アルデバラン
□崩れ去ってもかまわない
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無防備だ。
俺の目の前には、冷徹非情な河野貴顕の後ろ頭。
つむじが見える。耳の後ろのほくろが見える。
俺はベッドに腰掛けた位置から、床に座ってベッドに凭れている河野を見下ろしている。
犬や猫なら、後頭部から首、背中と撫でてみたくなるところだが。
河野は触れない。
どんなに無防備に見えても。
「なにじろじろ見てんねん」
唐突に、河野が手元の雑誌から目も上げず。
「あ?別に見てへんけど?」
「お前、ほんましれっとウソつくなぁ」
振り返った河野貴顕は、通った鼻筋にやや奥二重気味のアーモンド形の瞳で、どの角度から見てもすっきりとした顔の輪郭は、美形としか言いようがないが。
毒を吐く唇に、氷の眼差しだ。
「ウソなんかついてへんし」
「よう言うわ」
鼻で笑う。美形は美形だ。どんなひとでなしでも。
「俺のこと心底キライやとか、言うたよな?この前も」
「キライやけど?」
雑誌をバサッとほって、床からベッドの上に座り直して、にじり寄ってきた河野の顔が近い。近すぎる。
だいたい俺の雑誌だぞ。ほるか?
「3人は1人余るとか、アホなこと言うし」
「そりゃ、河野と透がアレやから…」
「アレって何やねん。アホか」
いかん。河野の冷やかな怖い微笑が近すぎて、焦ってる。俺はこんなはずじゃ。
「…な、なに?河野?」
「透と南と比べたらどっちが好きか分かるやろって?」
目を逸らしたいが逸らせない。
まるでヘビに睨まれたカエルだ。
「アホか、比べんでも分かるわ」
さらに近づいてくる河野の顔。
目がもう痛い。
思わず目を瞑ると、唇に生温い柔らかい感触。
これは河野の唇か。
離れたけどまだ間近な河野が、美しい顔で歪んだ微笑で囁く。
「俺を好きなくせに」
囁いてまた唇にキスを繰り返し繰り返す。
河野はこんなキスをするのか。
意外に甘くて優しいキスだ。
頭に血が昇る。下腹にも。
「…どっから来んねん、その自信は」
やっとのこと囁き返すと、
「キスしても嫌がらへんし。顔見りゃ分かるわ」
俺の肩を押して、ベッドの上に仰向けに倒して、河野は覆い被さるようにキスを続けて。
「…俺を好きやって言えよ、正直に」
熱に浮かされたまま、キスに応えながら俺はやっとのこと呟く。
「心底キライや…」
「ああそうか」
「…透に、…こんなふうにキス…」
「するか、アホ」
ああ、もう、ダメだ。
世界の均衡なんかどうでもいい。
河野貴顕が手に入るのなら。
「俺を好きやろ?言えよ」
「顔見りゃ分かるんやろ?」
世界の均衡は
他愛もなく崩れ去る。
うっとりするような
河野のキスに。
end
2017.08.16
前話→『世界の均衡』