シリウス

□いつか夢見た
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 →[登場人物]



 ―1―

寒い朝。
吐く息が白い。
立ち止まっているとよけい、寒い。
もう3回青信号を見送ってる。
今日は遅い。
けど、たぶん、もうすぐ。
もうすぐ通る。…

ほら、きた。

「おはよー、井上」
「…はよ」
「またなー」

青に変わった信号の横断歩道を、右手の通りから現れて、目の前を斜めに横切りながら、あっという間に走り過ぎていった自転車の津田雪広。
津田は弓道部で、袴姿がめちゃくちゃ格好いい。それに惚れて3年間毎朝交差点の変人をしてしまった。
だって教室では、津田と俺は別に仲良いグループじゃない。
朝のあの交差点での一瞬だけが、誰にも邪魔されない二人きりの時間だったのだ。
そんな津田に好きだと言えるわけもなく、未練たらしく同じ大学を受験し合格したが、肝心の津田本人が不合格だった。



久しぶりに自転車の爽やかな津田雪広の夢を見て目覚めた冬の朝。
隣に眠っている完璧な輪郭の横顔が、津田に見えて、井上加保は実に幸せな気分にまどろんだ。

でも津田なわけない。誰、これ?ハンサムだけど。あ、眼鏡。眼鏡がないんだ。眼鏡をかけたら…、なんだ、恭介だ。

頭がはっきりしてくると当たり前な、事実。恭介は津田と似てる。顔全体の印象と、特に目元が。

「…じろじろ見るな。目が開けられない」

目をつむったまま、眉をしかめた恭介が不機嫌そうな低い声で。

「俺、今日は2限からなんだ。ここにいてもいいかな?」

恭介の抗議は無視して、端正な横顔をじろじろ見続けながら訊いてみる。この部屋はオートロックだから閉めるのは困らない。

「…いつもそうしてるだろ。妙に律儀なやつだな、お前は」
「育ちがいいから」
「よく言うよ」

きちんと確認する。きちんと了解を得る。いつもそうだからと勝手に思い込んではいけない。これは防衛本能だ。
加保には絵に描いたような家庭を顧みない父親と多忙で気まぐれで気のきつい母親がいた。

それにしても。

津田雪広か…

飄々とマイペースで、ハンサムなくせに気さくで物静かで、…あの袴姿が…バカみたいに色気があって…

何にも言えないくらい、ほんとうに好きだった。

「朝飯は一緒に食べるのか?」

コーヒーを淹れながら恭介が訊いた。

「いや…眠いから寝る」
「…ちゃんと飯食えよ」
「はいはい」


よけいなお世話だ。

加保は、もう一度津田雪広の夢を見れまいかと毛布をかぶり直した。


2016.01.17
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