」と急いで言い捨てて、再び踵を返した。

「高柳先輩…!」

走り去る背中に叫ぶと、先輩は一度振り返って、笑って、ぶんぶんと手を振った。


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